038号室 温泉旅館体験
改めて、部屋を見てみる。
今居るリビングになっている部屋はメインとなる場所らしく、様々な備品が揃っている。大きなちゃぶ台に座椅子、テレビが置いてあるし、和室らしく床の間が設けられていて立派な水墨画の掛け軸と壺が飾られていた。
もう一間は床の間があるだけの、何もない部屋だった。
「パンフレットによると、どうやら茶室らしいね。申し込めば茶道体験が出来るし、他にも色々な使い方が出来る自由度が高い部屋なんだって。書斎にしたりとか」
「茶道は聞いたことがありますわ。確か東国のティーパーティーだと。興味がありますわね」
残りの二間は、寝室になっていた。布団ではなくフロアベッドになっていたが、これはパラドール王国やリッツ王国の人達にとって床で寝るのは忌避感があるための配慮らしい。
一間当たり4台のフロアベッドが設置できるが、今回は二人しか止まらないので各2台しか入っていない。
水回りは洗面所にシャワー付きトイレ、そして温泉旅館の高グレードの部屋につきものの部屋付き露天風呂があった!
湯船はヒノキで出来ており、しかも最上階だからなのか山側館にある部屋にもかかわらず川側の温泉街が見えた。
「眺めが良いですわね」
「この景色を眺めながら温泉にゆっくり浸かるのがいいんだ」
アメニティはカシオン・デル・マールとほぼ同じだが、特製の風呂敷に包まれていた。この風呂敷、なんと持ち帰りOKだという。
ほかにもクリーニングサービスを提供していて、専用の袋に入れて頼めば洗濯してくれるらしい。
一通り部屋を見回った僕達は、温泉に入りがてら旅館内の設備を見て回ることにした。
最初に訪れたのは、大浴場。山側館の1階にある。
「タオルは脱衣所に準備してあるから、手ぶらで入れるんだって。着替えはあらかじめ持ってきた浴衣に着替えてね」
「わかりましたわ。では30分ほど後にまたお会いしましょう」
僕とクラウディアは男湯と女湯にそれぞれ分かれ、大浴場に入った。
中は床暖房が効いている板間の部屋で、ロッカーと3台連なった洗面台が設置されている。
僕は服を脱いでタオルを持ち、浴場に入った。
「うわ、ヒノキの良い香りだ」
浴場に入ると、そこは内湯になっており、洗い場とヒノキで出来た湯船があった。この湯船から出るヒノキの香りが浴場内に充満しており、この空間に居るだけで癒やされる。
僕は洗い場で身体を洗うと、早速ヒノキの湯船に入った。
「ああ~、いい湯。それにここの温泉、硫黄の匂いがするな」
最初はヒノキの香りが強くてわからなかったが、お湯に入ると硫黄の匂いを感じる。温泉の香りは温泉地によって色々あるが、この硫黄の匂いは温泉っぽくて好きだ。
しばらく内湯を堪能した後、露天風呂の方に移動した。
露天風呂は岩風呂になっていた。さらに大きな屋根を付けた東屋風の設計になっており、悪天候でも露天風呂を楽しめるようになっていた。
「お、リオも来たのか」
「先に湯をいただいている」
「アルフレド、セシリオ、先に入ってたんだ」
露天風呂には、アルフレドとセシリオがいた。どうやら少し前に大浴場へ来ていたらしい。
僕は2人にご一緒する形で露天風呂に入り、この旅館について話をした。
「俺達の部屋は桃椿って部屋だったな。バルコニーに風呂を付けてんのには驚いたぜ」
「畳……と言うんだったか。草を使った床材が異国に存在することは本で知っていたが、実際に泊まるのは貴重な経験だ。まぁ、寝室はカーペットが敷かれた、自分がよく知っているような部屋だったが」
「ああ、和洋室なんだ。僕らの部屋は完全な和室だったけど」
後で知ったんだけど、椿部屋の中で桃椿だけは和洋室になっているらしい。
「それにこの風呂、疲れの他にキズとかにも効くんだって?」
「自分も資料で見た。冒険者をやっている身としては、なるべく浸かっていたいな」
「湯治ってヤツだね。なるほど、そういう需要もあるのか……」
その後、僕はクラウディアと約束した時間が近づいていたので、2人とはここで別れた。
浴衣に着替え、クラウディアと再び合流した後、旅館内を色々見て回った。
カフェや土産物店、そして入りはしなかったが3カ所ある貸し切り風呂もチェックした。
そうこうしているうちに食事の時間になったので、部屋に戻ってきた。
「リオさん、『懐石料理』って何ですの?」
「和食……こっちの世界で言う東国のコース料理だね」
ちなみに、『懐石料理』は本来茶道において小腹を満たすための軽食の事であり、酒と一緒に楽しむ食事は『会席料理』と言う。ただ、現在は結構混同されているけど。
「失礼します。1回目のお食事をお持ちしました」
部屋で食事を取る場合、3回程度に分けて食事が運ばれる。1回目は先物、吸い物、向付け、焼き物と日本酒を数種類持ってきて貰った。
「それでは、乾杯!」
「乾杯ですわ!!」
お互いに気になる酒をぐい飲みに注ぎ、乾杯して飲む。
「初めて酒を飲んだけど、案外悪くないな」
「そうですわね。最初のお酒が珍しい酒でいい経験をしましたわ」
すでに僕は20歳、クラウディアはパラドール王国では飲酒OKとなる18歳になっていたので、お互いに初めての飲酒だ。特にパラドール王国ではめったにお目にかかれない日本酒が最初に口にする酒と言うだけあり、クラウディアは感慨深げだ。
「ところで、どういう順番で食べますの?」
「もらったメニューの順番で食べるんだ。本来は1品ずつ食べるものだしね。まずは先付けから」
まずは前菜となる先付けをいただく。今回は紅白なますを中心としたもの。
続いて口の中をさっぱりさせると言うことで吸い物を飲む。これはアサリの潮汁だった。
その後、向付け(お造り)の順番で食べていった。
「魚を生で食べるなんて初めてですわ。実家にやってきたお客様の話では聞いていましたが……」
「全ての魚が刺身に出来るわけではないよ。鮮度の問題はもちろん、川魚は基本的に刺身には適さないね」
どうやら、パラドール王国やリッツ王国では刺身文化はないらしい。
「失礼します。2回目のお食事をお持ちしました」
続いてやってきたのは、焼き物、煮物、揚げ物。
焼き物は甘鯛の西京焼き、煮物は冬瓜とエビの炊き合わせ、揚げ物はふぐの唐揚げだった。
「独特な味付けですわね。わたくしの知らない調味料もありそうですわ」
「西京焼きに味噌とかが使われているね。確かに、こっちの国の人は知らないかも」
しばらく食事と酒を楽しんでいると、最後の食事が運ばれてきた。
「失礼致します。最後のお食事をお持ちしました」
最後に出されたのは、蒸し物、ご飯と香の物、甘味とお茶だ。
蒸し物は茶碗蒸し、ご飯と香の物は鮭の炊き込みご飯と漬物セット、甘味は羊羹だった。
「ご飯と香の物が出てきたらラストだ。お酒は切り上げよう」
「わかりましたわ。ところでこの茶碗蒸しという料理、食事系のフランに似ていますわね」
フラン、つまりプリンのことだ。パラドール王国は聞いている限り元の世界のスペインに近いようで、呼び方もスペイン語に近い部分が見受けられる。
フランはいわゆるカスタードプリンのことを刺す場合が多いが、実は野菜やベーコンなどを使った食事系のフランも存在しているそうだ。
「このお菓子、実は前から気になっていました。実家でお客様のお話を聞いたときに食べてみたくって」
「そうなんだ。実は羊羹って色々種類があって……」
「そうなんですの!? では、いずれ全種類食さなくてはなりませんわね!」
こうして、1時間以上に及ぶ夕食は終了。2人とも大満足な食事だったことは言うまでも無い。
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