幕間1-1 王子と王太子の旅行記 その1

~???side~


「失敗しただと!!」


「も、申し訳ございません!!」


 パラドール王国・王都にある貴族の屋敷で、怒鳴り声が響いた。

 怒鳴り声の主は、サルバドール・ベラスケス。この屋敷の主であり、侯爵位を持つパラドール王国貴族だ。

 だがその容貌は貴族らしくなく、無精ヒゲにザンバラ頭と、盗賊やならず者と言われた方が納得できるような姿をしている。

 ついでに言うと性格も貴族とはかけ離れており、短気で衣装が荒い。


「しかも、よりによってカルデナス子爵に見られたばかりか、いらん手助けをされたとは……運が悪い。誰か悪運を引き寄せているヤツがいるんじゃないか!?」


 実は、アレハンドロが帰宅中に遭遇したならず者とそれを追う部隊は、ベラスケス侯爵が裏で糸を引いていた。

 当初の計画では、適当に捕らえたならず者に『リッツ王国に逃げられたら無罪にしてやる』と取引を持ちかけ、リッツ王国に向かうよう仕向けた。

 ならず者達を追う部隊は、わざとリッツ王国の国境を越えさせるよう手を抜いて追う。そしてリッツ王国に侵入したところで一気に追い詰め、派手に武力を使いならず者を捕らえる。最悪、殺しても構いはしないつもりだった。

 そうなれば、パラドール王国軍がリッツ王国で武力を行使したことになり、国際問題化する。国際問題が深刻化すれば、リッツ王国との戦争が実現できる。


 そう。ベラスケス侯爵は、リッツ王国のメルキュール男爵やバジル・ノボテルと志を同じくする一派、つまり『主戦派』の一人なのだ。以前バジルが『将軍』と言っていた人物こそ、ベラスケス侯爵だ。


 なぜベラスケス侯爵が主戦派に入ったのか。それは、ベラスケス侯爵家の事情が関係している。

 かつてパラドール王国とリッツ王国が頻繁に戦争をしていた時代、平民から貴族に出世する者が現在よりも多く存在した。戦争で卓越した功績を挙げた褒美として貴族位を与えていたのだ。

 そのような来歴を持つ貴族家はリッツ王国、パラドール王国共に複数家存在しており、ベラスケス家もそういった家の1つなのだ。


 さて、戦争で功績を挙げ貴族になった人物とはどういう者か。色々なタイプが居るが、中でも2つのタイプが最も多いと歴史家から指摘されている。

 1つが貧困で生活のため軍に入った者、もう1つが傭兵団。どちらも戦場に行くしか生きる術が無かったことが共通している。

 両者とも生きるためならなんでもやり、時には窃盗や盗みを多く行っていたらしい。性質としては野盗に近かったらしい。


 だが貴族位に叙されると、世代を経る事に貴族らしい振る舞いが身についていき、現在では貴族の名に恥じぬ礼節をわきまえている。

 だがベラスケス家は例外だったようで、いくら世代交代をしても粗暴な振る舞いが治ることは無かった。

 かつては軍務大臣を輩出するほど軍系貴族の名門として名を轟かせていたが、乱暴な性格とそれによる事件が後を絶たず、部下を暴行死させることが多々あり問題視され、閑職に追いやられてしまった。


 この絶望的な状況を脱するには、戦争しか無い。リッツ王国側とパイプを作ったから、八百長でいくらでも戦功を立てることも可能。

 そう踏んだベラスケス侯爵は、主戦派としてパラドール王国とリッツ王国の開戦に向け暗躍を始めたのだ。


 ところで、ベラスケスがアレハンドロに現場を見られたことを問題視していたが、実は貴族位としては下から2番目の子爵とはいえ、カルデナス子爵家の影響度は下手な侯爵家よりも高い。

 自領の特産品である畜産物を売り込むため、当主自らがセールスマンとして大商会や大物貴族、時には王宮まで商談に赴くため、意外とパイプが太いのだ。

 そのため、カルデナス子爵家の政財界からの信用度はかなり高いのだ。


「全く、機会を待ってようやく実行したのに、1からやり直しどころか策の練り直しではないか! もうよい、下がっておれ!!」


 ベラスケス侯爵としてはいい策だったようだが、アレハンドロが偶然現場近くを通り、しかも知らずにベラスケス侯爵の策を潰した。こうしてパラドール王国とリッツ王国の平和は、誰にも知られずに守られることになった。

 そしてベラスケス侯爵は、また策の練り直しで頭を抱えるハメになり、またしばらく動けなくなる日々が続くことになるのだった。



~クリスティアン、フランソワside~


 一方そのころ、パラドール王国第2王子クリスティアンとリッツ王国王太子フランソワは、禁じられた領域のエントラーダに到着していた。

 そう、消えた侯爵令嬢であるクラウディアを捜索するため、なんとか予定を空けて禁じられた領域に来ることが出来たのだ。

 ちなみに、当然の事ながら身分を偽り、2人とも『下級貴族の3男』ということにしている。いわゆる、お忍びというヤツだ。


「ずいぶん賑わっているな……。この街に私たちが泊まるホテルがあるのか、クリス?」

 

「いや、ここじゃない。確かにこの街には例のスキル保持者が最初に建てたホテルがあるが、宿泊形態に問題があってね。兄上達に止められたよ」


 エントラーダにあるカプセルホテル・ファシルキャビンは個人のスペースがベッド1台分しかなく、外部と隔てているのはスクリーン1枚でカギが無いため、セキュリティに難があると言うことでパラドール王国王太子――つまりクリスティアンの長兄からストップがかけられていたのだ。


「今から行くのは、ここから『バス』とかいう乗り物に乗るんだそうだ」


「……そうか。もうしばらく移動になるんだな」


 フランソワはこの時、バスについて特殊な馬車の一種なのだとイメージしていた。

 当然ながら、とんでもないショックを受けることになるのは容易に予想できることだった。

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