第十五話 第一次南方海戦 4

「砲撃目標変更」 

 天神の砲術長が指示をしたときには、太陽はちょうど真上にあり、それがまぶしく戦場に照りつけていた。しかし、戦艦『チェダー』を撃沈してから、双方命中弾はあったものの、互いに致命傷を与えられずにいた。


 砲撃戦が始まってから、既に3時間が経っている。砲撃戦は、同航戦どうこうせんから巴戦に入りかけていた。中澤は、このままでは決着をつけられないと考え、号令を出した。


「第二艦隊の望月中将に命令、これより挟撃戦に入る。準備されたし。」

 現在、第一軍は三列縦隊で進んでいる。これをサンドウィッチで例えると、中の具材が戦艦や重巡であり、それを挟むパンが、駆逐艦や軽巡などで構成された部隊である。しかし、先の砲撃戦によってその両脇のパンがボロボロになっていた。そして、そのボロボロのサンドウィッチを挟み込んで、パンごと具材を破壊してしまおう、ということである。

 早速、第二艦隊の旗艦『鬼鯱おにしゃち』が切り離され、第一軍を包み込むように行動を始めた。


「敵艦隊発砲!」

 敵の砲撃。この弾は外れたが、次第に精度がよくなってきている。

「そろそろ中り始めますね。」

 沖田艦長が、タバコを灰皿に押しつけつつ言った。その後も、砲撃戦は続いた。そして、挟撃戦に移ってから20分後のことである。


「トーチ中将、敵の砲撃でs」

 参謀長がそう言った刹那、後ろから激しい爆発音がした。ガシャーンという、鉄が破壊される音がする。トーチは、まさかと思い、艦橋の見張り所に出た。後続艦『シーデース』が被弾したのである。マストがポッキリと折れ、海面に落ちた。爆発して、後部の構造物が吹き飛び、第三副砲の弾薬庫では、火の手が上がっていた。着弾したのは、艦橋より後ろの部分で、後部はめちゃめちゃになっていた。


 シーデースに限ったことではない。両脇についていた第6駆逐隊、第21駆逐隊と第5戦隊の軽巡は、北大帝の無慈悲な砲弾の拳によって壊滅していた。メッキが剥がれ始めている。


 一分後、また砲弾が降り注いできた。その砲弾の、放物線の弾道上にあるのは、火を噴いているシーデースである。連合艦隊全艦分の砲弾を、シーデースは一身で受けた。もちろん、沈みかけのシーデースが耐えられるわけがなかった。


 一弾が弾薬庫の装甲を突き破った。その直前に、シーデースは最後のあがきをして、全問斉射をして、その後すぐに大爆発した。艦の中央部が、ありえないほどに膨らみ、それが放出されるように大爆発した。


 現時点では、トーチ艦隊が一方的な攻撃を食らっている。が、ここから反攻が始まった。


「敵弾接近中!」

 トーチ側の砲撃である。またもや砲弾が飛んできた。その声の数秒後、後ろから、激しい爆発音と衝撃を感じた。と同時に、

「疾風が被弾!主砲が破壊されました!」

 と、受話器を持った伝令兵が、真っ青な顔で叫んだ。

「疾風がやられたか…」

 主力の戦艦「疾風」が痛手を負った。誘爆を防ぐために使用不能となった第一主砲に加え、第二主砲の弾薬庫にも注水を開始した。そのため、疾風は前方二つの主砲が使用不可能となった。その後も、弾幕のシャワーを浴び続け、艦が大破した。中澤は、疾風の戦線離脱を命令。艦隊からそれて出て行った。


「敵も、しっかりと反撃してきますね」

 沖田艦長が、新しく取り出したタバコの箱片手に言う。

「まぁ、じきに片づくだろうな。」

 と、同期の副丸参謀が返す。その通りだった。『無双』、『練尊』、『神鷹』、『雪ヶ原』の四つの重装甲打撃艦を主力部隊に持つ北大帝海軍は、大口径砲をシャワーのように、敵艦隊に砲弾を浴びせることが出来た。後方の艦艇は、文字通り粉砕されている。重油が海にあふれ、海面が燃えている。その燃える海を、ボロボロの艦隊が進んで行く。シュレッダーの如く、一方的に細切りにしていく。


 タンドリー諸島制圧艦隊の残りは、戦艦5隻と重巡3隻。しかもボロボロである。砲弾が、ナイフのように装甲を切り裂き、さらに破壊していく。


 気付けば、夜になっていた。しかし、海は燃えさかり、常に明るさが保たれている。そんな中、中澤は面舵で急接近を指示した。息の根を止めるつもりである。沖田が伝令兵に向かって叫び、伝令兵もまた受話器に向かって叫ぶ。操舵輪がカラカラと音を立てつつ回る。巨大な城のような艦は、ぐわっと揺れて、傾きつつも右に回頭した。後続艦もそれにならった。


 しかし、戦艦というのは丈夫なものである。四徴側は、7隻の戦艦のうち2隻が沈没、北大帝側は戦艦1隻が離脱している。双方の艦隊の艦艇は、多少なりともダメージを負っていたが、それでも戦闘行動は続けられる程度であった。


 二つの艦隊は、急速に接近した。連合艦隊の斉射は、タンドリー諸島制圧艦隊の旗艦『モツツァレア』に集中した。10分程度で、この艦に向けて放たれた弾は、代償問わずで400にものぼった。しかし、いくら命中弾を受けても、マストが折れても、副砲が折れ曲がっても、発火しても、レーダーが破壊されても、ただ進み続けた。戦闘を、燃えながら進むその姿は、一つの勇敢な戦士の像そのものであった。


「前進せよ ただ前進せよ」

 第一艦隊と第二艦隊の挟撃をうけ、燃え盛るモツツァレアは、それでもなお前進を続け、砲撃を続行していた。燃える音と、鉄鋼に弾が衝突するゴン、という音がずっと流れ続けた。中った弾が跳ね返って、空中で爆発したりもした。それでも、砲口から火を噴きつづけた。

 

 20分ほど経って、この艦はもはや『艦』とは形容が不可能な程の、鉄の塊と化していた。後続艦も同じで、見るに堪えないものだった。それでも、燃える海の中を、黒い影となって進み続けている。

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