024号室 とある子爵のグランピング体験 その2
「これは本当に……野営か?」
アカンパーに到着し、グランピング施設『エンカント』に到着したアレハンドロは、チェックインを済ませると準備されたテントへ案内された。
そこは、アレハンドロにとって驚きの連続だった。立派なウッドデッキには調理用魔導具が設置されているし、テントの中は空調の魔導具や照明の魔導具など、様々な魔導具が設置されていた。これらの魔導具を持っている家は、この世界では半分にも満たない。
さらに魔導具以外の調度品、ベッドやソファ、カーペットも一級品だった。アレハンドロも田舎の出身とは言え貴族の端くれであるから、そこそこ品が良い調度品を持っている。
だが、高級な調度品を野営のテントに設置しようという発想は一切無い。
「……とりあえず、外に出るか」
これ以上テントの中にいても頭が混乱するだけだと思ったので、アレハンドロは周辺を散歩することにした。
すると、意外な人物と偶然出会った。
「あれ、カルデナス子爵ではないですか!」
「君は、セシリオか!?」
そこに居たのは、冒険者業をしているセシリオだった。
実は、セシリオとアレハンドロは知り合いだった。以前セシリオがグランピングのことを『興味を持ちそうな貴族を何人か知っている』と言っていたが、そのうちの1人がアレハンドロだったのだ。
「セシリオ、君はなぜここに?」
「冒険者の仕事ですよ。1月にここが解放されてから探索系の依頼が舞い込んでいまして。相棒のアルフレドと一緒に3ヶ月ほど探索にいそしんでいます」
「そうだったのか。オレは領地の仕事が一段落したから、休暇で来た。メイド長が勧めてくれてね」
「ああ、あのメイド長であればそう言うでしょうね。ところで、エンカントのアクティビティは参加しましたか? もう4月になったから、色々と解禁されたんですよ。子爵の興味がありそうなアクティビティがいくつかありますよ」
アレハンドロはチェックインの際、アクティビティについて説明を受けていたが、数が多すぎてどれを受ければ良いかわからない状態だった。
だが、セシリオが的確にアレハンドロにピッタリなアクティビティを絞ってくれたおかげで、行ってみたいアクティビティが大体わかってきた。
「ありがとう、セシリオ。ちょっと行ってみるよ」
「お気を付けて、子爵。いい休暇を」
「ん? これは……」
セシリオから渡されたリストを読んでいると、1つアレハンドロの目を引くアクティビティがあった。
『宝探しゲーム』
敷地内に配置された宝箱を見つけ、中にある宝石(イミテーション)を集める。
集めた宝石の種類と数によって点数が決まり、点数によって色々な商品と交換できるというアクティビティだった。
ちなみに、このアクティビティはリオのスキルであらかじめ設定されていた物ではない。冒険者ギルドが広報活動の一環として企画した物で、リオの協力によって実現したアクティビティだ。
コンセプトは『気軽に冒険者気分を味わえる』らしい。
そんな経緯で実施されたアクティビティだったので、アレハンドロが興味を持たないわけがなかった。
早速アレハンドロは、宝箱を探しにグランピング場の様々な場所へと繰り出していった。
「単純なものかと思ったが、意外と歯ごたえがあるな」
宝箱は、すぐ見つかりそうな場所から一目ではわからないところまで様々な場所に設置されており、しかも発見しやすさによって宝石の点数配分が違っていた。
すぐ見つかる宝箱の宝石は点数が低く、逆に見つかりにくかったり手に入れるまで工夫が必要な場合は高い点数が設定されていた。
しばらく探索していると、釣り場になっている川にたどり着いた。
そこの対岸に宝箱があったのだが……。
「普通、あんな所に行けないだろ」
なんと、断崖絶壁に囲まれた場所に宝箱があった。
あそこに行くには上流から小舟を借りて向かうしかないのだが、アレハンドロはそんなことしなかった。自分のスキルを生かし、投げ縄で宝箱を取ったのだ。
中身はもちろん、最高得点の10点となる宝石だった。
こうして探索し続け、夕食前にインフォメーションセンターで宝石を交換すると、テントにも設置されている魔導具の電気ケトルが渡された。これは景品としてはもっとも高価な物で、パラドール王国では金持ちしか持たない代物だ。
「いいのか、こんな高価な物」
「はい、そういうルールですので。それと、こちらの景品を獲得された方はお客様が初めてです。それだけ難しいアクティビティなので」
まだケトルを入手した人間がいないと言う事実にアレハンドロは驚きつつも、自分が最初と言うこともあり少しうれしく思った。
「野外での食事がここまでウマいものだったとは……」
夕食、アレハンドロはウッドデッキでバーベキューセットを堪能した。
普段屋敷で食べる食事とは違い、自分で調理を行う。しかも調理も食事も野外で行うという初めての経験。
そんな非日常な食事シーンであるため、ただグリルで焼いて食べるだけでありながら味が特別に感じるし、何より屋外での調理と食事は冒険者らしい雰囲気があり、アレハンドロにとって人生史上最も楽しい食事となった。
「……なるほど、こんなテクニックがあるんだな」
夕食後、風呂入り終えたアレハンドロはテントの中でテレビを見ていた。
テレビはリオのホテル以外では存在せず、多くの人にとって珍しく、内容も面白かったりためになる情報が多く発信されていることもあり、リオのホテルのリピーターの中にはテレビを楽しみにしている人もいるらしい。
そしてアレハンドロが見ているのは『アウトドアチャンネル』。グランピング場がオープンしてから解禁されたチャンネルで、その名の通りアウトドアに関連した情報やテクニックを発信している。
紹介している内容は非常に良好で、ベテランの冒険者ですら参考にしているほどだ。
「この内容なら、帰っても出来るかもしれないな」
結局眠気が襲ってくるまで、アレハンドロはテレビを見続けていた。
翌日、アレハンドロはウッドデッキで朝食を取ると、インフォメーションセンターでチェックアウト、そのまま帰路についた。
禁じられた領域からアーティチョークへ向かい、そこで預けていた馬と馬車を引き取り、カルデナス子爵領へ帰宅するという予定のはずだった。
だが、その途中で。
「ん? なんだあれは?」
馬車の前を横切ったのは、衣服がボロボロでヒゲも髪もボサボサ、あまり手入れされていない武器と、どう見てもならず者の集団だ。
だが、末端とは言え貴族らしく小綺麗にしている馬車を前に見向きもせず、そのまま必死の形相で通り過ぎていった。
その直後、ならず者の後を追いかける集団が。こちらは騎馬で隊列を組み、鎧も武器も統一感がある点から、明らかに王国軍の部隊である事は明白だった。
だが、1つだけ不思議な点があった。
「なんだ、あの部隊。やる気が感じられない……」
兵士達の表情は明らかに緩みきっており、やる気が無い、もっと言えば始めから逃がすつもりじゃないかと疑ってしまうくらい覇気が無いのだ。
ならず者達が徒歩で走って逃げ、兵士達は騎馬に乗っているのに全く差が縮まなっておらず、この点も不自然さを際立たせていた。
そして、最も厄介な事がある。
「国境が近いのに、このままじゃリッツ王国に逃げられるぞ」
ここは、リッツ王国との国境沿いにある道なのだ。ならず者が逃げている方向は国境にあるため、このままリッツ王国に逃げられると犯罪者の確保と引き渡しに多大な労力をかけなければならない。
この点に気付いたアレハンドロは、すぐさま行動に出た。
「そらっ!」
「ぐえっ!?」
馬車を降りたアレハンドロは、すぐさま投げ縄を放った。すると瞬く間にならず者を全員捕縛したのだ。
「失礼。あなた方が追っていた人は、全員捕まえましたよ」
「……とりあえず、君の事を聞こうか」
「アレハンドロ・カルデナス。カルデナス子爵家の当主だ。ほら、馬車にうちの紋章が付いているだろう?」
馬車の側面には、確かにカルデナス子爵家の牛をモチーフにした紋章が描かれている。
非常に精巧な図柄であり、明らかに偽造された物ではなかった。
「……失礼しました。ですが、このような荒事を子爵様が率先して行うのはいささか危険かと」
「そうかもな。休暇中に貴重な体験をしたから、気を大きくしていただけかもしれない。だが、自分のスキルや技量と相手の状態を秤にかけて冷静に判断したのだと思っている」
「そういうことにしておきましょう。では、ご協力ありがとうございました」
そう言うと、部隊長らしき男はなぜか苦々しい表情をしながらならず者達を連行していった。
一方アレハンドロは馬車に戻り、わずかな笑みを浮かべてこう漏らした。
「今の、ちょっと冒険者っぽかったかな」
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