幕間2 王子と王太子のキャンプ記録
アランがカシオン・デル・マールを訪れてからおよそ一ヶ月後。
「たき火でお菓子を焼くだけの何が面白いんだと思っていたが、なかなか乙なものじゃないか。なぁ、フランソワ」
「……そうだな、クリス」
パラドール王国の第2王子クリスティアンとリッツ王国王太子のフランソワは、5ヶ月ぶりの休暇を取れることになった。
この機会にまた禁じられた領域へクラウディアを探す旅に出ることになった。もちろん、その目的はほとんど建前とかしていて、実際はただクラウディアが居ると噂の禁じられた領域へ旅行に出かけたいだけなのだが。
当然、下級貴族の子息と身分を偽りお忍びで来ている。
今回訪れたのは、アカンパーにあるグランピング場『エンカント』
現在2人はスモアを作るアクティビティに参加しており、マシュマロをたき火で焼いている所だった。
「ビスケットに焼いたマシュマロとチョコレートを挟むのか。僕達の常識が破壊されるな」
パラドール王国とリッツ王国では、チョコレートの原料であるカカオが生育できる環境が存在しないため、全て輸入に頼っている。そのためチョコレートは非常に高級品として扱われており、一流のパティシエが味はもちろん形にもこだわって作るのが常識だ。
だが、スモアは雑に割ったチョコレートを他のお菓子で挟むだけのスイーツ。その扱われ方は、この世界の住人としては十分に常識外の食べ方だった。
「そうだな。それに、このマシュマロというお菓子、作り方がさっぱりわからない。国へ帰った後、スモアを再現しようとしても当分は不可能だな」
実は、この世界にはまだマシュマロが存在しない。そのため、フランソワの言うようにスモアの再現は禁じられた領域以外では不可能なのだ。
「それは残念。簡単に作れそうだから、帰ってからも作ろうかと思っていたが……」
クリスティアンは少し残念がった。
その後、いくつかのアクティビティを回ったクリスティアンとフランソワは、自分たちが泊まっているテントに戻ってきた。
なお2人は別々にテントを取っているが、日中はどちらかのテントで過ごすようにしている。食事も一緒に取ることになっていて、この点はあらかじめエンカントのスタッフに伝えている。
「……しかし、本当に居心地が良いテントだ。以前軍の視察に行ったことがあるが、そのときに野営を経験した。そのテントに比べれば、雲泥の差だな」
フランソワは、王太子として軍の視察を行った事がある。その視察は数日に及ぶ行軍に付いていくという一風変わった視察で、そのときに野営を体験した。
王族、しかも次期国王である王太子なので食事や寝具など、あらゆる点で特別扱いして貰った。それでも、フランソワにとっては馴染めなかったらしく、苦しい想いをしたのだ。
それに比べたらエンカントのテントは豪邸と言え、フランソワも不満無く過ごせているのだ。
「それは難しいな、フランソワ。軍のテントは設営と撤収を素早く行うよう設計されているけど、ここのテントは設営に数日はかかるそうだ。しかも内装は普通の建物に使うような家具を搬入している。持ち運びに不便で、行軍には向かないだろ」
「わかってるさ。ただ言ってみただけだ」
とまぁ色々と雑談を繰り広げていると、いつの間にか夕食の時間となった。
「野外で食事は、初めての経験だったな」
「ああ。しかも味を追求した、本格的な食事だ」
夕食を終えた2人は、口々に感想を言い合った。
2人は王族であるため、様々なパーティーを経験している。中には庭を解錠として行うガーデンパーティーもあったが、そういう時はお茶と軽食という本格的な食事ではなかった。
行軍となるとレトルトどころか缶詰もない世界であるため、現地調達と干したり塩漬けにした食材しかなく、調理方法も限られているので味がかなり落ちるのだ。
そんな状態が常識の世界であるため、野外でおいしい食事が出来るエンカントの食事は、クリスティアンとフランソワはカルチャーショックを受けたのだ。
そのうち、スタッフゴーストが片付けにやってきた。
「失礼します。お済みのお皿を下げに参りました」
「ああ、すまない。ところで、ここの食事はおいしいね。僕の国にはこういうスタイルの食事がなくてさ。貴重な体験をさせて貰ったよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「食事だけじゃない。アクティビティもすごく楽しませて貰った。そんなアクティビティを考えたオーナーはさぞすごい人なんだろうね。よければ、直接礼が言いたいんだが」
「申し訳ありません。オーナーはただいまバノデマールにあるホテルを中心に業務をしておりまして、こちらにはなかなか来ないのです」
バノデマール。最近解放された禁じられた領域の街で、すごく豪華なホテルがあるとか。
それを聞いたクリスティアンは、楽しみが増えてうれしそうな顔をした。
「そうか。なら、オーナーに伝えてくれないか。客の一人がエンカントを絶賛していたと」
「かしこまりました」
スタッフゴーストが片付けを終え去ると、クリスティアンは満面の笑みを浮かべて語った。
「よし。また禁じられた領域に来る口実が出来たぞ」
「よしじゃないが。私たちの目的を忘れたわけではないだろう?」
「もちろん。だが、禁じられた領域のホテルはどれも一級――いや特級だからな。フランソワだって、なんやかんや言ってここに来るのが楽しみなんだろう?」
「それは……まぁ……」
そう言われ、フランソワは少しドキッとした。
クリスティアンに振り回される形で旅行に来ている彼だが、なんやかんや言って禁じられた領域のホテルは楽しいのだ。
「なら、とことん楽しむべきだ。どうせ宮殿に戻って会議しても、なかなか話が進まないんだからな」
「……ホントに痛いところを突いてくるな、君は」
こうして、二人の会話は深夜まで続いた。
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