第2話 天命を待つ ver.2.0
夢を見た気がする。何か後悔する夢だったが、詳細は忘れてしまった。500年も生きているから後悔など数え切れない。
山小屋の中は薪のストーブが燃やされており温かい。
「起きたかい」
老婆はやかんを火にかけながらそう言った。一日経って、傷の痛みも少しよくなり緊張が和らいでいた。
「出がらしで悪いけれど、茶には変わりない。ゆっくりと飲むといい」
老婆がお茶を運んでくる。ルルは布団から半身だけ起こしてそれを無言で受け取った。
沈黙。
ルルが何から話そうか迷っているのを見越したように、老婆は語り始めた。
「不思議だろう? なぜお前が来ると分かったのか、なぜお前が吸血鬼だと分かったのか。わしには未来が見えるんじゃ。元々この地方でイタコをしておってな。しかし少々、見え過ぎた。死者の言葉だけでなく、依頼人の未来までもな……」
「それは難儀ですね」
ルルは相づちをうつ。
「本来、死者の霊をおろすのがわしらの仕事じゃ。しかしわしは相手の未来も伝えた。するとどうじゃ、依頼者はわしの言葉のせいで不幸に見舞われたと考えた。同僚からも気味悪がられて、ここに隠れ住んでいるんじゃ」
老婆はお茶をゆっくりと飲む。それに合わせてルルもお茶を飲み干した。
「だから日陰者同士、助け合わなきゃいかん。この世に生を受けた以上せいいっぱい生きんとな、無念の死を遂げた者たちに申し訳がたたんからの」
ルルはその言葉を聞いて少し憂鬱な気持ちになった。
「ゆっくり休むといい。ただし、大晦日にはここを出なさい。これは約束だ」
外は嵐のようで、風がひどく吹きすさんでいた。
◆
老婆の山小屋に匿われてから数日後。ルルは傷も癒えて、薪を調達したり、料理を手伝ったり、老婆の生活を手伝っていた。
魚を西洋風に味付けると、老婆は「初めての味じゃ」と顔をほころばせてまるで少女のような笑みを浮かべ喜んだ。
生活の手伝いとは別に宿泊料を渡そうとしても、老婆は「もうわしには不要じゃ」と言って受け取ってもらえなかった。
薪を切り出して小屋の裏に積んでいると、足元にいくつかの石が置いてあることに気がつき老婆に尋ねると「昔飼っていた猫や犬、道で死んでいた動物たちの墓」だと言う。ルルは墓標を蹴らないように注意して、手をそっと合わせた。
「みな命あるものだからの。粗末にするわけにはいかん」
老婆も横で手を合わせる。
そうしているうちに、大晦日になった。
「ルルよ、調子はどうだい?」
「問題ないです。助かりました。この礼はなんらかの形で返します」
「ははははは。それは不要じゃ。わしも楽しかった。寂しくなるが、これでさよならじゃ。ここを出て北に向かえば、古い納屋がある。二度と帰ってくるでないぞ。天命じゃて」
「天命?」
「そう。定めなのじゃ」
ルルは釈然としないながらも約束通り大晦日の夜に山小屋を出て、雪山を歩くと、ほどなくして納屋が見つかり、そこで新年を迎えた。
日が昇ると、なにやら辺りが騒がしい。何人もの男が銃を担いでいるのが見え、吸血鬼狩りであれば厄介だと思ったが、彼らは別のところへ向かったようだった。
胸騒ぎがする。あちらは老婆の山小屋だ。
日が沈むと同時に納屋を飛び出して、老婆の山小屋に向かう。山小屋に入るまでもない。血の臭いだ。中を見ると老婆が惨殺されていた。
銃で撃っただけではない、身体を刃物で引き裂かれている。死んでからも執拗になぶったのであろう、頭部は叩き潰され、骨という骨は砕かれ原形を留めていない。肉はミンチになるほど切られていた。
なぜ殺した!
遙か昔に見た魔女狩りがよぎる。ルルを匿った無実の女たちが、自衛団のような自分勝手な連中になぶり殺された様子。ルルは風のように走り出し、老婆の血の臭いを追って、近くの村まで行った。
武器をもった男たちが目に入る。奴らだ。
獣の速度でひとりの男に近づくと、首を掴んでつり上げる。あまりの力で男の首は脊髄ごと引き抜かれた。別の男には蹴りを数発入れ、内臓をズタズタに破裂させると吐血しながら倒れた。銃を持っていた男から銃を奪い取り、脳天に鉛玉を数発ぶち込んだ。
「殺さないでくれ」と土下座した男にはかかと落としを食らわせ、頭蓋を地面にめりこませた。
そこにいた男たちを虐殺し、彼らの血を飲む姿は怪物そのものであった。
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