幕間3 王子と王太子の南国リゾート紀行
「青い空、白い砂浜、鼻をくすぐる潮風! 実際に来てみると気分が高まるなぁ、フランソワ!」
「私には日差しが強すぎるが……」
パラドール王国第2王子のクリスティアンとリッツ王国王太子のフランソワは、またまた休みを取って禁じられた領域にやってきていた。
場所は禁じられた領域南部のバノデマール。リゾートホテル『カシオン・デル・マール』へ宿泊する予定だ。
館内に入り、早速チェックインする二人。部屋はカシオン・デル・マールで2番目に高い『ファミリールーム』。4台のベッドが並んだ部屋で、補助ベッドを導入すれば最大6人まで宿泊できる。
しかもスタンダードルームに比べ単純にベッドの数が多くなっているだけでなく、ソファセットを設置したリビングスペースが広くなっており、この部分だけで言えばスイートルームにも劣らない。
ちなみにクリスティアンとフランソワであれば、お忍び時の肩書きである『下級貴族の3男』であってもスイートルームに宿泊することにおかしい点はない。
しかし、2人はある事情により念を入れて目立たなくする必要があったため、ファミリールームを選択したのだ。
「やっぱり禁じられた領域のホテルはすごいな。魔導具をふんだんに使うし、窓からの景観が素晴らしい。見ろよフランソワ、パンフレットに書いてあったプールが見えるぞ」
「私は内装に興味があるな。このラタンという素材で出来た家具は珍しいし、建物自体のデザインの――『トロピカル・デコ』だったか? このデザイン様式も気になる」
粗方部屋の探索を終えた頃、フランソワが話を切り出した。
「ところで、本題に入りたいのだが……」
「その前に、プールに行かないか? 窓からプールを眺めていたら泳ぎたくなった」
「あ、ちょっと!」
有無を言わさず、フランソワを連れ出したクリスティアンであった。
クリスティアンは日用品店『ヴィヴィエンド』で2人分の水着を買い、プールへ繰り出した。なお、水着はクリスティアンの趣味が前面に押し出された派手目の物だったため、暗い印象があるフランソワにはあまり似合わなかったらしい。
もっとも、フランソワはファッションに興味が無く鈍感であったため、この水着を着た自分がどう見られているかについては一切気にしていない。
「最近はパラドール王国でも海水浴やプールが認知されてきてさ、色々設備が出来ているんだが……ここは最強だな。のんびり過ごせるし、トロピカルジュースが飲めるのはここだけだ」
「ルッツ王国もそうらしいな。まぁ、ここはオーナーのスキルで建てられたホテルだし、必要な消耗品や食料はスキルの力で手に入れているらしいから、その分クオリティが高いんだろう。
……ま、私はそんなキラキラした場所に好き好んで行く趣味はないから、一生縁の無い場所だと思うが」
するとフランソワはトロピカルジュースを一気に飲み干すと、改めてクリスティアンに話を切り出した。
「ところでクリス。例の話をしたいんだが……」
「もう部屋に帰るつもりか!? せっかくプールに来たんだから、泳がなきゃ損だろ!」
そう言うと、クリスティアンはプールに飛び込み泳ぎ始めてしまった。
フランソワはなんとかクリスティアンを説得しようとしたが、結局つられて自分も泳ぐことになった。
「ふぅ。話題のプールで泳いだし、食事も美味かったし、最高だったな!」
「……私にとっては明るすぎたがな」
クリスティアンはカシオン・デル・マールを満喫しているようだが、陰キャ気味のフランソワにとってはやや苦手な雰囲気だったらしい。
「それはそうと、寝る前に話をさせて貰うぞ。我が愚弟の事について」
そう。実は今回の旅行、フランソワの方から誘ったのだ。
名目はいつも通りクラウディアの捜索だが、本当の目的はフランソワの弟、リッツ王国第3王子ジュリアン・リッツについて話し合うためだった。
ジュリアンはクラウディアとの婚約関係を勝手に破棄し禁じられた領域へ無理矢理追放し、その後リッツ王国貴族のジェルヴェーヌ・メルキュール男爵令嬢と婚約してしまったのだ。
当然、この行動はジュリアンとジェルヴェーヌが通っている王立高等学院のみならずパラドール王国とリッツ王国の両国関係に混乱をもたらした。
そのため、ジュリアンとジェルヴェーヌはリッツ王国国王から自宅謹慎を言い渡され、ジュリアンは留学先のパラドール王国にあるリッツ王国大使館の王族専用部屋、ジェルヴェーヌは学院寮の自室で待機しており、授業は通信教育スタイルで受けている状態だった。
ところが、ジュリアンの卒業が間近に控えているのを前に、仮にも王族が自宅謹慎状態で卒業するのは外聞が悪いという意見がリッツ王国内で上がっており、渋々ながらリッツ国王が自宅謹慎を解除したのだ。もちろん、ジェルヴェーヌも一緒だ。
そのため、謹慎を解除されたジュリアンがどういう行動するのかわからないので、フランソワはその点を注意するようクリスティアンに伝えたのだ。
「なるほど。確かに、注意すべき案件だね。学院の方には、僕からも注意しておくよう言っておくよ」
「まだある。先日、リッツ王国の中堅商会であるペレイラ商会から、パラドール王国へ輸送依頼のあった荷物に不審な点があると通報があった。調べてみると、違法な薬物の原料として輸出が厳しく制限されている品が隠されていたことが判明した。
この荷物を依頼したのはペレイラ商会と古くから付き合いのあるノボテル商会だったが、ペレイラ商会の人間からは『いつもの担当者とは違う人物』が依頼に来たと言っていた」
「つまり、ノボテル商会名物の役員以上が持っている『部門』ということか」
ノボテル商会は、新たな商機を探索・開発するため、役員以上に個人の裁量で自由に動かせる小規模な組織が与えられている。この組織は通称『部門』とか『第〇部』と呼ばれている。
ちなみに、商会長の子息が修行のため独自に商売を行わせる制度も書類上はこの部門の1つということになっており、リオ達と付き合いのあるリリアーヌも自分の部門を動かして商売している。
「ああ。そしてどの部門が関わっているか調べようとしたが……上手いこと逃げられ、確かな証拠をつかめなかった。だが、ある人物が浮上した。
バジル・ノボテルだ」
「ノボテル商会の現商会長の弟か。確か、かつて今の商会長と後継者争いをして負けた方だったな」
「ちなみに、見つかった禁制品だが素人では見抜けず、熟練の警備兵なら簡単に見抜ける絶妙な隠し方をしていたそうだ。加えて、組織的関与が疑われるような量であったとも」
「つまり、僕達パラドール王国の人間を疑心暗鬼に陥らせ、戦火を切りやすい状況にさせる……。なるほど、戦争を起こしてドサクサに紛れてノボテル商会を乗っ取るつもりなのかな?」
これでハッキリした。バジル・ノボテルは主戦派のメンバーであると、国の上層部の人間であるクリスティアンとフランソワが認識したのだ。
「さっきも言ったが、証拠を掴む前に逃げられたからな。今できるのは、監視を厳しくすることと、商会内でも注意しておくよう商会長に言っておくことだけだからな」
「それで大丈夫だ、フランソワ。こっちも怪しい人間が見つかっているから、監視を厳しくしておくつもりだ」
その後いくつか細かい点を詰め、この日の夜は過ぎていった。
なお、2人が禁じられた領域へ旅行に行く根本的な目的であるクラウディア捜索は、当然完遂出来なかったことは言うまでも無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます