019号室 それぞれの現在

「ごゆっくり、おくつろぎ下さいませ」

 

 一組の客がチェックインを終え、自室に向かっていった。

 この客のチェックインを担当したのは、クラウディアだ。


「お疲れ様、クラウディア。仕事には慣れた?」


「はい、おかげさまで。同僚の皆様も親切ですし」


 現在、クラウディアはホテルの主に接客関係の仕事をこなしながら、従業員のゴースト達に現代的な礼儀作法を教えている。

 そのため、以前から指摘されていた接客の古臭さは、大分改善されつつある。


 ちなみに、クラウディア本人からの希望もあって、僕はクラウディアのことを呼び捨てで呼んでいる。なんでも、雇用者と従業員の関係になるのだからさん付けは不要、という理由らしい。


「ごめんくださーい」


「いらっしゃいませ、リリアーヌさん。今日も部屋は空いていますよ」


 クラウディアと話していると、商人のリリアーヌさんが来訪した。彼女も今では、すっかり当ホテルのお得意様だ。


「ありがとうございます。では5日ほど滞在させて貰いますね。それとクラウディアさん、あなたにお手紙です」


「わたくしに、ですか?」


 クラウディアは、リリアーヌさんから手紙を受け取り、開封した。


「これ……お父様からですわ!」


「そうなんだ、手紙はちゃんと届いたんだね」


 以前、クラウディアは自分の無事を伝えるため、家族に手紙を書き冒険者ギルド経由で送った。

 それで返事が返ってきたわけだけど、なんでリリアーヌさんが届けに来たんだろう?


「おそらく、同じルートで手紙を出すと『黒幕』にクラウディアさんの身元を特定されかねないからだと。だから禁じられた森へ頻繁に出入りし、知り合いの娘である私に手紙の配達を頼んだのかと」


 なるほど。一種の安全策として、リリアーヌさんに頼んだのか。


「それでクラウディア、君のお父さんからはなんて?」


「要約すると、ひとまず無事で安心した。だが今パラドール王国へ帰るのは危険だから、しばらく禁じられた領域にいた方がいいと欠いてありますわ。それと、いつかわたくしの顔を見に両親揃って禁じられた領域へ行くつもりだそうですけど、婚約破棄騒動のせいで時間が作れないから、しばらく先になりそう、との事ですわ」


「そっか。じゃあ、ご両親に楽しんでもらえるよう、ホテルをもっと盛り上げようか」


「……は、はい、そうですわね!」




~??? side~


 リッツ王国・王都・貴族街。

 リッツ王国の貴族達が王都に滞在している間に生活する邸宅が集中している地区であるが、とある屋敷に2名の人物が話をしていた。

 

「なるほど。第3王子はリッツ王国大使館で謹慎。我が妹も、高等学院の学生寮の自室で謹慎しているのか」


 1人は、この屋敷の主である『セドリック・メルキュール』。メルキュール男爵家の当主であり、パラドール王国の高等学院でジュリアン・リッツ第3王子が守った(と本人は思い込んでいる)ジェルヴェーヌ・メルキュール男爵令嬢の兄である。

 兄妹であるためかセドリックの見た目はジェルヴェーヌに似ており、妹と同じピンク色の髪をセミロングにしている。


「正確に言えば、自室待機を勧められただけでございます。まだご兄妹が第3王子様をそそのかしたという証拠がございませんので。ただ騒動の渦中にいただけですので、身の安全を確保するために王宮から勧められたそうでございます。……表向きは」


 もう1人は、太った体型に七三分けという髪型をした人物だ。

 この人物は『バジル・ノボテル』。ノボテル商会長の弟であり、現在リオ達と取引をしているリリアーヌ・ノボテルの叔父に当たる。

 一応ノボテル商会の幹部の1人であり、商人の情報網を使って情報収集が出来る立場なので、こうして騒動の渦中にあるジェルヴェーヌの状況を兄であるセドリックに報告するため屋敷を来訪した、という体裁を取っている。


「つまり、実際は謹慎に等しい状態ということだろう? それに、取り調べもセットになっているとみた」


「そうですか。ところで、男爵様はご兄妹のご様子を聞いても動揺しないのですな」


「ジェルヴェーヌが覚悟を決めて参加したからな。なら、私はジェルヴェーヌを駒として使うまでだ」


 実際は、兄としては妹に自らの陰謀の片棒を担がせたくはなかった。

 しかし、妹が自分の身を犠牲にしてでも家のためになんだってやる覚悟を見せたため、セドリックはその意を汲んで陰謀の駒にすることにしたのだ。


 ここまでの話で気付いた者も多いと思うが、セドリックとバジルはリッツ王国とパラドール王国の戦争を望む者、いわゆる『主戦派』に属している。そして主戦派の中でも特に中心的な役割を果たしている4人の内の2人なのだ。


「それに、ジェルヴェーヌは取り調べでうかつな言動はしないだろう。賢いし、自分をか弱く見せ庇護欲をそそる振る舞いに長けている。相手が誰だろうと、厳しい取り調べにはならないだろう」


「ぶほほほほほ、そのようにおっしゃるのであれば我々の事は早々に露見はしないでしょうなぁ。ああ、そういえば『将軍』が次の一手を打とうとしているそうですぞ」


「なるほど。では、我々はしばし休暇を取ることにしようか」


「ですが、どうも将軍の策は事前準備はもちろん、タイミングを図るのが難しいらしく……。いつ実行できるかわからないそうで……」


「別に構わないよ。あまり短い間に次々に問題が起こると、事件の裏側に我々がいると勘ぐられかねないからね。まぁ、今でも勘ぐっている人物はいるとは思うが、人数が増えるとまずい。

 あくまでも偶然事件が起こるように見せなければ、せっかくの策略も効力を失ってしまう」


「ぶほほほほ、それもそうですな。では、将軍の案件が終わるまで、我々は表家業に邁進しておきましょう」




~??? side~


 パラドール王国の王宮。

 政治の中心地であり国王の住まいでもあるこの場所は、蜂の巣をつついたような騒ぎがもう1週間近く続いていた。

 なにせ両国関係の仲を取り持つクラウディアとジュリアン・リッツ第3王子の婚約が、第3王子が勝手に破談にした挙げ句、クラウディアをいつ死亡してもおかしくない禁じられた領域へと強制転移させてしまったのだ。


 この事態にパラドール王国側は激怒したが、戦争はしたくない。だが落とし前は付けさせたい。

 リッツ王国は自分たちに非があるが、パラドール王国への従属や完全敗北と取れるような内容の謝罪はしたくない。第3王子に全て責任を負わせられれば良いが、彼を利用しようとする勢力がそれを許さない。


 このような複雑な政治事情が足を引っ張ってしまい、なかなか落とし所を見いだせずにいた。


(クソ、あの愚弟のせいで、厄介な仕事が増えた……)


 王宮内のリッツ王国側にあてがわれた控え室で、豪華な服装とは裏腹に猫背で顔色が悪く、灰色の髪をボサボサにした、ひげは生えていないが山賊に間違われそうな暗い印象の青年が頭を抱えていた。

 彼は『フランソワ・リッツ』。リッツ王国第1王子にして王太子――つまり、次期リッツ王国国王に内定している人物だ。

 フランソワはパラドール王国の王立高等学院に留学した経験があり、またつい最近王太子に就任したことから、王太子として最初の仕事として実弟のジュリアン第3王子がしでかした事件を収める大役を任されたのだ。


 だが、見た目通り暗い性格のフランソワにとって交渉事は得意とは言えず、しかも高度に政治的なしがらみが多い事件でもあるので解決は困難を極めていた。


 そんな彼に、来訪者が現れた。


「やぁ、フランソワ。さっきぶりだね」


 現れたのは、長身で金髪をロングにしているという華がある姿に、それに似合うような明るい態度を前面に押し出した――ありていに言えば、フランソワとは真逆のキャラをした人物だった。


「おや、クリスティアン第2王子殿下」


「今はプライベートなんだ。呼び捨てでいいし、学生時代と同じように『クリス』って呼んでくれていいぜ?」


 この人物は、クリスティアン・パラドール。パラドール王国第2王子であり、今回の事件解決に向けたパラドール王国側の交渉団の幹部であり、フランソワの高等学院時代の学友で親友でもあった。

 正反対な性格をしている2人だが、不思議と仲がよく、学院時代は家柄のみならず凸凹コンビとして特に有名だった。その友情は卒業後の現在も続いている。

 実は、リッツ王国側がフランソワを派遣する事を知ったパラドール王国が、2人の友情関係でなんとか丸く収められないかと期待してクリスティアンを交渉団の幹部にねじ込んだのだ。


「とりあえず、フランソワに朗報だ。クラウディア・モンフォルテ公爵令嬢だが、生きていることがわかった」


「本当か、それは!?」


「ああ。例の噂、聞いたことあるだろ? 禁じられた領域の一部が、最近現れた人物のスキルによって人が住めるようになったっていう話」


「ああ、そうだが……まさか!?」


 禁じられた領域に冒険者ギルドを開く手続きを行ったため、国の上層部には禁じられた領域の一部が開放された話は伝えられていた。

 だが、長年染みついたイメージによって、なかなか信用されなかったのだ。それは、この2人も同じだった。


「どうもその話、本当らしいぜ? 事実、クラウディア嬢の無事を伝える直筆の手紙が、モンフォルテ公爵夫妻に届いたからな。

 だが、クラウディア嬢はしばらく禁じられた領域に滞在することにしたようだ。また命を狙われる可能性があるしな」


「確かに。賢明な判断だな」


「とりあえず、クラウディア嬢が生きているんだったら交渉もやりやすくなるはずだ。後は、確実にクラウディア嬢が生きている証拠を提示できればいい」


「どうやって? ……まさか」


 長い付き合いの中で、フランソワはクリスティアンが何をしようとしているかわかってしまった。


「僕達で禁じられた領域に行くんだよ。それでクラウディア嬢と直接会い、あわよくば身の安全を保証した上で帰国して貰う。彼女が無事だと確信させるんだ」


「おい、私たちは交渉中だし、お互い身軽な身の上じゃないだろう!?」


「そうだな。だが、少々時間がかかってもいい。この交渉はなかなか決着が付かないだろうからな。それに、遠出も交渉決着に必要な材料を集める名目があるんだから、許してくれるさ」


「むぅ……」


 クリスティアンの言っている事は正論なので、学院時代と同じくフランソワはクリスティアンに丸め込まれてしまった。

 これが、王子2人の禁じられた領域旅行の始まりとなる。

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