第16話 (貴方)という宝物


凛音の事はあまり考えない様にした。

彼女が狂おうが狂うまいが。

今の俺に関係しない。


俺はあくまで彼女に浮気された身分であるのだ。

どれだけ言っても。

そう思いながら新聞を切り抜く。


「...」


それからその切った新聞を紙にはっ付けていく。

世間では今は児童虐待の話で議論になっている様だ。

そればかりニュースが入っているから。

俺はその話題を見ながら「...」と考える。

アイツ...凛音はどう行動するだろうか。


そして凛子は...どう接するのだろう。

考えながら俺は眉を顰める。

それから新聞を切り抜いていく。

すると「小太郎」と声がした。

部屋のドアが開いており母さんが顔を見せている。


「...ああ。母さん」

「大丈夫?」

「...つまらない事しかしてないから大丈夫だよ」

「つまらない事じゃないわ。...それもまた復帰の第一歩よ」

「...」


いつも母さんはそういう感じだ。

俺はその姿に苦笑してから複雑な顔をする。

「母さんはどう思う?俺の姿」と聞いてみた。

すると母さんは「貴方は偉いわ。勇敢な姿よ」と言いながら頭を撫でてくる。

その事に少しむず痒くなる。


「いい。小太郎。この世には人間は必ず大切なものを持って生まれてきているの」

「...」

「...私は貴方を尊敬するわ。...私は貴方を息子として誇りに思う」

「母さんらしいね。...有難う」


「貴方がどんな形であれ今は学校に行けないならそれでいい。...その分、私が支えるから」とニコッとする母さん。

俺はその言葉に涙が浮かぶ。

それを拭いながら目の前の新聞を見る。


「でもそれはそうと。...今日は大変だったわね」

「そうだね。母さんにも迷惑を掛けたよ」

「良いのよ。...それにしてもそんな事態になるとは思わなかった」

「...そうだな。俺も予想外だから」


そう言いながら俺は母さんを見る。

母さんは「聞いた話だと貴方は...凛子ちゃんの為に立ち向かったって話だけど」と言ってくる。

俺はその言葉に「...よく知っているね」と答える。

すると母さんは笑顔になった。


「母親だから。...それにしても偉いわね。良く立ち向かったわ」

「それを褒める母親も如何なものかと思うけど」

「私は純粋に貴方を褒めているわよ。如何なものとしても偉いわ」

「...母さんらしいね」


俺は苦笑いを浮かべる。

すると母さんは俺を抱き締めてきた。

俺はその姿に母親の母性を感じ取った。

それから暫くはされるがままで居た。


「...小太郎」

「...何。母さん」

「私、お父さんに会いたいな」

「...そうだね」


そんな会話をしながら複雑な顔をする俺。

それから母さんを見る。

「確か学生時代に知り合ったんだっけ?」と聞いてみる。

すると母さんは「そうよ。...小説で知り合って。そして文芸部に入って。そして...結婚した。貴方はようやっと授かった第一子だった」と言う。

俺はまた「...」と考え込む。


「...そんな人間が今この様だから。悩むんだ」

「私は貴方を...責める気は無いわ。本当に貴方はよくやっているわよ。...貴方らしく生きなさい。この先も」

「...本当に母さんは母さんらしいね」

「私はあくまでお母さんだから」

「...」


俺はその言葉に思いを伝える。

高校を退学しようと思う、とか。

すると母さんは「そうね」と笑みを浮かべる。

そして俺を真っ直ぐに見てくる。


「...高校は色々な意味で行った方が良いと思うけど...だけどそうしたいならそうしなさい。今は学校より体調の問題ね」

「...だけどあまり甘やかすと引き籠りとかになるよ。俺」

「あら。その心配はないわ。だって...貴方は精一杯頑張っているのだから」


言いながら俺をよしよししてくる母さん。

俺はその姿に「やれやれ」と言いながら苦笑した。

母さんはニコニコしながら俺を見てくる。

「でも高校を辞めても今は色々あるから。きっと大丈夫ね」と言いながら柔和になってから俺を見てくる。


「...夜間学級とか?」

「違うわ。通信制とかよ。だけど今は体調を安定させるのが最優先。...ね?」

「...そうだけど」

「何も出来ないのと何もしないのは違うわよ。天地の差があるわ」

「全て見透かされているね」

「そうね。母親だし。二回目だけど」


母さんはそう言いながら立ち上がる。

それからまた笑みを浮かべた。

「貴方は必死にもがいている。その事を...忘れないで」と言いながらだ。

俺はその言葉にグッと握りこぶしを作る。


「じゃあ料理してくるからね」

「...母さん」

「何かしら?」

「...俺、頑張るよ」

「アハハ。でもボチボチで良いのよ。それは。...でも貴方がそうしたいなら...頑張ってみなさい。だから貴方は...絶対に引き籠りにはならないわ。その感情がある限りはね」

「...」


俺は手を振って去って行く母さんを見る。

そして唇を噛んだ。

それから意を決して前を見る。

このままでは絶対にいけないと。

そう思いながら。

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