第4話 小鳥の命 ver.2.0

 ある日のこと、日が暮れると同時にユキが外へ飛び出していくのを、ルルはまだ布団のなかで眠そうに眺めていた。随分と晴れ渡った日である。


 しばらくするとユキが吠えた。何事かと思って外に出ると、一羽の小鳥が雪のなかに落ちている。可哀想に、どこかへ埋めてやろうと手に取るとまだほんのりと体温が残っていた。


 とりあえず暖を取らせなければいけないと思い、暖炉の前に置いてやる。身体が温まれば動けるようになるかもしれない。


 いくら時間が経っても小鳥は動かなかった。


 もちろんルルが吸血鬼化させれば命は助かるだろう。しかし夜行性ではない鳥を吸血鬼化させるのは気が引ける。どんなものを食べて生きていけばいいのか……。


 ここが老婆の山小屋だったからだろうか「天命」という言葉が頭をよぎった。


 天命には「運命」と「天寿」の二つの意味がある。老婆はどちらの意味で言ったのだろうか……今となってはわからない。


 この小鳥も今、天命を全うしようとしている。


 吸血鬼にはそれを無理矢理、変えてしまうだけの力がある。運命に抗する者、自然のことわりから外れた存在。ルルは500年ほど前からこの歪な存在であり続けた。


 人間の脆さ、愚かさについていやというほど味わってきた。


 どうしても助けたい者には血を分け与えたが、多くの者は寿命よりも圧倒的に生きながらえるがゆえに、精神が崩壊した。


 精神というよりは魂と言うべきだろうか。魂と肉体は分かちがたく結びついており、魂も寿命に寄り添うようにできている。しかし吸血鬼の血はそれを否応なく延長するがゆえに、魂の部分が耐えられず壊れるのである。


 ルルはそばに寝そべっているユキを見て、手で軽く撫でた。本来ならば失われるはずだった命が今もこうして、ぬくもりを持っている。しかしいずれはルルもここを去らねばならない。ユキはこの山中にひとりぼっちになるのだ。


 それも二度と太陽の下へは出られないという制約つきである。あのまま行き倒れるのと、こうして生きながらえるのとでは、どちらが幸せなのだろう……。


 ルルは無意識に顔をしかめたのかもしれない。寂しそうにしている彼女にユキは鼻を押しつけてくる。今はただ、ユキを撫でていたかった。


 一晩はユキを撫でながら、小鳥の様子を眺めて過ごした。日が昇る頃には小鳥の体温も低下し、最後には動かなくなり、固くなって死んだ。


 翌日、外に出て小鳥を埋めるために穴を掘っていると、ユキが手伝ってくれた。老婆が犬などを埋めた場所の横に並ぶようにする。老婆もこんな気持ちで埋めたのかもしれない。


 ユキの力も借りて掘った穴に小鳥を埋めて土をかけた。ルルは持ってきていたウイスキーを少し飲み、ピースを吹かした。いささか感傷的になっていたのかもしれない。


 ルルはなんともなしに呟いた。


「たまには人間の血も飲みたいな」


 ユキは人語を理解できないから、その言葉がトリガーになったとは考えにくい。


 事件は翌日の夕暮れに起こった。

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