014号室 前々からの問題とある商人
ビジネスホテル『レッツォイン』を本格的に開業してから、状況が進むのは早かった。
まず冒険者ギルドがネゴシオの街に出来た。物件はあらかじめ僕が見繕っていて、大通りにある。
ただ、冒険者ギルドになった建物が少し特殊だった。というのも、元々精肉、花屋、鉱石を取り扱っていた3つの商会の建物を通路で結びつけるように改築して冒険者ギルドにしたのだ。つまり、別々の建物を無理矢理一つにつなぎ合わせたのだ。
なぜそんなことをしたのかというと、ギルドが取り扱う物品を保管できる設備が全て揃っていたから。たまたま冒険者ギルドにあった方が便利な設備を備えた建物が3つ並んでいたから、利便性を考えて建物をまとめてしまったのだ。
さて、ネゴシオの街は新たな活動の地を求めてやって来る冒険者が増えており、レッツォインの宿泊客も右肩上がり。非常に喜ばしい。
ただ、まだ解決できていない問題が深刻になりつつあるのも事実だった。今日は冒険者ギルドを訪れ、ブルーノさんとその件で話し合いをしているのだ。
「……やはり、そろそろ限界ですか」
「ああ。正直、これ以上規模を拡大しようとすると無理が出るぞ。禁じられた領域の街全てが崩壊してしまうと言っても過言では無い」
僕とブルーノさん2人で話している問題というのは、物資不足についてだ。
実は現在、禁じられた領域に持ち込まれている物資(食料品、生活必需品など)は冒険者ギルドから提供されている物で、基本的に冒険者ギルド内にある直営店で売られている。
ところが、冒険者ギルドの物資は基本的に冒険者のサポートのために用意される物で、全ての人の生活を支えられるだけの種類と量は無い。ついでに言うと食料品も満足に仕入れられておらず、禁じられた領域に来るにはある程度の食料を自前で持ち込む必要があり、この手間が様々な人を敬遠させてしまい、ひいてはエントラーダやネゴシオの発展を阻害している原因となっている。
だからこそ、物資の調達や流通に強い人間、つまり『商人』の力が必要なのだ。
「ところで、ブルーノさんはギルドマスターになられた方ですから、商人との顔も広いでしょう。知り合いの承認の方はどうなんです?」
「あまり良いとは言えんな。禁じられた領域の元々のイメージの悪さのせいで『一部は安全になった』と言っても信じてもらえていない。だから、出店してもらうためには年単位で待たねばならんかもな」
この世界、前世とは違い情報の伝達速度が遅いからな。
確か冒険者ギルドをエントラーダに設立するとき、国の偉い人と一時掛け合ったみたいだし禁じられた領域に訪れる冒険者も多いからある程度話題になっていると思うんだけど、長い間恐ろしい場所というイメージがあったから、なかなか手を出しにくいと思われているんだろうか?
理由はどうあれ、この問題の解決には長い時間がかかりそうだと思ってしまった。
~リリアーヌside~
リッツ王国のとある街。
ここの酒場で、1人の少女が食事をしていた。茶髪で三つ編みを右から流した、少々手の込んだ髪型をした少女だ。
しかもただ食事をしているわけではなく、聞き耳を立て情報を集めながら食事をしている。酒場は様々な人が集まる性質上、色々な情報が手に入るのだ。
彼女の名は『リリアーヌ・ノボテル』。17歳。リッツ王国に本拠を構え、世界中で商売している『ノボテル商会』の次期商会長だ。
リリアーヌの父、現ノボテル商会長の教育方針で、13歳から自力で商売をしている。最初は失敗も多かったが、ここ2年くらいは安定して実績を残している。
「うーん、めぼしい情報はなかったなぁ……」
現在、リリアーヌは手がけていた商売が一段落したのでノボテル商会に引き継ぎ、自分は新しい商売のタネを探していた。
しかし、商売に繋がりそうな情報が得られそうになかったのでさっさと会計し、酒場を出ようとしたそのときだった。
「へぇ、お前禁じられた領域に行ってきたのか? でもお前、Cランク冒険者だろ?」
「いや、最近になってCランクから探索が許可されるようになったのさ」
偶然酒場で飲んでいた冒険者の会話だったが、リリアーヌは興味を持った。
なぜ、探索の許可が出るのがAランクからCランクに下がったのか? そこに、何か商売のヒントがある気がした。
「正確に言えば、ゴーストへの対抗手段を持っていればCランクから探索できて、それ以外はBランクからだな。俺はツテがあってゴーストが忌避するアミュレットを持っていてな、それで禁じられた領域の探索が出来たのさ」
「でも、結局探索できるランクが引き下げられてんだろ。何かあったのか?」
「お前、知らなかったのか? 最近、禁じられた領域の街が復活して、ゴーストが入れない場所が出来て探索しやすくなったんだぜ?」
「ああ、確か、いきなり街を浄化するスキル持ちが現れてホテルを建てたって話か? いくら千差万別なスキルと言っても、さすがに信じられねぇな……」
「それがマジだったんだよ! ホテルは綺麗どころかそこらの高級ホテルなんか足下にも及ばない設備があるし、サービスも文句ない。それでいて一泊3000Vなんだぜ!?」
リリアーヌも、禁じられた領域の話については知っていた。特殊なスキル持ちが現れてホテルを建てると、廃墟だった古王国の街が復活しゴーストが寄りつかない土地になった。
それに伴い冒険者ギルドもその街に設立され、探索が比較的楽になった。
実家の情報網から入手した筋の確かな話だが、荒唐無稽すぎていまいち信じられなかった。実家のノボテル商会も半信半疑で、未だに真偽を判断できていないらしい。
だが、様々な人間と交渉してきたリリアーヌの経験上、あの冒険者は嘘を言っているようには聞こえない。
そこで、リリアーヌは詳しく話を聞くことにした。
「すみません、興味深いお話を聞きまして、私も混ぜていただけないかと」
「うん? お前は?」
「失礼しました。私、商人をしておりますリリアーヌと言います。それで、禁じられた領域の状況についてお話していただけません? お酒を飲みながらでいいでしょうか? お代は私が持ちますから――」
「ここが『禁じられた領域』!?」
後日、リリアーヌは禁じられた領域を訪れていた。
禁じられた領域にたどり着くまで長い道のりになり、道中盗賊や魔物に襲われるリスクもあったが……リリアーヌは確実に安全な旅を行うことが出来た。
彼女のスキルは『危機察知』といい、事前に降りかかる危機を察知し、回避策や対応策を思いつけるという、頻繁に旅をする商人としては非常にありがたいスキルを持っているのだ。
自身のスキルをフル活用して、無事に禁じられた領域のエントラーダに到着したリリアーヌは非常に驚いた。
何せ、今まで語られていた恐ろしい危険地帯のイメージとは真逆で、活気がある街だったのだから。
リリアーヌはさっそく、事前に冒険者から聞いていたホテル『ファシルキャビン』へと泊まるべく、足を運んだ。
「ファシルキャビンへようこそお越し下さいました。お一人ですか?」
「わ、本当にゴーストが働いてるんだ……。ええ、そうです。空きはありますか?」
「はい、ございます。1泊3000Vでございますが、何泊ご宿泊なさいますか?」
今回、リリアーヌは食料を10日分は持ってきていた。これも事前情報を得ていたためで、朝食は提供されるがそれ以外は無いこともわかっていたからだ。
一応、冒険者ギルドが色々と物資を搬入していることもわかっているが、あくまで冒険者とギルド関係者のための物資であるため、部外者であるリリアーヌが物資の提供を受けられるかどうか不明だった。そのため、リリアーヌは全て自力で用意しなければならないという前提で準備してきたのだ。
「4泊5日でお願いします」
今回は余裕を持って、5日間滞在することにした。
「かしこまりました。では、当ホテルについて説明させていただきます」
そしてリリアーヌは受付係のゴーストからファシルキャビンの説明を受けたのだが、専用の端末でカギや設備を操作するシステムに驚きと関心を持つのだった。
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