006号室 初めてのお客様

 ここ数日、僕は基本的にスタッフルームで泊まりながら、時々客室で泊まる事を繰り返していた。

 その間、従業員となったゴースト達と雑談するなどして過ごしている。特にゴースト達の生前の話はよく聞いていたが、モニカの生前は特に強烈だった。


「私、自画自賛しているみたいで恐縮ですけど、真面目だってよく言われていました」


「ああ、確かにそうだよね」


 モニカは、とにかく仕事に一途だ。

 ホテルは基本的にパソコンを始めとした電子機器で管理しているが、モニカは暇さえ見つければパソコンで出来る事をひたすら研究し、業務に役立てようとしている。

 その他にも掃除道具やキッチン用具で便利な物を見ると、とにかく有効的な使い方を考える。

 僕に調伏されたときにこれらの使い方を一通り記憶していて基本的な使い方はマスターしているはずなのだが、それでも使い方を追求しようとする。まるで一通りクリアしたゲームを隅々まで調べ尽くそうとしているかのようだ。


 とまぁこういう行動からわかるように、モニカは仕事のためならあらゆる手を尽くす、よく言えば真面目、悪く言えばワーカーホリックな人なのだ。


「そういうわけですので、生前のご主人様から高い評価をいただいていて、メイドの中でもリーダー的な存在になっていました。

 ですが、あの時はそんな性格が災いしたんでしょうね。魔法実験の事故が起こったあの日、すぐに避難しなければならなかったのに、私は仕事を終えなければという信念が強すぎて、優先順位を間違えたんです。

 それで結局、避難が遅れて死んじゃいました」


 そういえばモニカと初めて会った時、モニカは仕事と避難の板挟みのようなうめき声を上げていた。あの声は多分、モニカが死んだ状況の影響だったんじゃないかな。

 それはともかく。


「仕事熱心なのは良いけど、自分の安全を最優先にね」


「大丈夫です。オーナーに調伏されてから、ちょっとやそっとじゃ消滅しないので」




 数日後、従業員用の部屋から起きると、何やらロビーが騒がしい。

 急いでロビーに飛び出してみると……。


「なんだ、こいつ! 全然攻撃が通らねぇ!!」


「聖魔法も聞いていません。特殊なゴーストでしょうか……?」


「ですからお客様、落ち着いてください!」


 見慣れない男2人組が、モニカに襲いかかろうとしていた。

 男の1人は赤いツンツンした感じの髪型で、もう1人は青いセミロングの髪型と白いローブが特徴的だ。赤髪の方は剣を持っていて剣士っぽく、青髪の方は身長ほどの長さがある巨大な杖を構えて魔道士のような出で立ちだ。

 見た目は僕と同じくらいの歳だと思われる。僕は今18歳なので、10代後半と見て間違いないだろう。


 とにかく僕は、すぐにこの騒ぎを収めるべく行動した。


「失礼します、お客様。当ホテルの従業員が何か致しましたか?」


「またゴースト……いや、人間か?」


「それよりその人、この建物の事を『ホテル』って言わなかったか?」

 

 この2人は色々と疑問に思っているだろうが、少し冷静になれたようだ。さっきまでの『自分の命が危ない』という切迫感が感じられない。


「その通りです。当ホテルは私のスキルで建てたものでして。従業員はゴーストを雇用契約を結んで働いて貰っています。彼女は雇用契約を結んだ当ホテルの従業員です」


「スキルで建てたホテル……。アルフレド、ちょっといいか?」


 魔道士が剣士を呼び寄せ、ひそひそと相談を始めた。

 数分後、2人の間で結論が出たようで、魔道士の方が僕に質問をした。


「失礼。ここはホテルだそうですが、宿泊料は?」


「1泊3000Vです。ベッドの他に生活に必要なアメニティをサービスしております。また、右手に見える共用施設をご使用いただけ、そこに用意されているドリンクは飲み放題。毎朝パンビュッフェを開催しており、これも宿泊費に入っております。

 また共用キッチンを設置しており、持ち込まれた食材を自由に調理していただけるようになっております」


「かなり至れり尽くせりですね。それでいて3000Vは安い……。では、とりあえず1週間お願いしていいですか?」


「かしこまりました。では、受付カウンターへどうぞ。モニカ、受付を頼む」


「はい。では皆様、どうぞこちらへ」


 とまぁ色々とトラブルはあったものの、初めての宿泊客を迎えることに成功したのだった。




「いやぁ、こんなに良い宿は俺達の国には無いぜ、オーナー!」


「端末による部屋や共用設備の操作、シャワーや洗濯機といった進んだ道具、飲み物は飲み放題だし朝のパンは無料、どれを取っても自分達が今まで泊まった宿……どころか王侯貴族用の高級ホテルですら用意できない設備やサービスばかりです」


「お褒めにあずかり光栄です」


 翌日、最初のお客様2人の評価は一変していた。昨日はあれだけ警戒していたのに、一晩経ったらべた褒めしている。どうやらホテルの設備やサービス、何より泊まり心地を心から堪能したらしい。

 ちなみに、赤髪で剣を装備している方はアルフレドさん、青髪で杖を装備した魔法使いっぽい人はセシリオ・サフラさんと言うらしい。2人とも、禁じられた領域の北西にある『パラドール王国』の冒険者らしい。


「ところで一つ疑問が。高級ホテルでもありえない設備を有しているのに、係の者が案内や荷物運びをしない、部屋はベッドと多少の備品のみで扉はブラインドのみ、トイレは共用と高級ホテルでは考えられない……乱暴にいってしまえば庶民用の宿や安宿に近い部分も見受けられます。ちぐはぐさを感じるのですが……」


「それはですね、セシリオさん。このホテルは最もグレードが低いホテルだからです」


 その発現を聞いた瞬間、2人の顔が固まってしまった。

 モニカからこの世界の水準をある程度聞いていたけど、それを考えればまぁショックを受けるのも仕方が無い。

 

「僕のスキルは、条件を満たすことで成長するのですが、成長する度によりグレードの高いホテルが建てられるようになるそうです。このファシルキャビンは初期段階で建てられる最初のホテルですね」


「ま、まだ上があるのか……」


 アルフレドさんが絞り出すように声を出した。

 どうやら僕の話は、かなりショッキングだったらしい……。

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