016号室 悪役令嬢? の追放劇

 リオがネゴシオでビジネスホテルを開業してから1ヶ月ほどが経過した頃。パラドール王国ではある動きがあった。

 舞台は、王都にある『王立高等学院』。パラドール王国の場合、10歳までに基礎教育を受け読み・書き・計算を身につけると、自分に発現したスキルを参考に進路を決め、各々のキャリアを歩み始める。

 ところが、王族や貴族といった特権階級や豪商・地主といった裕福な庶民の子供の場合、最長18歳までさらに学び、知識や学門を修める高等教育を受ける事が可能になる。この高等教育を施す学び舎こそがパラドール王国各地に設けられた『高等学院』であり、高等学院の中でも最高峰とされるのが王都に設置された『王立高等学院』なのだ。


 王立高等学院は他の高等学院にはない特徴が色々あるが、そのうちの一つが留学生の多さだろう。

 そもそも、パラドール王国は身分関係なく一定の教育を受けることが出来る、この世界では大偉業とも言える成果を成し遂げている。そのため他国からは教育・学門先進国と見なされている。

 こうした事情から、王立高等学院は他国の王族・貴族などを積極的に受け入れていた。その結果、王立高等学院は世界中から将来政治・経済・文化などの中心的役割を果たすであろう人材が多く集まることになり、さながら少年少女のみの社交界じみた面を持つようになった。


 そんな特色がある王立高等学院では、規模の大小を問わずパーティーが開かれることが多い。月に2~3度は学院のどこかの広間でパーティーが行われている。

 この日行われたパーティーは、1年で行われるパーティーの中では屈指の大規模な物だった。なにせ、パーティーの主催者は隣国・リッツ王国から留学に来たリッツ王国第3王子、ジュリアン・リッツその人なのだから。


 パーティーが盛り上がってきた頃、ジュリアンは突然広間の奥に設置された舞台に上がった。

 ショートカットに整えた明るい銀髪、着用している服はラメが入っていてキラキラ光り、派手好きな王子の趣味をこれでもかと詰め込んでいる。こんな人物が舞台に上がろうものなら、パーティーの参加者は否が応でも目を彼に向けてしまう。


「ご歓談中の所すまない。実は今日、大事な事を報告しなければならない。このボク、ジュリアン・リッツは、クラウディア・モンフォルテ公爵令嬢との婚約を破棄することにした」


 どよめきが起こるパーティー会場。その大きさは、事態の大きさを物語っていた。

 そして当然、その宣言に待ったをかける人物も存在した。


「お待ちください! ジュリアン王子、あなたご自身が何を言っているのか、お分かりになっておりますの!?」


 この人物こそ、たった今ジュリアンから婚約破棄を宣言された、クラウディア・モンフォルテ本人だった。その言葉遣い、そして金髪を縦ロールにした髪型など、貴族令嬢のステレオタイプをそのまま体現したかのような印象を受ける少女だ。

 実はクラウディアの実家はパラドール王国貴族なのだが、ただの貴族ではない。直系の先祖はパラドール王家に繋がる、いわばパラドール王家の分家に当たる。だからこそ貴族の最高位である『公爵』を与えられている。


 そしてジュリアンとクラウディアの婚約は、ただの婚約では無かった。そもそもパラドール王国とリッツ王国は過去に何度も戦争を繰り返した、いわばライバルとも言える国同士。現在は長い平和な時代ではあるが、それは様々な努力を積み重ね、戦争を回避し続けている。

 その一環が、王家や王家に連なる家系の人物同士で結婚させること。ジュリアンとクラウディアの婚約もそうだった。


 なので、ジュリアンの婚約破棄宣言はそんな戦争回避の努力を踏みにじりかねない、かなり危険な行為なのだ。そしてクラウディアは、ジュリアンに対して婚約破棄の意味を『お分かりになっているのか』と問いただしているのだ。


「ああ、わかっているとも。だが、我が国とパラドール王国の衝突回避策は色々あるんだ。一つくらい無くたって問題無いだろう」


 やっぱりわかってない、とクラウディアは思った。

 実際は逆なのだ。一つくらい無くてもかまわないのでは無く、一つも抜け落ちてはならない・・・・・・・・・・。現在の平和は、砂上の楼閣。一つ抜け落ちただけでたやすく崩れてしまうのだ。


 だが、周囲はジュリアンの言うことを信じた。『そうだよな』、『一個くらい無くても大丈夫でしょ』などの楽観的な声が聞こえる。

 こんな反応で場が埋め尽くされてしまったのは、パーティーの参加者が高等教育を受けているとは言え、まだ経験が浅い10代の若者だけしかいない事に加えて、ジュリアンのスキルの影響もあった。

 

「それにクラウディア。君はメルキュール男爵令嬢を陰で理不尽にいじめていたそうじゃないか。そうだったね、ジェルヴェーヌ?」


「はいぃ~。わたしぃ、いっつもモンフォルテ公爵令嬢に怒鳴られていたんですぅ~」


 ジュリアンの隣に現れた、背が低く、ピンクの髪をゆるくウェーブさせた童顔の少女がそう答える。

 彼女こそ、今話題に出たジェルヴェーヌ・メルキュール。リッツ王国のメルキュール男爵令嬢だ。


 ジェルヴェーヌの主張に、当然クラウディアは反論した。


「わたくし、怒鳴るほどキツく注意した覚えはありませんが? それにわたくしが注意した内容は、わたくしとジュリアン王子の婚約は社会的影響力が大きいものだから、ジュリアン王子と交流する際は周りに注意して欲しいというものだったはずですが」


 そもそもこの世界、家族を養える力があれば何人と結婚しても問題視されない。そのため貴族や豪商など財産を持つ人物は、正妻の他に側室や妾を作っている場合が見受けられる。

 だからジュリアンが他の女子と交流を持っていてもクラウディアとしてはある程度見逃すつもりだったのだが、そもそもこの婚約はパラドール王国とリッツ王国の平和のためのものだ。だから妙な噂によって両国間に亀裂が走ることを避けるため、クラウディアはジェルヴェーヌにあまり目立たないようにジュリアンと交流して欲しいと頼んだだけなのだ。

 もっとも、今日の騒動を見るにその努力は水泡に帰しそうだが。


「残念ながら、ボクは既に君への信用を失っているんだよ、クラウディア。だから君の証言は聞くに値しないし、ジェルヴェーヌへの仕打ちに対する罰を与えなければ」


 するとどこからともなく杖を持った生徒が現れ、クラウディアの足下に魔方陣を展開した。

 しかも魔方陣の効果なのか、クラウディアは一歩も足を動かすことができなかった。


「君には禁じられた領域に行って貰おう。即刻殺さないのはボクの温情だと思い給え」


「わぁ~。ジュリアン様、やさしいですねぇ~」


 自らの演説で悦に浸るジュリアンと、わかってやっているのかわからないがジュリアンに甘えるジェルヴェーヌ。

 クラウディアに今できることは、ジュリアンをにらみつけるだけだった。


「さて、転移が完了する前に、何か言い残したいことはあるか、クラウディア?」


「……このことは、パラドール国王陛下とリッツ国王陛下も承認なされているのですか?」


「いや、これから承諾を得るつもりだ。まぁ、父上もパラドール国王陛下もご理解くださるだろうし、事後承諾でいいと判断した。なにせ、正当性はボクとジェルヴェーヌにあるのだからね。ジェルヴェーヌとの婚約も、すぐ認められるだろう」


 ああ、何を吹き込まれたのか知らないが、この人はバカだ――。

 転移の直前、クラウディアはそう思った。




「……ここは……禁じられた領域……?」


 クラウディアの視界が転移の時に発生する光から回復すると、そこには朽ち果てたかつての街の残骸と跋扈するゴースト――ではなく。

 整備された道と新築のように真新しい建物が建ち並ぶ、綺麗な街だった。

 そしてクラウディアの目の前には、ある表札を掲げた建物があった。


「『ビジネスホテル レッツォイン』……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る