032号室 貴族屋敷っぽいホテル
カシオン・デル・マールを開業してから4ヶ月。10月になった。
元の世界であれば秋になり、徐々に冬の足音が聞こえてくる頃だろうが、ここバノデマールは常に暑い。常夏の楽園なのだ。
ホテルは常に客が入っている。やはり常夏リゾートはこの世界の人には珍しいらしい。しかもありがたいことに、一番高いスイートルームは常に満室となっており、非常に人気が高い。
街の方も順調に発展を遂げており、パラドール王国やリッツ王国から呼び寄せた漁師達の努力が実り、漁港の本格稼働の目処が付いたとか。
他にもリリアーヌさん主導で様々な観光資源の開発を行っており、街自体の人気が徐々に高まってきている。
そんな感じで、僕は今日もホテル経営の仕事と街作りの仕事をこなしている最中、突然それはやってきた。
『ランクアップ!
称号:中規模ホテルオーナー → 大規模ホテルオーナー
達成条件:累計宿泊者数3万人以上、従業員数300人以上
お知らせ:カシオン・デル・マールの車止めに来てください』
お、とうとうランクアップしたか!
とりあえずクラウディアとモニカに声をかけて、次のホテルが建つ場所に向かうか。
しばらくして、準備を整えたクラウディアとモニカがロビーにやってきた。
さらに一人、ゲストと言うことで同行する人物もいた。
「今回はよろしく頼むぜ、リオ」
禁じられた領域の冒険者ギルドを統括するギルドマスター、ブルーノさんだ。
普段は立ち上げたばかり、しかも現在進行形で発展している複数の街に存在している冒険者ギルドを管理する立場にあるため、とてつもなく忙しくしている人物だ。
だが今回は奇跡的に時間が空いたので、珍しく新ホテルの立ち上げに参加することになったのだ。
メンツが揃ったところで、玄関を出て車止めに向かう。だが、僕はそれに違和感を覚えた。
「そういえばモニカ。次のホテルに配置するスタッフを連れて行かないの?」
「今回は事情があるため、特別に後ろからカシオン・デル・マールのバスを走らせます。スタッフにはそれに乗って貰いますので」
いつもなら新たなホテルですぐ仕事が出来るようスタッフゴーストを同行させているのだが、今回だけ別のバスを使って移動させるらしい。
なぜそんなことをするのか謎だったが、それは車止めに到着したときに判明した。
車止めには、黒くて乗用車よりも一回り高さがあり、そして妙に車体が長い車が停めてあったのだ。
「これ、リムジン?」
「知っていますの、リオさん?」
「高級車の代名詞的存在だね。とにかく居住性を追求していて、座り心地はもちろん、車内でパーティー出来るような設備を搭載しているんだ」
クラウディアの質問に答えながら、なぜスタッフゴーストを別のバスに乗せて移動させるのか、理由がわかった。
リムジンは大人数の輸送に向かない。だからバスを別で用意する必要があったのだ。
リムジンに乗り込むと、中は白い革張りのシートがコの字に配置されている。ちなみに、扉は一カ所しかない。扉の反対側にはミニバーが設置されており、酒を始め飲料のボトルが並べられているからだ。
「こりゃすげぇ! 移動しながら酒盛りできるなんてな! しかもどれも高そうな酒ばかりと来た!!」
「ジュースの他に軽くつまめる物も揃っていますのね。果物の盛り合わせがありましたわ」
ブルーノさんとクラウディアがミニバーに置かれている飲み物や食べ物に盛り上がっていると、モニカが運転席に入ってきた。
「これより出発致します。目的地は禁じられた領域西部にある街『ヴァカシオネス』。古王国時代には貴族の避暑地として有名な場所だったところです」
リムジンに揺られること数時間。豪華な内装に助けられたこともあり、全く退屈せず快適な移動だった。
「ここが貴族の避暑地、ヴァカシオネス……」
ヴァカシオネスの地に降り立った第一印象は、『魔女でも住んでいそうな怪しい森』だった。
森は鬱蒼と茂りすぎており、ほとんど日光を遮ってしまっている。この地を象徴していたであろう巨大な湖があったが、今では頻繁に泡が発生する毒々しい沼になっている。
そして貴族の避暑地らしく屋敷が至る所に点在していたのだが、やはり幽霊屋敷化してしまっており野良ゴーストの気配が濃密だ。
こんな状況の中、僕のスキルの案内に従って目的地へ向かい歩き続けること10数分。
たどり着いたのは、この街で最も大きな屋敷だった。
「この屋敷は、かつて古王国の王族が避暑地の別荘として所有していた屋敷です」
なるほど。モニカの言うとおりだとしたら、屋敷が一番大きいのも納得できる。
もっとも、廃墟となって幽霊屋敷となった現在では、王族所有というかつての栄華の見る影もないが。
「じゃあ、スキルを発動するよ」
僕がスキルを発動すると、強い発光と同時に一瞬で修復。豪華で威厳のある屋敷の姿がそこにあった。
振り返って街の様子を見ると、全ての建物の修復が完了し、貴族の避暑地らしい静かで気品に満ちた街の姿がそこにあった。死の毒沼と化していた湖は鏡のように光を反射し、非常に澄んだキレイな水辺となっていた。
改めて、目の前の屋敷を見る。門の脇には『マナーハウス カサ・セニョリアル』と表札が掲げてあった。
表札を見たクラウディアが一言。
「マナーハウス? ここ、避暑地であって領地や荘園ではないですよね?」
「ああ、そういう意味もあるんだったか」
クラウディアの言うとおり、本来マナーハウスは貴族の領地や荘園に建てられた領主の屋敷を意味している。ところが僕の前の世界では、別の意味を持つようになった。
「貴族の屋敷を宿泊施設として改装・運営している施設の事を指していたんだよ」
「まぁ、そんな意味もあったのですね」
ちなみに、インドではマハラジャの末裔が先祖代々受け継いできた宮殿などをホテルにした例もあるらしいが、これも一種のマナーハウスと言えるだろう。
「では、開業の準備をして参りますので少々お待ちください」
いつものようにモニカが先にホテルへ入り、しばらく待つことになった。
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