002号室 『調伏』と書いて『雇用』と読む
転生したら、廃墟に居た。
こんなネット小説でも見ない状況に唖然としていると、突然目の前に青い半透明の板っぽいものが現れた。
『おめでとうございます! あなたは今日からホテルのオーナーに就任しました!!』
そんなことが書かれていた。
しかもこの板、僕の目の前から離れないらしく、必ず僕の視線の先に移動する。
恐る恐る板を触ってみると、次のメッセージが現れた。
『オーナーが授かったスキル『ホテルオーナー』は、ここ『禁じられた領域』でホテルを運営し、領域全体を盛り上げる力を秘めています。
『禁じられた領域』とは、かつてこの大陸で最も栄えた国『古王国』があった場所でした。しかし無謀な魔法実験の末、大事故が起こり現在は凶悪なゴーストが闊歩する、危険な地帯となってしまいました』
なるほど。この世界は魔法が存在するみたいだし、スキルもあるようだ。で、僕のスキルは『ホテルオーナー』と言うらしい。
……でも、『凶悪なゴーストが闊歩する』ってなんだよ! もしかして転生早々、命の危機かよっ!!
『ですが、『ホテルオーナー』であれば心配ありません! このチュートリアルを終了すれば、禁じられた領域はあらゆる客が集う、ホテルの王国となるでしょう!』
ああ、これ、チュートリアルだったんだ。『ホテルオーナー』のスキルを説明するための。
それにしても『ホテルの王国』って、強く出たなぁ。
『ホテルの運営をするにはまず、従業員の雇用が必須です。従業員を雇いに行きましょう。
ちょうど優秀な従業員候補がいますので、案内に従って移動してください』
すると、板に矢印が現れた。どうやらこの矢印の通りに行けば従業員候補がいるらしい。
……ところで、凶悪なゴーストが闊歩する禁じられた領域で、従業員候補なんているのかなぁ?
案内に従って歩いた先には、古びてボロボロになった屋敷があった。
中をのぞくと、青白い人型のナニカが通り過ぎた。
『先程の青白い人がゴーストです。禁じられた領域が危険地帯である理由ですね。
目的の人はこの屋敷の奥に居ます。気を引き締めていきましょう』
……マジかよ。こんなゴーストだらけのお化け屋敷を探索しろと?
でも、ここで断っても話が進まなそうだし、行くしか無いんだろうなぁ。
ゴーストに警戒しつつ(結構ビビっちゃってた気がするけど……)屋敷内を移動し、たどり着いた場所は屋敷の厨房だった。
ボロボロになった壁や調理台、錆びて朽ち果てた鍋やフライパンに囲まれている中、佇んでいる1人の女性を発見した。
この女性も、例に漏れず青白くほのかに光っている。ゴーストの証拠だ。ロングのエプロンドレスにヘッドドレスを着けていることから、メイドだろうか?
「……逃げなきゃ」
声が聞こえた。あのゴーストからだ。
「でも、仕事を放り出せない……。けど逃げないと命が危ない……。でも仕事が……でも命が……」
ブツブツとつぶやき続けるゴースト。見ていて心の底から恐怖がわき上がってくる。
「命……仕事……命……仕事……。私は……私は……どうすればいいのよおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
次の瞬間、ゴーストはグルンと首をこちらに向け、絶叫した! そして手には錆が少ない包丁を持っていて……襲いかかってきた!?
「ちょ、これはヤバすぎる!!」
その時、チュートリアルメッセージが表示された。
『ではここで、ゴーストを雇用してみましょう。そのための道具があります』
すると、いつの間にか手に紙のような物が握られていた。
見てみると、長方形の紙に陰陽道の五芒星みたいな物が背景に描かれている。これだけ見るとお札っぽいのだが、書かれている文字がシュールすぎた。
「『雇用契約書』ってなんだよ」
明らかに雇用契約書の体裁で文章が書かれていたのだ。
雇用主は僕の名前が書かれているが、逆に従業員の名前は空欄だったけど。
『では、この雇用契約書をゴーストにぶつけてみましょう。調伏すれば見事、ゴーストを従業員に出来ます』
まさか、ゴーストを雇用するシステムだったなんて……。
でも、今正にゴーストに襲われそうになっているし、やるしか無い!
「行けっ!!」
雇用契約書を飛ばす。
どう考えても紙とは思えない、鳥のような早さと軌道でゴーストに向かっていき、見事ゴーストの額に張り付いた!
「うっ……うう……あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬苦しそうにしてたけど、また襲ってきた!?
『雇用契約書が1枚では調伏できない事もあります。そのときは、調伏するまで何枚も貼り付けてみましょう。雇用契約書は何枚でも呼び出せるので、使い切ってピンチに陥ることはありません』
ってことは、このゴースト、1枚だけじゃ足りない強力なヤツって事か!
「こうなったら、何枚でも貼り付けてやらぁ!!」
それから1時間近く逃げては雇用契約書を飛ばしを繰り返し、ようやくゴーストの動きが止まった。
ちなみにゴーストは、雇用契約書をミノムシみたいに全身に貼り付け、倒れている。僕は多くて10数枚で調伏できるだろうと思っていたけど、実際は50枚以上使ってしまった。
『ゴーストの動きが止まり、貼り付けた雇用契約書が溶けるように消えると調伏完了です。調伏された証として、ゴーストの首筋に五芒星のマークが現れます』
すると、雇用契約書がゴーストの身体に溶け込むように消え、それと同時に首筋に五芒星が現れた。
「うーん……ここは……。確か、私は死んだ後ゴーストになって、狂気に蝕まれて……あ、失礼しました。あなたが現在の私のご主人様――――オーナーですね?」
目を覚ましたゴーストは、僕に気がつくと素早い動きで立ち上がり、姿勢を正した。
その動きは長く屋敷に仕えた者らしく気品があふれ、表情からは僕を襲った時のような危険な気配は微塵も感じられなかった。
「お初にお目にかかります。私はモニカと申します。生前はこのお屋敷でメイドとして働いておりました。オーナーのお役に立てるよう精進する所存です」
「……星野 理央。よろしく」
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