017号室 公爵令嬢のホテルライフ
「『ビジネスホテル レッツォイン』……?」
『ビジネスホテル』というものがなんなのかクラウディアにはわからなかったが、その名前から宿屋らしい事がわかった。
持ち合わせはある程度持っているし、色々ありすぎてとにかく休みたいと思ったので、クラウディアはこのホテルに泊まることにした。
「レッツォインへようこそお越し下さいました」
「え、ゴースト!?」
ホテルに入館しチェックインしようとしたクラウディアだったが、受付係の人物を見て度肝を抜かれてしまった。
なぜなら、受付係は多くの人々から恐れられているゴーストだったのだから。しかも理性を失い本能のまま襲って回るワケでは無く、理性的に振る舞い接客もほぼ完璧。所作の端々に古さが目立つのが気になるが……。
そんな情報過多ともいえる状況にクラウディアは頭がパンクしそうになり、動けなくなるどころか言葉を発することもままならなくなっていた。
「お客様、当ホテルをご利用されるのは初めてでしょうか? ご安心下さい。当ホテルはオーナーのスキルによって雇用契約を結んだゴーストでして、生前の理性を取り戻しホテルスタッフとして働けるようになっております。多くのお客様に我々の仕事を評価していただいておりますよ」
受付係のゴーストからそう言われ、クラウディアは周りを見回してみた。
ロビー周辺だけだが、様々なゴーストがホテルスタッフとして働いている中、宿泊客は何食わぬ顔で会話していたりリラックスしていたり出かけに行ったりと、宿泊を満喫しているようだ。
もちろん、宿泊客は全員人間だ。
「……確かにそのようですわね。失礼致しました。それでわたくし、宿泊したいのですけれど……」
「はい、ご宿泊ですね。シングルルームは1泊5000V、ツインルームは1泊8000Vとなっております」
「安いですわね……。では、シングルルームで2泊、状況次第で延泊したいのですけれど、可能ですの?」
「はい、可能です。では、こちらお客様のお部屋のカギ、10階の1007号室となります続けてお部屋と当ホテルのご説明になりますが――」
その後、一通りの説明を受けたクラウディアは、用意された自室へと足を運んだ。
「実際に目にすると、驚きが違いますわ……」
部屋に入って最初に漏らした、クラウディアの感想だった。
受付で部屋やホテルの説明を聞いていて、『見た目はシンプルですが、設備や施設では王都の高級ホテルに引けを取りませんわ』と思っていたが、やはり実際に目にしたり手に取ってみたりするとインパクトが大きくなるらしい。
「そういえばお父様がおっしゃっていた話、本当だったのですね。お父様は半信半疑でしたけれど」
実は禁じられた領域に冒険者ギルドを開設する際、パラドール王国とリッツ王国の高官達とブルーノが折衝をしていたが、その中にクラウディアの父、モンフォルテ公爵がいたのだ。
ブルーノは禁じられた領域の一部に人が住めるようになった証拠をいくつも提示して見せ、客観的に証明された。しかし長い間危険地帯とされてきた場所に対するイメージはそう簡単に覆るはずも無く、話に参加した国の高官のほぼ全員が頭ではわかっていても心では『行きたくない』と思ってしまうほど禁じられた領域への忌避感は強い物があった。
なのでモンフォルテ公爵も禁じられた領域に関して家族へ話はしたけれど、半信半疑のままだったのだ。
「とにかく、今日はホテルを満喫しますわー! どう身を振るかは、明日考えましょう」
そう決意すると、クラウディアは自販機コーナーへと向かっていった。
「これが、朝食ですの……?」
翌日。クラウディアは朝食ビュッフェへとやってきていた。
並んでいる料理は、クラウディアが見慣れた物から見たことがない物まで勢揃いしており、しかもこれらが食べ放題だなんて信じられなかった。
「よく見たら、東方の国らしき料理が半分近くありますわ……。前にお父様のお客様で東方からいらっしゃった方から教えていただきましたけれど、まさか食べられるチャンスが巡ってくるなんて……。よし、決めましたわー!」
というわけでクラウディアがチョイスしたのは、和食メニューだった。
「あっさりしている中に奥行きがありますわ。それに、味付けも我が国とは異なるようですわ」
空いている席でクラウディアが食事を満喫していると、不意に声をかけられた。
「すみません。相席よろしいですか?」
「ええ、かまいません」
声をかけてきたのは、クラウディアと同年代らしき男だった。パラドール王国やリッツ王国では珍しい、黒髪をしている。
この男はクラウディアと同じ和食を選択していたが、いくつかクラウディアが取ったメニューと差異があった。
「え? その黒い紙みたいなもの、食べ物だったんですの?」
「ああ、海苔のことですね。これは海苔という海藻を乾燥させた物なんです。紙の製造方法を応用して作られているので、紙みたいな見た目をしているんです。ご飯をこのように巻いて食べるんですよ」
男は箸を器用に使い、海苔でご飯を巻いて食べて見せた。
ちなみにクラウディアは箸を使えないので、フォークとスプーンで和食を食べている。
「あら、箸を使えるのですね。もしかして、この料理は……」
「はい、おおむね僕の故郷の料理ですね。時々、名前しか聞いたこと無かったり名前も知らない郷土料理が出てくることもありますけど」
「では、お料理のお話をしていただけません? わたくし、よく知らないまま興味本位で選んでしまいましたので……」
「いいですよ。最も、料理のプロではないので完璧に答えられるわけではないですが」
そして、クラウディアと男の料理談義が始まった。
しばらく楽しい会話をしていると、冒険者らしき2人組が近づいてきた。どうやら男の知り合いらしい。
「おはよう、リオ」
「おはよう、アルフレド、セシリオ。よく眠れた?」
「愚問だな。リオのホテルで眠れないなんて事は無い。むしろもっと寝心地を確かめ……」
そう言いかけると、青髪の男が驚愕した声を上げた。
「も、もしかして、モンフォルテ公爵令嬢!?」
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