第十六話 第一次南方海戦 5

 モツツァレアは、炎を背負って、甲板上での活動が不可能な程にまで深刻な状態になっている。甲板上は、まさに阿鼻叫喚の地獄だ。


「機関低下!」

「舵が破損しました!」

 艦橋には、様々な被害報告が集まってくる。爆発音の中、とにかく叫び声が聞こえる。トーチ中将は、燃えさかるモツツァレアの艦橋から艦を見下ろした。ぐにゃぐにゃに曲がった対空機銃、穴が空いた第一煙突と、上のキャップ部分が吹き飛んだ煙突。救命ボートは、ロープが切れて既に無い。


 後続の『ナバハル』は、炎に包まれて、挙げ句に煙突から炎が上がっている。既に無い第二砲塔からも火を出す中、滑り落ちるように海に向かう。転覆して、煙突に海水が流れ込む。そして、水蒸気爆発が起こって艦が真っ二つになり、海に引きずり込まれていく。


「なんてことだ…」

 トーチ中将は、手で顔を覆い、嗚咽した。爆発が連続して起こる中、彼は一人、膝から崩れ落ちた。彼の頭の中では、このまま全滅する艦隊の様子が、鮮明とループして流されている。


 この海戦を、『天神』の艦橋で、村上古武という、海軍兵学校卒業したての海軍少尉が状況をノートに記していた。彼は、海軍大佐で、この戦争で潜水艦を駆って暴れ回り、シーレーンの破壊に大きく貢献した英雄、村上長光を父に持つ。そんな彼は、この一方的な海戦を見て、ただ呆然と立ち尽くしながら、ノートに

一方的勝利ワンサイドゲーム

 と、鉛筆を走らせて書いた。彼は、これが海戦なのか、と、この一方的な海戦を見ていた。そして、自前のカメラを持ち、首にかけて見張り所に出た。そして、沈みつつある敵艦をレンズにおさめ、一回、二回とシャッターを切った。


 更に砲戦を進める事30分、ここで大きな動きがあった。『無双』の放った一弾が、弾道上にモツツァレアを捉えた。そのまま、弧を描いて落ちていく。そして、その一弾が、弾薬庫装甲をぶち破った。直後、天地がひっくり返るような轟音が、何人かの鼓膜を破壊するとともにした。その衝撃波で、第四砲塔が使用不能に。次いで、第一砲塔も大爆発を起こした。中央部の甲板には大穴があき、後部艦橋は消えていた。市長海軍の軍艦旗が、薄ら寒い海のなかに消えていった。


 モツツァレアは、他にも重大な損害を負った。機関部がダメージを受けた。特に、その心臓部であるボイラーが、特別被害を受けた。ボイラーと繋がっている艦は、折れている若しくは、そこら辺に散乱していた。


 そして、さらに追い打ちをかけられた。艦橋が爆発した。先の被弾が、連鎖的な爆発を引き起こし、それに司令塔も巻き込まれた。参謀長及び、モツツァレアの艦長も即死したし、ほぼ全ての幕僚が死傷した。司令官として、司令塔に直立不動でいたトーチ中将も例外ではなかった。爆風と、それによる大量の破片を全身に受けた。


 司令塔は、炎に包まれている。天井がなくなっていて、星が見えている。艦内電話の受話器が、振り子のように垂れ下がっていた。バチバチと火花が散っている。トーチ中将は、そこの速力通信機によりかかっていた。重傷を負っている。


 そんな中、半壊した司令塔に、金具が壊れて使い物にならないドアを突き破って伝令兵が入ってきた。その伝令兵の腕を、意識が朦朧としているトーチ中将が掴んで、こう言った。


「副長に…指揮権…艦橋…伝令…」

 断片的な単語を言った。そののち、伝令兵を掴む腕の力が弱くなっていった。伝令兵は、丁寧にトーチ中将の腕を地面に置いて、敬礼をして飛び出していった。向かう先は、もちろん副長のいる艦橋である。鉄と障害物が散乱し、鉄筋が飛び出す中を走って行く。そして、無事にたどりついた。中では、副長と幕僚が指揮を執っていた。

 

 半開きのドアをこじ開けて敬礼をし、叫んだ。

「報告します。司令塔、幕僚陣が壊滅、トーチ中将より、副長に指揮権を写すようにとの命令です。」

「トーチ中将は?」

 副長がしばらく間を置いて言った。

「戦死されました。艦長も、参謀長も…」

 副長は、大きく息を吸って、そうか、と返した。現時点で、この艦隊を指揮しているメンバーは、副長含む5人である。艦隊も壊滅状態、戦力も0に等しい。このままでは全滅するのがオチだ。


「どうしようもないな。」

 そして、副長は、まだ通信室が存在しているかを聞いた。そんなものは、すでに破壊されている。本人としては、本国に最後の通信をしようとしていた。 


 戦闘は、出来るには出来る。が、射撃管制装置は破壊され、砲も使い物にならない。一瞬にして、中世海戦レベルにまで墜ちてしまった。


「…総員退艦」

 モツツァレアは、沈みつつあった。そのため、副長は総員退艦命令をだした。燃えさかる甲板から、水兵が海に飛び込み始めた。その数秒後、モツツァレアは、艦尾から一気に沈み始めた。駆逐艦が、辺りを駆け回り、生存者を引き上げている。


 後続の三隻の戦艦の真ん中、『カルフォ』の通信室では、本国に無行けて、最後の通信が行われた。通信員が必死に打鍵を連打していた。その内容は、要約すると、「艦隊は壊滅状態、旗艦戦没、司令部幕僚全員戦死、我が艦隊は、敵に対し、最後の攻撃を敢行する。」

 といったものであった。モツツァレアが撃沈され、残るは戦艦三隻となった。先頭を走るは、戦艦『トハフ』。それに、最後の通信をした『カルフォ』、『テネシ』が続く。

 

 連合艦隊の射撃目標は、モツツァレアが沈んだことにより、トハフへと移った。この艦も、既に猛烈な砲火を受けてボロボロであった。しかし、それでもトハフは主砲射撃を続けていた。

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