第5話 すれ違う心 ver.2.0

 ユキはルルと違って、日が沈むやいなや外へ駆け出す。たいしてルルは怠惰であるため、なかなか起きようとはしない。目を覚ますためと言い訳をして酒を飲むことさえある。


 ルルが布団のなかで二度寝をしている間にユキが狩りをし、獲物を一緒に食べてから一日が始まるのがお約束だった。


 この日もユキが外に飛び出していくのは知っていたが、放っておいた。


 クマは人間の2,000倍近い嗅覚を有するとされる。ユキは外に出ると、人間の血の臭いを感じ取った。


 遠くない。


 集落の外れまで行くと、血の臭いに混ざって他のクマの臭いもしてきた。おそらく人間がクマに襲われたのだろう。クマは本来、人を襲うなどというリスクは犯さない。よほど飢えていたか……。


 ユキが現場に近づくと、襲ったであろうクマは低く唸ったが、ユキの体型を見てすぐに逃げ出した。襲われた人間は年端もいかない少女で、まだ息がある。


 ルルならば自分を助けた時のように、少女を生き返らせられるかもしれないと思い、口で咥えるとルルのいる山小屋に駆け出した。


 山小屋の前に少女を置くと、ルルを起こすために3度ほど大きく吠える。


 ルルが眠そうに出てくる。彼女は死体を見て、すぐに脈をとったがそのときには死んでいた。確認が済むと、血相を変えてユキを叱りつけた。


「人を殺してはいけないと言っただろう!」


 もちろん言葉は通じない。ユキにしてみれば、傷ついた人間がいたから連れてきただけだったが、ルルにしてみれば、ただ残忍な仕打ちだった。まして襲う必要のない人間を襲うなど、言語道断だ。


「それもこんな幼い子を……なぜ殺した! なぜ未来を奪った!」


 ユキはなぜ自分が叱られているのかは分からなかった。むしろなぜルルが少女を自分のように助けないのか不思議だった。


「私が、私が人間の血を飲みたいと言ったから殺したのか?!」


 ルルだって相手が獣で、人語が通じないと頭では理解していたが、裏切られたような感覚が強かった。


 なぜ、なぜ……。


 ルルはユキを殴ろうと固めた手を振り上げてから、ゆっくりと元の位置に戻す。拳は小刻みに震えていた。


 1人と1匹はお互いに動かない。


 時が経った。ルルが無言で地面を掘り、ユキも手伝う。お互いに目も合わせない。小さな穴ができ少女を埋め、拾ってきた石を置いて、墓石の代わりとした。


「こんなところで眠るなんて可哀想だが、許してくれ。人里に降りるわけにはいかないんだ」


 ルルはそう言うと、ゆっくりと手を合わせた。


 埋葬が一段落して、ルルはユキに語りかける。


「お前は人を殺してしまった。近いうちに山狩りがあるだろう。それまでは一緒にいる。だがそれまでだ。いい頃合いだろう……」


 ユキはただうなだれていた。

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