第149話地獄を選んで
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◆◆◆
分離剤。それが、ドルガー村の人々を救う唯一の手段と理解したリナとヴィクトリアは、逃げるゼレを猛追する。
「ぜえ、はあ……ッ! 待って! ふ、二人とも、速すぎ……!」
身体を治療されたモニカも健気に二人の背中を追うが、いかんせん優等生の足が速い。前を行くリナとヴィクトリアはすでに疲労困憊だろうに、その脚力に衰えはない。対し、両断された身体を治され、サービスと言わんばかりに疲労まで取り除かれたモニカの足は、常人よりやや速い程度しか出せていない。
「少し休んでいろよ。……お前が行ってもどうにもならないだろ」
心無い言葉だと理解しながらも、モニカに追いついたヴァンはそう告げる。
正当な評価であった。なにせ、相手は手負いとはいえ紅魔臣に名を連ねるゼレ・フォニカである。学生勇士の、それも劣等生であるモニカが優等生二人と肩を並べて戦えるはずがない。
否、それ以上の危惧がヴァンにはあった。憚らずに言うことが許されるのであれば、ヴァンとしてはこれ以上モニカに関わってほしくないというのが本音である。
それは――当の本人であるモニカにさえ、言えないことではあるが。
ヴァンの指摘に対し、己の無力さに歯噛みしつつもモニカは「それでも」と首を横に振る。
「私も戦わななくちゃ……。ううん、私が戦わなくちゃいけないんだ」
モニカの表情に、いつものどこか間の抜けた緩みはない。
あるのは悲愴と決意のみ。その意味を深く読み取ることはできないが、しかしヴァンは「……そうか」と呟き、その決意を認める。
すでに賽は投げられた。どのような思惑があるとしても、モニカは最善を尽くそうとしている。ならばモニカの行動がどのような結果を導くとしても、その結果が最善になるように尽力するしかない。
逃げるゼレが飛び込んだのは、彼女の居城である研究棟であった。まさしく、袋小路である。
「なんで研究棟なんかに逃げ込みやがった……?」
「……ッ。どうして!? 想定より早い……! まだそこまで時間は掛けていないはずなのに……!」
ヴァンは与り知らぬことだが、ゼレの根城となっている研究棟は彼女の研究成果が山のように秘匿された――いわば、知識の武器庫である。
当然、そのすべてが人間に鹵獲されることは魔族にとって回避せねばならないシナリオである。原作においては、ゼレ戦において優勢から劣勢になるまで時間を掛け過ぎると、決戦の場が研究棟へと移り――そして、最後は知識の焼却に至る。
《悪魔の指輪》を攻略すればゼレ戦はさほど難しくなく、時間経過で自滅するためほぼ消化試合である。原作一周目では、《悪魔の指輪》戦に割くリソースが多い関係上、連戦となるゼレ戦では研究棟が焼却されることは回避できない。
原作のシナリオの上では、まったく問題ないのだ。しかし――この世界において、ドルガー村の住人たちが合成剤によって化け物にされた今、研究棟の焼失だけはなんとしてでも避けねばならないシナリオである。
逡巡の暇はない。ヴァンの突入と同時に、モニカもまた死地へと飛び込む。すでにリナとヴィクトリアは先行し、ゼレとの交戦を開始していた。
「お前が……お姉ちゃんを! 村のみんなを……! その薬を渡せッ!!」
「あなた方人間に、我が知識は一滴たりとも使わせません。我らの礎になれたことを喜ぶのが賢明ですよ?」
「ふざけるなッ! 人の命をなんだと……ッ!!」
「上質な資源ですよ。だからこうして管理してやっているというのに、あなた方ときたら……」
鬼気迫る表情で《正義の両断剣》を振るうリナを、傷付いた身体でゼレはいなす。
「我が領民の命が、貴様のような命を弄ぶ外道の礎と仰いましたか……? 大概になさいませッ!」
「魔法の発展には血が伴うものですよ。脳の足りない人間どもには言っても理解できないでしょうがねえ!」
「戯言を! 己の血を流しなさいなッ!」
「もう流しましたよ、我が父に捧げることでね!」
大振りのリナをフォローするように阿吽の呼吸で入る、ヴィクトリアの攻撃もゼレは魔力による防御で受けきる。
視界に入った激戦を、ヴァンは冷静に観察し、そして一つの違和感に行き当たる。
どういうことだ? なぜゼレの奴は攻撃を一切していない?
ドルガー村から戦闘続きの身体で追い詰めたリナとヴィクトリアの体力では、防戦一方のゼレを仕留めきれない。
「まさか……! 持っているの!?」
「指示があるならなにかくれ、モニカ!」
「……ッ。説明している暇はないから、簡単に! ゼレが魔装を抜いたら、次に目に入った相手を必ず殺して!」
「なん――!?」
耳を疑うような指示であった。これ以上にないほど、明確な殺人教唆である。
モニカの指示をヴァンが聞くのと、ほぼ同時。
リナ、ヴィクトリア、ヴァン、モニカ。この四人が揃ったことを確認したゼレは、にやりと笑う。
「揃いましたか。では――魔装抜剣、《
ゼレが抜いたのは、一振りの
だが、《揺動の騎槍》は魔装である。ゼレにとっての窮地とも呼べるこの状況をひっくり返すだけの能力が存在していた。
矛先が鈍く光り輝き、不気味な音が脳を揺さぶる。目を閉じようと、耳を塞ごうと――相手の魔力を揺さぶり、幻覚を見せてくる魔装だ。
その幻覚を打ち破るには、目の前に現れた相手を殺す。これだけでいい。
己が殺さなくてはならない相手。その存在が眼前に現れることを覚悟し、モニカはゆっくりと瞼をあげる。
「ああ――――」
願うなら、二度と見たくなかった顔がそこにはあった。
ハッピーエンド。自分の目指す先には、どうしたって犠牲が出る。
いつか、こうして己の罪と向き合わなければならないと知ってなお、モニカは止まれなかった。
楽な道はいつだって用意されていたのだ。その道標はモニカの目指す先とは決して交わらず、彼女が一方的に知っているだけの赤の他人を犠牲にする道だっただけで。
なんの因果か生まれ落ちたこの世界は、どれを選んでも地獄ばかりだった。
それでも、生まれて生きることを選んでしまったのなら――モニカに許されたのは、やはり地獄を選ぶ権利ばかりだった。
だから、選んだ。
少しでも納得できる、
「久しぶり。しばらく見ないうちにずいぶんとらしくなったね」
その覚悟を鈍らせるように――切り捨てた犠牲が、少し寂しそうに優しく笑っていた。
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