015号室 商人リリアーヌの話と業務提携

~リリアーヌside~


「サービスがすごいのはわかったけど、部屋の効率が極限まで突き詰められてる」


 今回泊まる部屋を見たリリアーヌの感想だ。

 ファシルキャビンはカプセルホテルであるため、客1人に割り当てられる部屋はベッド1台分しかない。だから限られた空間で様々な機能を集約するため、あらゆる手段を使って機能を詰め込むのだ。

 ファシルキャビンの場合、宿泊客に貸し出される端末を利用している場合が多い。端末を一種のリモコンにして、様々な機能の操作を端末1台で全て賄ってしまうのだ。


 その後、リリアーヌは手荷物を置き、ホテル内を探検した。

 一通り見回ったリリアーヌは、ファシルキャビンの特徴をなんとなく察した。


「このホテル、大部屋で雑魚寝する宿と個室の宿の中間みたいね。それでいてサービスは普通の個室宿よりも良いし、値段も安い……」


 リリアーヌが驚くようなサービスは色々あったが、注目したのが男女別にフロアが分かれて居ること。しかも持っている端末では異性のフロアへ行くのが不可能になっており、ホテルのルールを機能面で守らせている。

 この世界の雑魚寝宿は、とにかく客を詰め込もうと性別関係なく同じ大部屋に入れてしまう場合が多い。性別で部屋を分けているホテルであっても、異性の部屋に忍び込もうと画策する人物が必ず発生しており、宿屋の主人の頭を悩ませている。

 そんな状況なので、雑魚寝宿では無理矢理襲われる事件が度々聞かれるのだ。


 ところが、ファシルキャビンであればそんな心配はほとんどいらない。この感想は、商売のため各地を旅し、様々な宿に泊まってきたリリアーヌならではのものだった。




 翌日から、リリアーヌはエントラーダの街を見て回ることにした。

 半日ほど見て回ったが、様々な街を訪れてきた経験から、リリアーヌはエントラーダの特徴をほぼ掴んでいた。


「冒険者中心の街みたいね。この街にいる人は冒険者かギルド関係者だし」


 冒険者中心の街というのは、たまに見られる。だが100%冒険者かその関係者だけで占められている街なんて初めて聞いた。

 他の街ではいくら冒険者中心といっても、商店を経営する商人や食事を提供する料理人、様々な道具を作成する職人などがいるもおのだが、冒険者だけの街というのはいびつすぎる。


 胸騒ぎがしたリリアーヌは、さらに調査を続行した。

 その結果。


「やっぱり。物資が全然足りてない」


 生活に必要な物や食料、冒険者の装備品など、あらゆるものが冒険者ギルドで支給されるもので賄われていた。当然、冒険者ギルドは流通について門外漢であるから、街は深刻な物資不足に悩まされていた。

 結果として、街の成長が阻害されていた。明らかに空いている建物が多く残っているにもかかわらず使われていないのは、生活するにも物がなさ過ぎ、住みづらいためであった。


「問題が多い街ね。でも、私なら解決できる」


 しかも解決すると同時に利益を生み出すという、商人としてはぜひとも携わりたいと思う案件だ。

 そう思い至ったリリアーヌは、早速行動を開始するのだった。




「ここがネゴシオかぁ」


 リリアーヌは4泊する予定だったファシルキャビンの宿泊を2泊で切り上げ、送迎バスに乗り込んでネゴシオにやってきた。

 なぜなら、禁じられた領域の人口ほぼ全てとも言える冒険者のトップ、ギルドマスターのブルーノと、禁じられた領域の実質的領主とも言えるリオがネゴシオに滞在していると聞きつけたからである。


「ここがネゴシオの冒険者ギルド……。建物は大きいし真新しいけど、あんまり人の気配が感じないわね……」


 ネゴシオは最近住めるようになった街なので、まだ人があまり入っていないのだ。

 冒険者ギルドは表向き開設されては居るが、実質は開設準備中のようなもので、所々不足しているサービスやシステムがまだある。最低限の業務が出来ているだけなのだ。


 そんな冒険者ギルドの受付に、リリアーヌは要件を伝えた。


「突然お邪魔して申し訳ありません。私、商人をしております、リリアーヌと申します。ギルドマスターのブルーノ様とぜひ商談を行いたくやって参りました。もし本日ご都合が悪ければアポをお取りしたいのですが……。あ、こちら私の商業ギルドカードです」


「……! 少々お待ちください」


 受付をしていたギルド職員は、リリアーヌの商業ギルドカードを見るやいなや、血相を変えて奥に消えた。

 しばらくしてギルド職員が戻ってくると、リリアーヌへ案内を始めた。


「ギルドマスターはお客様と会議をしておりますが、リリアーヌ様が参加されることで話が一気に進むかもしれない、連れてきてくれとおっしゃっておりました。今から会議室へご案内します」


(うそ!? これ、大当たりを引いちゃった!?)


 自分が思うよりもさらに上手くいきそうな状況に、リリアーヌは驚きつつも『チャンスを生かしてやる!』と意気込んでいた。




~リオside~


 それは、ブルーノさんと冒険者ギルドの会議室で話し合いをしていた時だった。

 このとき、僕とブルーノさんは禁じられた領域内の街を悩ませている物資不足について、何度目になるかわからないほど繰り返してきた話し合いをしていた。

 その最中、ギルドの受付担当の人が血相を変えてやってきたのだ。


「失礼します! リリアーヌさんという商人の方が、ギルドマスターと面会したいと来ております」


 商人! 僕達が待ち望んでいた、物資不足を解消するカギとなる存在だ!!


「それは渡りに船だ! すぐにお通ししてください! いいですよね、ブルーノさん?」


「あ、ああ、もちろんだ(リリアーヌ? まさかな……)」


 ブルーノさんが何か小声で言っていた気がするが、とにかく商人と会おう。

 しばらくしてやってきたのは、僕と同世代らしき、茶髪を三つ編みにして右側から垂らした髪型をした少女だった。


「……俺が最後にあったのは、お嬢が10に満たない時だったし、すっかり成長して見分けが付かなくなるかと思っていたが――面影は変わってねぇようだな、リリアーヌ・ノボテル」


「なるほど、禁じられた領域のギルドマスターはブルーノ様でしたか。もうずいぶんとお会いしていないのに私のことを覚えていてくださっていたとは、光栄です」


 なんだ? ブルーノさんとこの人は知り合いみたいだけど……。


「説明するぜ、リオ。このお嬢はリリアーヌ・ノボテル。リッツ王国に本店を構え、世界中で商売しているノボテル商会の跡取り娘だ。俺とは昔、ノボテル商会関係の仕事で知り合ってたんだ。

 それでお嬢、こいつがリオ・ホシノ。こいつのスキルでとんでもねぇホテルやら街の浄化やらして禁じられた領域を住めるようにしちまった、とんでもねぇヤツだよ」


「まぁ、あなたが噂の禁じられた領域の領主様ですか! 初めまして、リリアーヌ・ノボテルと申します」


「自分から領主になった覚えはないですが……はい、禁じられた領域でホテルを経営している、リオ・ホシノです」


 実は、僕が事実上禁じられた領域の領主というか、王様みたいな認識をされつつある。僕がいなかったら街の復興も、禁じられた領域に住むことも出来なかったから、その辺りの事情と関連付けられたんだろう。

 加えて、禁じられた領域がどの国にも属しない中立地帯である事、僕が隣接する2カ国とは関係ない異世界から来たこと、最近街の行政問題解決に多少は取り組む姿勢を見せていることも、領主認定される要因だろう。


 それはともかく、握手を交わして挨拶を済ませた後、リリアーヌさんを座らせて話を聞くことにした。


「実は、禁じられた領域で商売を始めたいと思いまして。エントラーダやネゴシオを一通り見て回りましたが、明らかに物資が足りていませんよね? よければ、不足している物資を調達して販売しようかと考えています」


「さすがは商人ですね、その通りです。禁じられた領域のイメージが悪くて、なかなか商売に踏み切る商人がいないので悩んでいたんですよ。その提案、ぜひお願いします。空き物件は腐るほどありますので、良い物件を紹介させていただきますよ」


「ありがとうございます。ですが一つご了承いただきたいことが。

 商売開始時は私の力だけで業務を進めたいと思っています。その後、業務の拡大次第では実家のノボテル商会に引き継ぐ方針で考えております」


 ちょっとリリアーヌさんの言っている事がよくわからなかったが、このことについてブルーノさんが教えてくれた。


「リオ。お嬢はな、実家の方針で修行中なんだよ。決められた資金を元手に、どれだけ商売を起こし、繁盛させ、儲けを出すか。それをお嬢は13歳になった時から4年間続けてんだ。

 つまりお嬢が言いたいことは、最初の内は修行を兼ねてお嬢自身の力で商売をする。繁盛してお嬢の手だけでは足りなくなったら、実家を商売に参画させる。そういうことだ」


 なるほど。商家の子供も大変なんだな。


「言っとくが、修行中だからって心配する必要は無いぜ。俺の信頼できる情報筋から、お嬢はいくつもの事業を成功させ、規模が拡大したら実家に引き継がせ莫大な利益をもたらしている。実家の評判も上々らしいぜ」


「お褒めいただき光栄です。それで、私の提案を受けていただけますか?」


「そうだね。事情を知っているブルーノさんがそう言うんだったら、心配いらないかな。物資不足解決の糸口になりそうだし。こちらからも、よろしくお願いします」


 こうして、リリアーヌさんという商人が禁じられた領域で商売を始めることが決定した。

 

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