020号室 野外型新ホテル

 クラウディアがスタッフになってから2ヶ月が過ぎた。

 すでにこの世界では新年を迎えており、街では依頼を受ける冒険者は少なくなる。その代わり、エントラーダもネゴシオも街中が新年のお祝いムードに包まれている。


 もちろん、ホテルの中もお祝いムードが漂いつつある。しかし、現在運営しているホテルはそういうイベントを大々的に行える仕組みがない。

 せいぜい提供する朝食が少し豪華になっただとか、部屋の中で酒盛りをしている人が増えたとか、そんな程度だ。


 そんな最中、突然メッセージが現れた。


『ランクアップ!

 称号:家族経営ホテルオーナー → 小規模ホテルオーナー

 達成条件:累計宿泊者数1000人以上、従業員数30人以上

 お知らせ:レッツォイン前に来てください』


「ああ、もうランクアップしたのか」


 宿泊者は毎日迎えているから何人泊まったかなんて気にしなくなったし、従業員はたまに僕が調伏に行ったりしてるけど、基本的に人事権を持ってるモニカに任せることが多かったから、いつの間にか人数が増えたりしてるんだよなぁ。

 とにかく新しいホテルが出来そうなので、モニカとクラウディアを呼んで一緒に行ってみるか。



 

 今回乗ったバスは、緑と水色の螺旋が描かれた観光バスで、新しく建設されるホテル専用の送迎バスになる。デザイン以外の機能や車内の間取りはレッツォインの送迎バスと変わりは無い。

 このバスは僕とクラウディア、モニカ、そしてモニカが選んだスタッフが何人か乗っている。ちなみに、今回運転手をしているのはモニカではなく、運転が得意なスタッフのゴーストがやっている。

 そしてモニカは、バスガイドよろしく現在向かっている場所について解説していた。


「今回向かう場所は『アカンパー』と言いまして、禁じられた領域の東部にある場所です。山間部にある開けた地帯で、古王国時代は農村でした」


「つまり、田舎ということでしょうか?」


「クラウディア様のおっしゃるとおり、田舎と言えば田舎ですが観光客が多かったようです。アカンパーの南に『カルローサ』という温泉地があったことに加え、田舎である事を利用し観光政策を推し進めていたことが理由ですね。

 私も生前、アカンパーと言えば観光地を思い浮かべるのが常識でしたから、本当に有名な観光地だったんです」


 なるほど、田舎ならではの観光地か。非常に楽しみだ。




 バスに揺られること数時間。到着したのは、人家も畑も全く見当たらない、雪に深く閉ざされた谷間だった。


「何にもありませんわね……」


「これから元に戻すんだよ、クラウディア。とりあえず、ホテルを建てる場所を探さないと」


 僕はスキルのメッセージに従い、ホテルの場所を探した。

 しばらくすると、探していた場所を発見した。


「見つけた。ホテルを建てるよ!」


 一瞬強烈な光が放たれたかと思うと、目の前には丸太で出来た看板と、大きな平屋建てのログハウス調の建物が出来た。

 なお、看板にはこう書かれていた。


『グランピング場 エンカント』


「一瞬で建物が出てきましたわね……。あ、いつの間にか村が……」


「ホテルを建てると、その一帯が浄化されて元の街や村に戻るんだよ」


 振り返ると、雪が降り積もってはいるが明らかに農村だとわかる光景が広がっていた。


「それではオーナー、すぐに宿泊体験に参りましょう。準備を致しますので、しばらくお待ちを」


「ああ、だからスタッフを連れてきたんだ。いいよ、モニカ。準備が出来たら呼んで」


 モニカが建物に入り、僕達はしばらく待つことになった。


「ところでリオさん。『グランピング』って何ですの?」


「それは、まぁ……見ればわかるよ」


 ここで説明してもいいんだけど、実際に目にしてから説明した方が面白いと思うんだよね。



 

 モニカから準備が出来たと言われたので、早速僕達は建物に入ることになった。


「ようこそ、エンカントへ。お2人でご宿泊でしょうか?」


 ここのスタッフの制服は、他のホテルに比べてかなりラフになっていた。

 ジーンズにジャケット、ブーツとアウトドアらしいスタイルにしているようだ。


「はい。でも部屋は別ベ……」


「いえ、一緒で結構ですわ」


 突然、クラウディアが割り込んで『一緒の部屋で』と言い出した。

 いや、ちょっと突然何言ってるの、この人!?


「どうも他のホテルとは大きく異なるようでしたので、1人では不安で……ダメでした?」


「い、いや……そういうわけじゃ……」


「なら決定ですわね!」


 助けを求めるような言い方をされると、僕としては断りづらくなってしまう。

 結局、クラウディアに流されるまま、同室でも宿泊という事になってしまった。

 次いで、1泊2日の宿泊である事も告げる。


「かしこまりました。お客様方は当施設のご利用が初めてのご様子ですので、ご案内しながらご説明いたします」


 そして受付役をやっているモニカは、僕達を建物の外へ案内した。

 当然、何も知らないクラウディアはその行動に混乱してしまう。


「え? この建物に泊まるのではないんですの!?」


「はい。この建物は『インフォメーションセンター』になっておりまして、チェックイン・チェックアウトを行う受付、売店、ランドリー、大浴場が設置されているだけでして、宿泊できる客室はございません」


 続けて、グランピングの説明に入った。


「『グランピング』とは『グラマラス』と『キャンピング』を合わせた造語でして、意味としては『高級なキャンプ』体験が出来る宿泊施設でございます」


「高級なキャンプ――つまり、野営という事ですの?」


「そうなります。ですが先程申し上げたように『高級なキャンプ』ですので、一般的に想像されている野営よりも格段に快適、サービスも充実しております。普通のホテルにも引けを取りませんよ

 ――皆様、間もなく到着です」


 見えてきたのは、前方に東屋風の屋根が付いたウッドデッキ、後方に大型のドームテントという構成になった設備がズラッと並んでいる光景だった。

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