004号室 カプセルホテル体験 その1

 ホテル業務の流れを確認するため、僕を宿泊客役として1日リハーサルを行うことになった。

 僕は一旦ホテルを出てから、再度入館した。


「ファシルキャビンへようこそお越しくださいました。お泊まりですか?」


 受付業務を行っているのは、モニカだ。言葉遣いはもちろん、接客業を行う上で完璧な笑顔と声音で応対している。


「そうです。1泊ですけど、空きはありますか?」


「はい、ございます。当ホテルはチェックアウト時のお支払いとなり、全室一律で3000Vとなりますがよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です」


 ちなみに『V』とは『ヴィアッジェ』と読み、この世界全体で通用するお金らしい。どうやら古王国時代から存在していたらしく、ダンジョンから見つかる金貨を参考にした影響もあるらしい。

 このあたりの知識、モニカから教わった。僕のスキルの効果でこの世界の現在の知識を一部インストールされたらしく、こういうお金の基本的な知識も齟齬無く教えてもらえた。


 なお、僕が転生したときに500万Vが支給されていたみたいで、1年は何もしなくても生きていけるらしい。


「かしこまりました。お客様は当ホテルへのご宿泊が初めてですので、説明させていただきます。まず、ご滞在中はこの端末をお持ちください」


 モニカから渡されたのは、スマートフォンに似た端末だった。通話機能はロビーとの連絡できる以外になかったが、それ以外の操作はスマホと同じ感じだった。


「こちらの端末は、客室や宿泊者用設備へアクセスするためのカギになっております。受付の左手側のエレベーターに端末を近づけると、客室のある階までご案内します。右手側のダイニングとワークスペースに入る扉に端末を近づけるとカギが開いて入れるようになります。

 また、客室内の機能を操作する際にも使用しますので、ぜひお試しください」


 なるほど。この端末がカギであり部屋のリモコンになるのか。


「その他、端末内に当ホテルの説明がございますので、ぜひご覧になってください。何かわからないことがございましたら、遠慮無く受付にお越しください。端末から受付に連絡を行うことも可能です」


「ありがとうございます。ところで、外出する時に端末はどうすれば……?」


「受付でお預かり致します。ホテルの外ではご使用出来ませんし、故障や紛失の原因になりますので」


 一通り説明を聞くと、僕は左手側にあるエレベーターに向かった。

 ここはカプセルホテルだから、スタッフが荷物を持ったり案内したりするといったサービスは無いのだ。


 エレベーターのパネルに端末を近づけ、扉を開ける。エレベーターに乗ると、僕の部屋がある4階まで自動的に運んでくれるのだ。

 なお、ファシルキャビンの客室は2~5階で、偶数回が男性用、奇数回が女性用となっている。カプセルホテルだけにカギなどのセキュリティ面が簡単すぎる部分があるし、トイレやシャワーが共同なのでどうしても男女別にする必要があるのだ。


「お、雰囲気いいね」


 到着した4階の客室階は、黒を基調にしたシックで落ち着いた内装になっていた。


「しかもキャビンタイプなんだ」


 カプセルホテルは、名前の通りカプセル状のベッドを2~3台重ねたカプセルタイプと、普通のベッドを入れて薄い壁で仕切った、個室に近いキャビンタイプがある。

 ファシルキャビンは、名前の通りキャビンタイプを採用したカプセルホテルらしい。


 僕は端末に表示された部屋、401号室を訪れた。

 キャビンの中は、セミダブルサイズのベッドで全て埋まっていた。枕側に小さい台が置かれていて、小物を置くことが出来る。壁にハンガーが掛けられているため、上着はそこにかけておくのだろう。

 ベッドの下に小さい金庫が置かれており、そこに貴重品を入れておくことが出来るようだ。さらにベッド下はスペースが広く、大きめのトランクを楽々収納できそう。

 そしてベッドの上には白い寝間着のシャツとズボン、スリッパ、タオルとバスタオル、巾着袋が置いてあった。


「アメニティってやつか。必要な物がきちんと揃ってる」


 巾着袋の中は、綿棒、コットン、スリッパ、櫛、使い捨てカミソリとシェービングローション、1回分の洗濯洗剤、歯磨きセットが入っていた。

 ちなみに、巾着袋の中に入っている物は持ち帰りOKらしい。余談だが、女性の場合は使い捨てカミソリとシェービングローションの代わりにヘアゴム、化粧水、乳液、コットンシートになるそう。


「共有設備は綺麗だな」


 客室階の共用設備として、トイレとシャワー、そしてランドリーがある。

 トイレは温水洗浄機能付きだし、シャワーは水流を変えられる高性能タイプ。ランドリーは大型ドラム式洗濯機が3台並んでいて、この部分だけなら前世の一般家庭よりも充実しているかもしれない。


 荷ほどきと部屋の確認を終えた僕は、1階に戻り共用設備を見て回ることにした。

 受付の右手にある扉に端末をかざし、入室する。


 最初に目に飛び込んだのは、ダイニングだ。大小様々なテーブルやカウンターが設置され、宿泊者であれば自由に過ごせるようになっている。

 また、ダイニングの一角にはキッチンが設置されていた。ここにある道具は自由に使ってよく、持ち込んだ食材を調理して食べることが出来る。


「お、ドリンクバーがある」


 このダイニング、なんとドリンクバーが設置されており、自由に飲むことが可能らしい。

 ただジュースやお茶、コーヒーしかなく、お酒類はない。


 ダイニングを一通り見て回った後、どうも隣に別の設備があるらしいので、行ってみることにした。


「ここは……ワーキングスペースか」


 作りはダイニングと似ているが、作りが若干違う。4~6人で座れるテーブルが多く、さらに個室スペースがあって集中して作業が出来るようになっていた。

 また、設備全体の雰囲気もダイニングとは違う。ダイニングは客室階と同じく黒を基調にした落ち着いた感じなのだが、ワーキングスペースは明かりを多めにしているらしく、作業がしやすくなっている。

 ちなみに、ワーキングスペースへのドリンクバーで提供されている飲み物の持ち込みはOKらしい。


「じゃあ外出……しようにも見て回る物ないし、部屋で過ごしてみるか。端末で出来る事も全部確認してないし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る