023号室 とある子爵のグランピング体験 その1

 パラドール王国の片田舎、カルデナス子爵領。

 この場所は非常に牧畜が盛んで、牧畜業を生業にしている場所だ。

 そんなカルデナス子爵領だが、ここの人々の生活を支えているのは、家畜の世話をしている農夫だけではない。


「……よし、これで必要な書類が揃った」


 それがここカルデナス子爵領の領主、アレハンドロ・カルデナス子爵だ。

 実はカルデナス子爵領は、領民が牧畜に専念し、領主が王国の役所に提出する書類を作成したり各地に畜産物を売り込んだりといった裏方を担当するという協力体制が代々構築されていた。

 アレハンドロも隠居した父から当主を受け継いでから代々行われてきた仕事のやり方を踏襲し、ひたすら領民の生活を守るためデスクワークに励んでいた。


「お疲れ様です、子爵様。ホットミルクをお持ちしました」


「ああ、ありがとう」


 仕事が終わったタイミングでアレハンドロの執務室に入ってきたのは、昔からカルデナス子爵邸に勤めているメイド長だ。

 10代でメイドになったが仕事の要領が良く、先代のカルデナス子爵から信頼が厚かったのでアレハンドロのお世話係に任命されていた。アレハンドロが成人してからは屋敷内の使用人を取りまとめるメイド長に就任している。

 そんな経歴を持っているためアレハンドロが幼いときからよく知っている人物である。


「そうそう。今、領内の商業ギルドと冒険者ギルドに珍しい魔導具が搬入されたそうですよ。なんでも、禁じられた領域にある宿の予約が出来るとか」


「ああ、そういえば領内にやってきた商人や冒険者が行っていたヤツか。珍しいスキルを持った人物が禁じられた領域の一部を開放し、宿を経営しているとか」


 この次期になると、リオが営むホテルと禁じられた領域の一部が開放されたことはほぼ知られていた。

 しかし、まだ完全に信じられたわけではなく、半信半疑である人がまだまだ根強く残っていた。

 ただリオのことが王宮に報告された時よりかは大分マシになっており、目聡い人や新しい物好き、珍しい物好きな人は実際に足を運び、噂が真実であることは徐々に周知されてきている。


「はい、その禁じられた領域の一部を開放した人が営んでいる宿の予約が取れるそうです。それで少しその魔導具を触ってきたんですけどね、面白い宿を見つけましたよ。なんと、高級宿に引けを取らないサービスを行う野営が体験できる宿とか」


「野営……!」


 アレハンドロは非常に興味を持った。

 というのも、彼が諦めた夢と一部つながりがあるからだ。


 実はアレハンドロ、元々は冒険者を夢見ていた。特に彼が持っているスキルが『投げ縄』と言う投げ縄が上手くなるスキルであって、冒険者業の役に立つ物であったこともあり、一時期は本気で冒険者になろうかと考えたこともあった。

 だが、アレハンドロは領地を持っている貴族の跡取り。そんな命をかけるような職業に就くことは許されず、高等学院を卒業してからは家督と家業を継ぐ準備を進めた。

 そして20歳の時に父から家督を受け継ぎ、以来5年もの間領主として仕事をしてきた。自慢のスキルも、領民の訴えで逃げ出した家畜を捕まえるのに捕まえる位にしか使わなかった。


 アレハンドロは若いとは言えいい大人だ。冒険者がすでに叶わない夢である事を理解している。

 だが、なんとかして周囲に迷惑をかけず冒険者気分を味わえないかと思案していた。そんなときに、メイド長がこの話を持ってきたのだ。

 彼が興味を持たないわけがなかった。


「しばらくはすぐやらなければいけない業務はありませんから、息抜きに行ってきたらどうですか?」


「そうだな。少し楽しんでくるとするか」


 こうして、アレハンドロの禁じられた領域への旅行が決定した。




 アレハンドロはまず、カルデナス子爵が持っている馬車を使って禁じられた領域に最も近いアーティチョークまで移動した。そこからはノボテル商会が運営しているチャーター馬車を使って禁じられた領域に向かう。

 実は、リリアーヌの活動ぶりにノボテル商会長が興味を持ち、パラドール王国やリッツ王国と禁じられた領域をつなぐ馬車業を開始している。一般人が利用する乗合馬車、貴族や大商人が使うチャーター馬車、物資を運ぶ荷馬車などを展開しているらしい。

 なお、この馬車業は表向き禁じられた領域の商業的価値を見いだしたためと言うことになっているが、裏ではリリアーヌを支援するために設立したとも噂されてる。


 とにかく、アレハンドロはこのチャーター馬車を使い、無事エントラーダに到着した。


「これが禁じられた領域……。王都と同等かそれ以上に栄えているじゃないか」


 自らが在籍していた王立高等学院、そして現在でも所用で王都に行くことがあるためアレハンドロは王都の様子や雰囲気を知っていたが、エントラーダは少なくとも王都並みには建造物が建ち並び、寂れた雰囲気を感じさせない活気があった。


「それで、確か『バス』って乗り物に乗るんだったな」


 予約機でホテルを予約すると、宿泊券とホテルの案内が印刷される。基本的にこの案内に従えばホテルにたどり着けるようになっていた。

 アレハンドロもそれに従い、バス乗り場まで向かった。


「バスは緑と水色の螺旋が描かれているものに乗るのか。それじゃないやつに乗ったら違う場所に行くから注意……と」


 しばらくして、グランピング場があるアカンパーへ向かうバスがやってきた。


「事前に情報を知っていたが、こんな大きな乗り物の魔導具は見たことないな……」


 バスの技術的性能の高さに驚きながら、アレハンドロを乗せたバスはアカンパー目指して出発した。

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