#4 しあわせな時間

-あの人は、太陽のような人でした。



月が眠り、太陽が目覚める。


現在、午前六時三十分


「今日は休みだから、少し遅くまで寝ていられる。」

なんて言ってはみたものの、結局の所、こうなることは分かっていました。


晩の感覚を体内に残したまま、ベランダへと向かい太陽を眺め、私はタバコを燻らすのです。


これはもう日課のようなものでありました。


私は、あの人に出会うとうの昔にタバコを辞めていたはずなのです。

えぇ、きっぱりと辞めていたはずなのです。


あの人はまだ眠ったまま、腕だけが私の温もりを探すかのように半分空いたベッドの上を右往左往としていました。


愛おしい。


あの人の全てが愛おしい。


この五分は私にとって至極しあわせな時間なのです。



あの人は太陽のような人です。


私には眩しすぎました。


それでも目が離せなかったのです。


目を瞑ってみてもまぶたの裏にさえ存在するのです。


自分の存在を忘れさせはしない。とでも言いたげに、目の奥でチカチカと眩く光るのです。


私は何度も何度もあの人に身を焦がされました。


あの人は私より歳が二つ程下です。


それでいて私より遥かに大きいのです。背丈も体格も。

そして、取り柄も才能も、私が持ち得ないものを全て持ち合わせておりました。


少しばかり羨ましく、いえ、妬ましく思った事もありました。


私はあの人の事が大嫌いなのです。


それでいてあの人が愛おしくてたまらないのです。



あの人は甘えたがりの子供のように、私の胸に頭を預け、腕にすっぽりと収まり、小さくなって眠るのです。


私の鼻をくすぐる短い髪の毛が愛おしい。


抱きしめた時に伝わってくる体温が愛おしい。


寝顔が、寝息が、寝言さえもが愛おしい。


毎朝、私が少しばかり先に目を覚まします。


あの人は私の温もりが冷えきった頃、起きてくるのです。


これももう日課のようなものでありました。


今朝は、ご飯を炊き、2人分の魚の切り身を焼き、野菜の沢山入った味噌汁、そしてデザートにとフルーツの入ったヨーグルトを拵えました。


簡単なものばかりではありますが、あの人はいつも満面の笑みを浮かべ、美味しい、美味しい、と米粒1粒さえも残さず食べてくれるのです。


それを見たいがために、私はいつもあの人より少し先に起きるのです。


愛おしい。


あの人の全てが愛おしい。


この永遠のような五分間は私にとって至極しあわせな時間なのです。

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唯一人 大宮 @o_miya

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