010号室 スキルランクアップ

「あのゴーストが良さそうですね。接客に適性を感じますし、料理も出来ると思います」


「OK。行け、雇用契約書!」


 冒険者ギルドがエントラーダに開設されてから1ヶ月後。僕達は現在、新たな従業員を雇うべくエントラーダ周辺の集落跡に足を運んでいた。

 このあたりは僕のスキルで浄化する範囲の外にあるため、まだ廃墟だらけでゴーストも闊歩しているのだ。

 メンバーは僕とモニカ、護衛としてアルフレドとセシリオが付いてきていた。


「なぁセシリオ。リオのホテルで働いているゴーストって、今の調伏で何人目だ?」


「15人目だったはずだ。今のペースだと10人くらいで回せるらしいが、余裕を持たせるためにもっとゴーストを雇うんだそうだ」


 冒険者ギルドが開設されてから、宿泊客数はうなぎ登り。連日ほぼ満室状態だ。累計宿泊者数はすでに100人を超えている。

 当初は探索に行ける冒険者の条件が定められていたこともあり8割程度部屋が埋まるかなと思っていたが、他に宿泊施設が無いこともあり客が殺到した。むしろあぶれてしまった人が多く、ギルドが急遽空き家を臨時の宿にして泊まらせている状況だとか。

 ただブルーノさん曰く、空き家の活用によりギルドのスタッフを始め裏方が定住するようになるし、宿も随時開かれる事から数ヶ月もすれば落ち着くとのこと。


 とにかくホテルは目が回るような忙しさだったので、定期的にモニカを連れてリクルート活動にいそしんでいたわけだ。

 今日は15人目のゴーストを雇用し、目的を達成したので帰ろうとしたそのとき、目の前に半透明の板が現れた!


「うっわ、久しぶりに見たなコレ」


 この世界に足を踏み入れた時に現れたチュートリアルと同じ物だな。

 その板には、このように書かれていた。


『ランクアップ!

 称号:駆け出しホテルオーナー → 家族経営ホテルオーナー

 達成条件:累計宿泊者数100人以上、従業員数15人以上

 お知らせ:ファシルキャビン前に来てください』


「なんか、スキルランクがアップしたっぽい」


「おお、おめでとう!」


「ランク式スキルの醍醐味だな。自分の成長が目に見えて理解できる」


「何か指示が来ていますね。オーナー、すぐに向かいましょう」




「なんだ、このでっけえ箱は!?」


「車輪が付いている……乗り物なのか?」


 アルフレドとセシリオが驚いているのも無理はない。ファシルキャビンの目の前にあったのは、この世界ではおそらく唯一と言っていい『自動車』、しかも『大型バス』なのだから。

 ちなみに、大型バスの車体は白いシンプルなものだった。


「『バス』だね。僕がいた世界では『自動車』っていう機械の力だけで動く乗り物が普及していたんだけど、その中でも大人数を運べるタイプがバスなんだ。特にこのタイプはバスの中でも大型の部類だね」


「へぇ~。こっちだと魔導具で乗り物作るみたいなもんか。そんな話、聞いたこと無いな」


「いや、それは少し違うぞ、アルフレド。一部だが船に動力として魔導具が搭載されている事があるらしい。だが、魔導具はあくまで補助動力で、主な動力は帆に受ける風力だ。動力の全てを魔導具で賄うのは存在しないな」


 なるほど、こっちの乗り物事情はそういう物なんだな。アルフレドとセシリオの会話を聞いていると、たまにこの世界の情報が得られるからためになる。


「では皆様、準備がよろしければバスにお乗り下さい。目的地までご案内します」


「モニカが運転するの!?」


「はい。生前に多少ながら馬車を運転していた事がありましたので、そのときの経験を参考にしながら。バスの運転方法はオーナーのスキルによって既に熟知しております。まぁ、私より運転が上手い人は探せば見つけられそうですが。

 目的地もオーナーのスキルによって提示されておりますので、道に迷わずご案内できます」


 ということで、僕達はバスに乗り込み、モニカの運転で目的地に向かった。

 バスの中は普通の観光バスと同じで、左右2列ずつで定員は40人強。床はカーペット敷きで、前の座席の背面を利用しテーブル、ボトルホルダー、ネットの小物入れが利用できる。


 目的地へ走行している間、モニカから説明が入った。マイクを使って声を大きくしている。


「このバスは、禁じられた領域の玄関口であるエントラーダとこれから建設する予定のホテルを結ぶ送迎バスとなっております。ホテルの開業準備が整い次第、一日に数往復というペースで運行する予定です」


 なるほど。この世界の交通事情を考えると、隣町に行くのにも大変そうだからね。だから送迎バスが必要なのか。

 そして新しいホテルを建てるのが決定事項になっているのか。


「これから向かう場所は『ネゴシオ』と言い、エントラーダの南にある街です。古王国時代は商業都市として栄えておりました。私も生前、ネゴシオに本拠を構える商会に発注をかけたことがよくありました」

 

 商業都市か。もしかしたら、ホテルが建った後も商業が栄える街になるのだろうか。


 そのまま1時間ほど走行すると、バスは廃墟にたどり着いた。


「皆様お疲れ様でした。当バスはネゴシオに到着致しました。お忘れ物の無いようご注意ください」


「あー、僕がこの世界に来たとき、エントラーダはこんな感じだったなー」


 この見渡す限り廃墟だらけ、ゴーストタウンと呼ぶにふさわしい光景は、ホテルが建って浄化される前のエントラーダそっくりだ。

 ただ廃墟の造りをよく見ると、店舗らしい構造物が多いように感じる。やはり商業都市だったからだろうか。


「やっぱ、禁じられた領域って言ったらこういう廃墟の街のイメージだよな」


「そうだな、アルフレド。しかもエントラーダよりも南はまだ誰も足を踏み入れたことが無い土地。冒険者として興味が湧くな」


 そういえば、以前セシリオから聞いた話だと、今のところエントラーダ周辺しか探索されておらず、禁じられた領域の大半は未だ調査されていないらしい。

 ネゴシオは完全に未踏の地であり、そこに一番乗りで足を踏み入れるのは、アルフレドとセシリオにとってワクワクするのだろう。


「それではオーナー、ホテルを建てに行きましょう」


「そうだな。行こうか」


 僕は半透明の板を出現させ、ホテルを建てる場所を案内して貰った。




 時々襲ってくるゴーストを調伏しながら進むと、僕のスキルが示す場所にたどり着いた。


「道が広い……。大通りに面した土地かな?」


「そのようです、オーナー。ネゴシオの大通りは非常に有名で、著名な店や商会が軒を連ねておりました。もちろん、宿も」


 つまり一等地なんだ、この場所は。

 

『これより、ホテルの建築を開始します』


 スキルからアナウンスが表示され、強烈な光が放たれた。

 光が弱くなると、周囲には復活した街が現れていた。大通りに面した建物だけ合って、ほぼ全ての建物が3階建て以上。中には5階に達するものもあった。

 その中で、一際大きい10階建ての建物が目の前にあった。入口に飾られている看板には、こう書かれていた。


『ビジネスホテル レッツォイン』

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