018号室 新スタッフは公爵令嬢

 朝食を取りにレッツォインの食堂に行ったら、見かけない女の人がいた。

 まぁ禁じられた領域は現在、色々な冒険者が新しくやってきているから見かけない人がホテルにいるのはおかしくないんだけど……服装が明らかに違うんだよね。

 今のところ、禁じられた領域にやってきているのは冒険者やその関係者か、少数ながらリリアーヌさんがらみの商人関係の人のみ。


 だけど彼女、服装とか身につけている物がそういう人達とは明らかに違うんだよね。なんというか……貴族的な感じ?


 そういうわけでどういう人かを探るべく、話をしようと相席をお願いしたんだよね。

 相席の了承を取って、色々と雑談(主に食事の事だったけど)をしてみたけど、とりあえず悪意は一切持っていないことは察した。まぁ相変わらず、どういう経緯で禁じられた領域に来たのかはわからないけど……。


 それで話をしていると、レッツォインに泊まっているアルフレドとセシリオがやってきた。

 そしてセシリオが彼女を見て一言。


「も、もしかして、モンフォルテ公爵令嬢!?」


「もしかしてセシリオ、知ってる人!?」


「まぁ、そうだな。実家関係でパーティーに出席した際、一度見た覚えがある」


「あの……すみません。わたくし、貴方の事をよく存じ上げないのですが……」


 しかし彼女の方は、セシリオの事を知らないらしいが……。


「まぁ、そうですよね。貴方と自分は会話していませんし、自分は遠目に見ただけですから。改めて、冒険者をやっているセシリオ・サフラです。パラドール王国貴族、サフラ男爵家の3男でもあります」


「……申し訳ありません。そのサフラ家という家柄もあまり聞き覚えがなく……」


 ところが彼女、セシリオの実家を聞いても全くピンとこなかった。

 なんでも男爵というのは貴族家の中でも最下位の爵位で、よっぽどの事が無い限り知名度は低い。いわゆる小貴族や零細貴族と言われる事が多く、セシリオの実家もそれに該当しているそうだ。

 セシリオは『まぁ、ご存じないのも無理はありませんが……』と気にしない素振りを見せていたが、目は悲しそうにしていた。


 それよりも重要なのは彼女の方だ。セシリオは素性を知っているみたいだけど……。


「彼女はクラウディア・モンフォルテさん。パラドール王国屈指の大貴族・モンフォルテ公爵のご令嬢で、隣国のリッツ王国第3王子の婚約者だ」


 なんと彼女、モンフォルテさんは地位の高さと王子様の婚約者という2つの強烈な要素で有名人だった。

 そもそも公爵は貴族の爵位としては最高位。さらにモンフォルテ公爵家は国の要職を歴任し、過去には大臣クラスに就任した人物を何人も輩出しているという、家柄・能力共に一流の家柄の人だった。


「なるほど、そんなにすごい人だったんですね。でも、そのような人がなぜ禁じられた領域に? 失礼ながら、禁じられた領域はまだ危険地帯という印象が強く、高貴な方が足を運ぶ状況にはまだない状況ですが」


「そうですわね……わかりました。お恥ずかしい話ですが、全てお話しいたしますわ」


 そしてモンフォルテさんが語った事は、まあ衝撃的な物だった。

 モンフォルテさんはパラドール王国の王都にある王立高等学院で学んでいたのだが、そこで行われたパーティーにて婚約者であったリッツ王国第三王子から婚約破棄を衆人の目の前で堂々と宣告。

 さらにはリッツ王国から留学していたメルキュール男爵令嬢に対する行いをあること無いこと糾弾された挙げ句、禁じられた領域へ転移魔法で追放された、という事だった。


(うっわ。こんなラノベとかマンガみたいな展開ってあるのかよ)


 と僕は思ったが、よくよく考えるとメチャクチャヤバい事件なんじゃないか?

 僕はアルフレドとセシリオと顔を合わせた。どうやら3人とも同じ考えに至ったようだ。最初に口を開いたのはアルフレドだった。


「なぁ、セシリオ。俺、貴族の事は詳しく知らないんだけどな……この話、マズいよな?」


「当たり前だ。第3王子は王族だが、あくまでリッツ王国の王族だ。だからパラドール王国では好き勝手出来ないし、当然懲罰を行う権利は第3王子にはない。なのに勝手にモンフォルテ公爵令嬢を追放処分、それもほぼ死刑と同等と見なされる土地に追放するなど問題行為以外の何物でも無い。

 加えて、政治的な意味が大きい婚約を両国の国王陛下に断り無く、しかも一方的に破棄して別人と婚約を結んだとあっては即刻問題になる。

 これからの外交関係、荒れるぞ」


 要するに、今現在すでに国際問題、それも深刻なレベルになっている可能性が否定できないのだ。

 ところで1つ、大きな疑問がある。


「あのさ、話を聞いている限り明らかにおかしいし問題ありまくりな事件じゃん。貴族社会の最前線から遠ざかっているセシリオでもすぐ問題に気付いたわけだし。

 なのに、その場にいた人達は異論を唱えなかったの?」


「それは、第3王子のスキルのせいですわ。『演説』と言って、聴衆に自分の考えや主張に感化させやすくさせるスキルですの。

 ただ第3王子にほんの少しでも疑念を抱けばスキルの影響を受けないのですけど……あの場にいたのは高等学園に通う少年少女が大半で、政治や社会の実情について詳しくない者がほとんど。加えて第3王子は見た目だけはハンサムで派手ですし、王族という肩書きも持っていますから、第3王子のことを信じてしまう者が大半を占めてしまいましたわ」


 なるほど。状況が全て第3王子に味方していたのか。社会にとっては悪い方向だが。


「とにかく、わたくしが巻き込まれた事件で祖国とリッツ王国が戦争になるなんて事態は避けなければなりません。わたくしが無事に帰国できれば、多少は状況がよくなるでしょう。なんとか帰国する算段をつけなければなりません」


「なら、冒険者ギルドに行ってみるか? 冒険者ギルドの仕事として商人や下級貴族の護衛もよくやってるから、旅や移動に関しては詳しいと思うぜ」


 とアルフレドから提案があったので、僕達はネゴシオの冒険者ギルドへ足を運んだ。




「帰国するのはやめた方がいい」


 冒険者ギルドでブルーノさんにモンフォルテさんの事を相談したら、そう返事が返ってきた。


「リオ、覚えているか? 禁じられた領域に冒険者ギルドを開設する計画が頓挫しかけたって話」


 そういえば、冒険者ギルドが出来てすぐにブルーノさんがそういう事を言っていたな。


「覚えています。細かい点は忘れましたが、リッツ王国の王子とパラドール王国の公爵令嬢の婚姻に暗雲が立ちこめているっていう噂があったからとか……」


 そこまで言って、僕は気付いてしまった。そしてモンフォルテさんに目を合わせた。


「……多分そのお話、わたくしと第3王子の事ですわね。そしてその噂が流れた理由は、第3王子とメルキュール男爵令嬢が人目をはばからず恋人のような振る舞いをしていましたから。別にわたくしとしては妾や側室を囲ってもかまわなかったのですが、婚姻前に人前でそういうことをするのはよからぬ噂の元になるからお止めくださいと何度も申し上げておりました。

 でも、今となっては噂が真実になってしまいましたが……」


 ホテルでモンフォルテさんが言っていたな。本人はこの件についてあまりキツく言ったつもりはないし、人目に付かず節度を持っていれば許容する姿勢だったそうだが、なぜかメルキュール男爵令嬢をいじめたことにされ糾弾材料になっていたんだっけ。


「なるほど、噂の真相はそういうことだったのか。それでだな、公爵令嬢様。その第3王子と新しくくっついたメルキュール男爵令嬢だが、俺が持ってる情報網を使って色々調べたんだが……まぁキナ臭い奴らだったぜ。

 どうやらメルキュール男爵家の現当主は、パラドール王国と一戦を交えたい連中……つまり『主戦派』とつながりがあるっぽいんだ」


 なんと、現在必死に平和を維持しようとしているこの世界で、戦争をやりたがっている勢力がいたのだ!

 この話に僕はビックリしてしまったが、モンフォルテさんも寝耳に水だったようだ。


「そんな……どうして戦争なんか望んで……」


「色々理由はあるだろうが、判明した主戦派のメンツを見るに地位の向上が主な理由だろうな。

 公爵家出身といえど社会経験が無い公爵令嬢様にはショックな話だろうが、平和な時代っつーのは地位にあまり変動がないんだ。逆に戦争なんかの不安定な時代は、地位に大きな変動がある。デカい権力持ってたヤツが奴隷に落ちたり、逆に最底辺の暮らしをしてたヤツが世界有数の金持ちになったりな。

 だから戦争を起こして、今の状況を抜け出したいと思うヤツがいてもおかしくないと思うぜ?」


「ですが、リスクが大きすぎるのでは?」


「普通の感覚ならな。だが、失敗したリスクよりも現状に甘んじている方がキツいと判断すればヤバい事に躊躇無く手を出す。ああ、追い詰められている連中は正常な思考が出来ないっつー可能性もあるな。世の中、そんな連中はどこにでもいるぜ?

 話が逸れたが、公爵令嬢様の婚約破棄・追放劇の裏に主戦派がいるとすれば、公爵令嬢様が生きて帰国すれば都合が悪い。暗殺者を差し向けられて殺されるかもしれないぜ?」


 なるほど。モンフォルテさんは既に、命を狙われる身になってしまったのか。


「だから、身の危険が無くなるまで禁じられた領域にいるのがベストなんだが……リオ、確かお前、礼儀作法に悩みがあったな?」


「ああ、なんか接客に古さが見られるって意見が多いのは確かだけど」


 僕が雇っているゴーストは古王国時代の人達なので、現在の礼儀作法にはあまり詳しくない。僕には違いがわからないけど。

 ……ああ、ブルーノさんが言いたいのはそういうことか。


「モンフォルテさんは、礼儀作法に詳しい方ですか?」


「え……ええ、パラドール王国の主な作法はもちろん、地方独特の作法や国ごとの違いについても一通り教わりましたわ」


「では、僕のホテルで働いてみませんか? 今働いているのは古王国時代に生きていたゴーストばかりなので、礼儀作法が古いと感じられ気になってしまうお客様が多いようで……。なので、現在の礼儀作法の指南をお願いしたいのですが」


 モンフォルテさんはしばらく考え込んだ。そして結論が出たようだ。


「わかりました。お世話になりますわ、リオさん。それとブルーノさん、わたくし帰国することは出来なくとも、家族だけにはなんとか無事を伝えたいんですの。よろしくて?」


「ああ、いいぜ。信頼できる冒険者に、誰にも気取られず手紙を届けてやる。それにモンフォルテ公爵であればパラドール国王に情報が渡るはずだから、ある程度国際問題が深刻にならずにすむかもな」


 こうして、唯一の人間のスタッフとしてクラウディア・モンフォルテさんが加わることになった。

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