引き戻すためにやってきた

三鹿ショート

引き戻すためにやってきた

 彼女の家族に頼まれたために、私は治安の悪い土地にて、彼女を捜していた。

 私が体格に恵まれていることが影響しているのか、性質の悪い人間たちに絡まれるようなことはなかった。

 様々な店を訪れては、金銭を渡し、情報を得るということを二週間ほど繰り返していたところで、ようやく彼女の居場所を知ることができた。

 其処は既に営業していない飲食店で、彼女はその場所を拠点としているということだった。

 話に聞いた場所へと向かうと、髪の色や服装は変化しているが、彼女の姿が其処には存在していた。

 彼女は目を見開くと、近くに立っていた男性の背後に隠れた。

 その反応から、彼女にとって私が良い存在ではないと察したのだろう、彼女の仲間たちが険しい表情で、私に近付いてくる。

 だが、私は怯むことなく、彼女の家族の頼みで、彼女を捜しに来たということを伝えた。

 私が事情を話すと、彼女は男性の背後に隠れたまま、

「あのような家には、戻りたくはありません」

 悲鳴のように放たれたその言葉に、私は首を傾げた。

 何故、彼女はそれほどまでに家族を嫌っているのだろうか。

 私が知る限り、彼女の家族は悪人ばかりであるというわけではない。

 それどころか、特段の問題も無いような、悪く言えばつまらぬ人間ばかりが集まっているのだ。

 しかし、彼女の反応から、私が知らない問題が存在しているということなのだろうか。

 それならば、事情も知らずに引き戻してしまった場合、彼女が不幸と化す可能性がある。

 ゆえに、何故自宅に戻りたくはないのかと問うたのだが、彼女が返答することはなかった。

 そのやり取りを見て、私が彼女の事情を何も知らないということを察したのか、先ほどとは異なり、申し訳なさそうな表情を浮かべた彼女の仲間の一人が、私に告げた。

「どうするべきか、彼女と話し合うために、今日のところは帰ってもらっても良いでしょうか。結論が出れば、必ず連絡をします」

 他にどうすることもできなかったために、私は首肯を返すと、宿泊施設へと戻ることにした。


***


 呼び出された喫茶店へと向かうと、其処には彼女とその仲間の一人が待っていた。

 私を認めると、彼女の仲間が手招きしたために、私は二人の向かい側に腰を下ろした。

 注文した珈琲を私が口にしていると、彼女の仲間が口を開いた。

「彼女が事情を話しても良いと言ったために、私から話させてもらいます」

 彼女の仲間は、俯いている彼女を一瞥してから、彼女の事情というものを話し始めた。


***


 彼女が自宅を飛び出したのは、家族からの仕打ちに耐えることができなくなってしまったことが理由らしい。

 その内容を聞いた私は、即座に信ずることができなかった。

 彼女は父親に無理矢理肉体を汚され、母親は、自身の浮気相手の心をつなぎ止めるために、娘を差し出していたのである。

 何時終わるのか分からない苦しみに耐えることができなくなった彼女は、着の身着のままに自宅を飛び出したものの、頼る相手が存在していない外の世界でどのように生きれば良いのか分からず、途方に暮れていたところ、現在隣に座っている仲間に声をかけられたことで、自宅以外で生きる場所を得ることができたということだった。

 彼女が見知らぬ人間たちを信用したのは、自分と同じような理由で自宅を飛び出した人間が集まっているということが理由らしい。

 それから彼女は、仕事を紹介してもらい、給料はそれほど多くなかったが、仲間たちと共に、充実した毎日を過ごしているということだった。


***


 事情を聞いた私は、何も知らずに引き戻そうとした自分を呪った。

 私が深く頭を下げると、彼女は困惑したような声色で、

「あなたが悪いわけではありません。何も知らないあなたを利用しようとした、あの人間たちが悪なのです」

 私を許してくれたことに対して感謝の言葉を吐いたが、それでも、罪悪感が消えることはなかった。

 彼女のために、何が出来るのか。

 其処で、私は、あることを考えた。

 それを伝えると、彼女とその仲間は、口元を緩めた。


***


 私が伝えた彼女の居場所に、彼女の両親は何の疑いもなく姿を現した。

 出入り口である扉から二人が離れたことを確認すると、私は扉の近くに隠れていた彼女の仲間に合図した。

 扉が封鎖された音に驚いている二人の前に、次々と彼女の仲間が姿を現していく。

 身体を震わせ、怯えた表情を浮かべる二人に向かって、私は告げた。

「此処に集まっている人間たちは、あなたたちによる己の娘に対する仕打ちと同じような目に遭っている。ゆえに、その怒りは、途轍もなく大きなものだろう。これは、因果応報である。反省する気持ちがあるのならば、反省するが良い。その行為によって許されるかどうかは、別の話だが」

 二人は彼女の姿を確認すると、土下座をしながら謝罪の言葉を吐き始めたが、二人が顔をあげたときには、彼女の姿は消えていた。

 それからは、室内に悲鳴が響き渡った。

 だが、これで終わりではない。

 彼女以外にも、被害者は存在しているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引き戻すためにやってきた 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ