036号室 それぞれの年末年始

~セドリックside~


「バジルがしくじったようです」


 リッツ王国主戦派が集まるサロン。今、ここには2人しか居ない。

 1人はセドリック・メルキュール男爵。リッツ王国第3王子ジュリアンを骨抜きにし、婚約者だったクラウディアを禁じられた領域に追放するよう仕向けたジェルヴェーヌ・メルキュールの兄だ。

 そのセドリックが報告している相手は、一見するとどこにでも居るような特徴が無い、影が非常に薄く存在感が非常に希薄な男だった。


「そうか。それで、バジルは上手く追求を逃れたようだが、しばらくはまともに動けそうにない、か」


「おっしゃる通りです。それと別件ですが、もうすぐジュリアン王子殿下の謹慎が解かれます。それについて懸念事項が……」


 そもそもジュリアンはクラウディアとの婚約破棄の際、処刑同然に禁じられた領域へ転移魔法で追放したのだ。

 ところが、現在の禁じられた領域はリオの手によって観光地と化している。当然、クラウディアが生きている公算が高くなったのだ。

 これをジュリアンが知れば、どういう行動を取るかわからない。だからセドリックやバジルは、色々手を尽くして謹慎中のジュリアンへ禁じられた領域の情報を制限していたのだ。

 しかし、ジュリアンの謹慎が解かれれば情報制限の意味が無くなる。その結果、ジュリアンがどういう行動を取るかわからないところが、セドリックらにとって恐ろしいことなのだ。


 だが、セドリックの報告相手はその心配を一笑に付した。


「心配ない。第3王子殿下は思ったより単純な性格だ。そんなに気にしないであろうよ」


「し、しかし……」


「セドリックの心配も理解できる。だが、今の婚約者に熱を上げている内は気にすることはない。我が祖先が左遷されたことで興った家とは言え、これでもリッツ王家の血縁で公爵なのだ。意外と王族の話は手に入れやすいのだよ。

 それよりも、セドリックは妹君に王子の気を引き続けるよう言い含めておきなさい。そうすれば、余計な心配事を抱えることはない」


「わかりました……」


「それと、次の作戦だが――私自ら出ようと思う」


 セドリックにとって、それはかなり衝撃的な発言だった。

 元々は主戦派結成時の初期から考えられていたが、有効で確実性がある代わりに目の前の人物を危険にさらす、リスクが高すぎる方法だからだ。

 なぜなら、目の前の人物のスキルに依存した作戦なのだから。


「……覚悟を決められているのですね」


「そうだ。後は最も効果と効率が出る、絶好の機会を待つだけ。

 そのときになったらセドリック、君にもサポートをお願いしたい」


「かしこまりました。私のみならず、他のメンバーも貴方の助力となりましょう」




~ジュリアンside~


「では、ボクとジェルヴェーヌの再登校を祝して、乾杯!!」


『乾杯!!!!』


 一方その頃、ジュリアンはジェルヴェーヌと共に再登校を祝したパーティーを開いていた。時期的に言えば忘年会も兼ねている。

 乾杯の音頭を済ませると、ジュリアンとジェルヴェーヌの取り巻きが挨拶にやって来る。


「お2人とも、自宅学習に切り替えてから長い時間が経ち心配しておりましたが、こうしてお元気な姿を見せて安心しております」


「ありがとう、心配してくれて。実はボクも、愛しのジェルヴェーヌの顔も見られなかったから、非常に心配していた。だが、こうして変わらぬ愛らしい顔を見ることが出来て、うれしく思っている」


「うれしいですぅ、ジュリアンさま~。わたしもぉ、ジュリアン様のお姿を見られてドキドキしてますぅ~」


 そうして会話が弾むと、色々な話題が出てくる。

 その中には、ジェルヴェーヌにとって触れられたくない話もあった。


「そういえば、ジュリアン様は年末年始にご旅行は行かれます? 私、家族で禁じられた領域へ行くことになったんですよ。私の念願でした」


「その話は……」


 ジェルヴェーヌは話を止めようとしたが、なんとジュリアンが興味を持ってしまった。


「禁じられた領域? そこに何かあるのか?」


「ご存じありませんか? 2年ほど前に特殊なスキルの所持者がやってきて、禁じられた領域の一部を安全地帯に変えてしまったんです。しかもこの世の物とは思えない豪華なホテル付きで。

 そしてそのホテル、なんと1軒だけでなくコンセプトの違うホテルが禁じられた領域のあちこちに何軒も建っているそうで、そのうちに1つに行くんですよ」


「なんと、そんなことになっていたのか! 残念ながらボクは王族だからね。年末年始は実家に帰って公務をしないといけないのさ。

 だが、いつか時間を作ってジェルヴェーヌと行ってみたいものだ」


 どうやらジュリアンは、禁じられた領域に行くことに関して忌避感を持っていないらしい。

 どういうことか知りたかったジェルヴェーヌは、思わずジュリアンに聞いてしまった。


「あのぉ~、ジュリアン様、よろしいのですか? 確か禁じられた領域ってぇ~、ジュリアン様がモンフォルテ公爵令嬢を追放した場所でしたよねぇ~?」


「ああ、そういえばそんなこともあったな。だが安心したまえ。ボクは、昔の女は忘れることにしているんだ。

 それにジェルヴェーヌ、今は君だけに夢中なのさ」


「そ、そうでしたかぁ~……」


 現在の禁じられた領域の話はクラウディアが生きている可能性が高くなっている話で、ひょっとしたらジュリアンが逆上してどんな行動を取るかわからず不安だったが……思ったよりもジュリアンはお気楽な性格で、クラウディアについては特に気にする素振りも見せなかった。

 そのことに安堵したジェルヴェーヌだったが、周囲の人間はちょっと引いていた。



~リオside~


「それじゃあ、今年もよろしく!」


『よろしくお願いします!!』


 年明け早々、僕はカサ・セニョリアルのサロンスペースを貸し切り、年始のお祝いをしていた。

 参加しているのは少人数で、僕の他にクラウディアとモニカ、そしてたまたまカサ・セニョリアル滞在していたアルフレドとセシリオが参加していた。


「そういえば、リオがこの世界に来てもうすぐ3年になるんだな」


「ああ。体感的にはもっと長い気がするが……それだけ飽きないんだな、禁じられた領域は」


 アルフレドとセシリオの言うとおり、約3年にしては長く感じるほど濃密な時間を過ごしている気がする。なんせ数ヶ月おきに新しいホテルが出来るんだからな。

 そんな事を思っていると。


 『ランクアップ!

 称号:大規模ホテルオーナー → ホテルグループ会長

 達成条件:累計宿泊者数5万人以上、従業員数500人以上

 お知らせ:カサ・セニョリアルの正門前に来てください』


「みんな、また新しいホテルが出来る」


「噂をすればなんとやらですわね。では、準備して行きますわよ」

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