011号室 ビジネスホテルと新たなルール

「へぇ~。エントラーダのファシルキャビンよりもデカいな」


「隣にあるのは馬車の保管場所か? 外側にも設備があるんだな」


 僕達の目の前にあるホテル『レッツォイン』。10階建ての建物で、セシリオの言うとおり隣に馬車を停めるための駐車場のような設備がある。

 駐車場と違うのは、馬車だけでなく馬を預かれる厩舎が併設されていること。この辺りは異世界仕様になっているようだ。


「それにしても、ホテル名の前の名前がファシルキャビンとは違うな。『ビジネスホテル』ってなんだ?」


「それはね、セシリオ。その名の通りビジネス――商談なんかでやって来る人向けのホテルって意味だよ」


 ビジネスホテルは、出張でやって来るビジネスマンを主なターゲットにしている。そのため駅前などの交通が良い立地にあるし、部屋も1人用が多い。たまに2人部屋も見かける。

 ビジネス目的の客をターゲットにしているためリゾートホテルや高級ホテルに見られるようなサービスは無いが、その代わりに宿泊費を低く抑えている。


 ただ最近は、独自のサービスを打ち出して個性を出しているビジネスホテルも多いらしい。夜食を提供したりだとか、寝具にこだわってみたりだとか、大浴場や温泉を設置したリだとか、ファミリー向けの部屋を用意したりだとか、調べるだけでキリが無いが結構面白い。


「まぁ、とにかく入ってみよう。このホテルの特徴がわかるはずだ」


 百聞は一見にしかずとも言うしね。僕の言葉につられて、全員ホテルに入館した。




 館内に入ると、すぐにロビーが見えた。ロビーはファシルキャビンのものよりも広めに作られている。

 端の方にパンフレットがあったので、手に取って読んでみた。どうやらレッツォインの事について紹介しているパンフレットらしい。

 これによると、レッツォインは普通のビジネスホテルと同じくシングルルームとツインルームのみで構成されている。数の比率としてはシングルルーム7に対してツインルーム3らしい。

 共用設備として食堂、ランドリー、自動販売機が設置されている。また朝食は宿泊費に含まれているようだ。


「オーナー、少しよろしいでしょうか?」


「どうしたの?」


 ロビーの受付カウンターに入っていたモニカに呼ばれたので、話を聞くことにした。


「受付にあるパソコンを通じてホテルの情報を確認したのですが、どうやらオーナーのスキルに新たなルールが加えられたようでして。オーナーは『支配人』の任命についてはご存じですよね?」


「もちろん知ってる。わざわざ指名する必要性がなかったから任命しなかったけど」


『支配人』とは、雇用しているゴーストの誰か1人を任命し、様々な権限を与えるシステムだ。

 支配人に任命されたゴーストは、ホテルの運営を全て取り仕切ることが可能になる。さらに『人事権』を付与されるのだが、これが一番大きい。

 人事権は、僕がいなくても野良のゴーストを雇用することが可能になる。逆に、雇用しているゴーストを解雇することも出来る。

 なお、解雇されたゴーストは即刻成仏してしまうらしい。つまり僕に雇用されるゴーストにとって解雇は処刑と同義なので、結構物騒で恐ろしい機能である。


 とまぁ様々な権限を与えられる支配人の任命なのだが、必要性を感じなかったので任命していなかった。

 ファシルキャビン一つだけの経営だったから、僕が直接指示したり行動した方が早いからね。


「今回のランクアップに伴い、新たに『総支配人』という任命できる役職が追加されたそうです」


「総支配人?」


「はい。簡単に言えば、支配人の権限を全てのホテルに拡大させた、支配人の中の支配人です」


 詳しく話を聞くと、どうやら『支配人』は個々のホテルのトップのことらしい。つまり、現時点ではファシルキャビンとレッツォインのそれぞれに支配人を置くことが出来るわけだ。

 対して『総支配人』は、全てのホテルに対して権限を振るうことが出来る最高責任者の事。その権限は各ホテルの支配人にも及び、支配人の任命権まであるとか。


「そっか。ホテルが2つに増えたから、総支配人を任命させておいた方が便利なのか。それじゃあモニカ、総支配人に任命する」


 モニカは生前の職業の影響なのか、掃除、洗濯、料理、接客、会計などなど、ホテル運営に必要なあらゆる技術を身につけている。そのため、ファシルキャビンでは色々な部署に顔を出し、的確な助言を行っていた。

 それに人を見抜く力があるし、パソコンの使い方も上手い。ホテルの従業員になれば、生前の経歴にかかわらず大なり小なりパソコンが使えるようになる。

 ところがモニカは、パソコンを一通り使えるようになっても、なお上手く使おうと考えている。そのおかげか、最も効率よくパソコンを使いこなしているのはモニカだと僕は断言できる。


 僕とホテル運営についてよく話しているし、もうモニカは僕の右腕であると言っても良いくらいだ。


「……ありがとうございます。オーナーのご期待に添えるよう、精一杯努めて参ります」


 モニカが総支配人就任を承諾した直後、モニカの身体が一瞬光った。

 どうやら僕のスキルに総支配人として認められたらしく、これ以降モニカは総支配人の権限を振るうことが可能になったわけだ。


「オーナー、もう1つ追加されたルールがあります。このレッツォインは、『維持費』がかかります」


「い、維持費!?」


 つまり、運営するのに必要なコストが発生するのか?


「はい。これからはホテルの営業に必要な備品、消耗品、食品などを業務用のパソコンから購入する必要があります。営業状態によって維持費は上下しますが、レッツォインの目安は『月10万V』だそうです」


 なるほど。これ一刻も早く、営業できるよう準備しないとな。


「ところで、ファシルキャビンの方も維持費がかかるようになるのか?」


「いえ。ファシルキャビンはチュートリアル用のホテルという位置づけでもあるので、今まで通り維持費はかかりません」


 必要な事は全部聞いた。では次に何をやるか。

 当然、客として一度泊まる事だ。従業員のリハーサルと、オーナー自らが泊まってみてホテルの特製を把握するのは大事だからな。

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