033号室 マナーハウス宿泊体験
「ようこそカサ・セニョリアルへ。リオ・ホシノ様、クラウディア・モンフォルテ様、ブルーノ様でお間違いないでしょうか?」
ホテルに入り準備をしていたモニカが再び現れたので、準備が終わった事を知らせに来たのかと思ったが、なんといきなり接客を始めてしまった。
面食らいつつも、僕はとりあえず返事をした。
「は、はい、そうですが」
「ありがとうございます。それではこれからお部屋へご案内させていただきます。お荷物はお持ち致します」
すると、モニカの後ろからスタッフゴーストが僕達の荷物を受け取り、部屋まで運ぶ体制になった。
……っていうか、これから部屋まで行くの? チェックインはどうするの?
そんな疑問をよそに、モニカは案内を始めた。
玄関からホテルに入ると、そこには広い円形の吹き抜けスペースが広がっていた。
床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、天井には巨大なシャンデリアが。壁には大小様々な絵画が飾られており、観葉植物もちらほら。
正面には巨大な階段が鎮座しており、風格を感じさせる。
「こちら、玄関ホールとなっております。ホテル内の主要な場所へ繋がる場所となっておりますので、ぜひ覚えてください」
そしてしばらく歩き、ブルーノさんと別れると、ある部屋の前に到着した。
モニカは部屋の扉を開けると、僕達を招き入れた。
「こちらが、本日お泊まりいただくお部屋になります」
僕達が泊まる部屋は、床が全面絨毯になっているのはもちろん、ダイニングセットとソファセット、デスク、チェスト、クローゼット、ドレッサーなどどの家具も高級そうだ。
照明はやや小ぶりなシャンデリアをメインに、床に立てるタイプのランプがいくつかある。
そして最も目を引いたのは、天蓋付きの巨大なベッドだった。
「それでは、こちらのソファでチェックイン手続きを致します」
「あ、部屋でチェックインするタイプなんだ」
ホテルの中には客室内でチェックインやチェックアウトをする所もあると聞くが、どうやらこのホテルもそういうタイプらしい。
チェックインを済ませると、モニカから金属製の部屋のカギを受け取った。
モニカが一礼して部屋を出ると、僕はクラウディアに聞いてみた。
「どう思う? このホテル」
「屋敷をホテルにする考えはこの世界にはないですし、目新しいと思います。ただ、わたくしにとってはあまり非日常感を感じないといいますか……」
ああ、クラウディアは大貴族の令嬢だからな。普段から屋敷で生活していたから、あまり旅行感覚が無いらしい。
「ですが、水回りが増設されているのは普通の屋敷のお部屋にはありませんわ」
元は王族の屋敷とはいえ、ホテルとして活用するからな。水回りを充実させるのは当然だな。
なお、僕達が泊まっている部屋は出入り口の他に扉が2つあり、1つはトイレ、もう1つは洗面所と風呂になっている。
部屋のチェックや荷解を終えた僕達は、ラウンジへ向かった。このホテルは宿泊者用のラウンジがあり、宿泊者であればいつでも利用できるのだ。
ラウンジは比較的広い部屋を改装して使用しており、ソファセットを10セット近く置いてある。またカウンターが設置されており、その上にはコーヒーマシンやティーパック、ジュース類が置かれている。宿泊すればいつでも飲み放題だ。
他にも様々な分野の本が置かれてあったりボードゲームも用意されている。
そんなラウンジでブルーノさんと合流したので、感想を聞いてみることにした。
「屋敷をホテルにするなんて仰天だが、いいアイディアだと思うぜ。ただ個人的には、あまり休めねぇなぁ……。どうしても仕事を思い出しちまう」
そういえば、ブルーノさんは貴族や王族にも顔が利く有名な冒険者でもあった。ギルドマスターとなった現在でも王侯貴族と仕事をすることもあり、当然屋敷に招かれた事もあっただろう。
そう考えると、屋敷が仕事場という感覚を持ってしまうのも納得できる。
「まぁ、貴族の屋敷や生活に興味がある庶民には需要があると思うぜ?」
う~ん、あまり評価が高くないなぁ。この世界に来て、こんなことは初めてだ。
続いて訪れたのは、庭園。
客室によっては庭を眺めることが出来るらしいが、残念ながら僕達の部屋は玄関側だったので、庭の様子は知らない。
もっとも、玄関側だからと言って景色が良くないわけではなく、高級住宅街とその先にある湖を眺められるので庭とは違う趣がある。
さて、クラウディアの庭への評価はと言うと。
「見たことがない庭の形式ですわね。噴水もなければ薔薇の迷路も無く、温室もありませんわ」
この世界、貴族の屋敷の庭というとクラウディアが言った様な設備を備えているのが普通だ。
ところが、このホテルの庭にはそんな設備はない。広い草原に池、水路、木があるだけのシンプルな造りだ。
「モニカが言ってたけど、このホテルは風景式庭園っていう様式らしいよ」
風景式庭園。自然環境の再現をコンセプトにした庭のことだ。よく見ると池は形が自然に歪んでいるし、木は森のように密集している。水路は川を意識しているようで曲がりくねっていた。
前世ではイギリスで誕生した庭だが、この世界では古王国時代に流行っていたらしい。だから古王国時代に王族の別荘であったこのホテルは風景式庭園を採用しているわけだ。
「この庭、新しい物好きな貴族の間で流行るかもしれませんわ。腕の良い庭師が見れば庭園業界に新たなブームが起こるかもしれません」
庭については、おおむね好評だった。
夕食は、食堂でいただくフルコース。普通であればめったに食べられない代物なのだが……。
「いつもという訳ではありませんが、実家でたまに食べていましたわ。誰かしらお客様がいらっしゃったりパーティーに出席したりして食べる機会が多かったので……」
「俺も、どうしても格式張った料理は休日ってよりも仕事って感覚になっちまう」
と、二人の経歴が影響するのかあまり良い評価は得られなかった。ただ、味について一切批判はなかったので、その点については合格点と言うことだろう。
ちなみに、アクティビティとして食事をしながらマナーを学ぶことも出来るらしい。
翌朝、食堂で豪華な朝食をいただいた後にチェックアウトとなった。
「料金は、お1人様1泊当たり7万Vになります」
他のホテルは1室当たりの値段だったが、ここは1人当たりの値段になっている。なぜなら、食費込みなので1人当たりで計算しないと割に合わないからだ。
ただ、それでも。
「貴族様の生活が体験できて7万Vは安いな」
「そうですわね。やはり余裕がある庶民の方や貴族と付き合いがある商人の方が利用されるのではないかと」
ブルーノさんとクラウディアの目から見れば、この料金設定はお得ということらしい。
ちなみに、ホテルの維持費は1ヶ月当たりおよそ70万V。このホテルはサービスを充実させるため収容人数が少なく設定されており、従って維持費の支払いが難しくなってくる。
それでも月平均で稼働率7割程度を維持できれば問題無くペイ出来るので、なんとか宣伝に力を入れていきたいな。
よし。まずはリリアーヌさんに相談してみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます