第148話果たさねばならぬ宿願

 どこで間違えた? まるで盤上の詰みを悟った勝負師のように、ゼレは分離剤の副作用による傷で痛む身体に鞭打って走りながら考える。


 バニス・ライラックが返り討ちにあった相手だ。正面衝突は避け、《悪魔の指輪》による偵察、後に亡霊の戦闘力次第で自分が相手をするか、エルシャにぶつけるか――いずれにせよ、自分は安全である。そのはずだった。


 自分で一から組み立て、誰にも気取られぬ速度で展開した策である。勇者の亡霊が介在する余地などなかったはずだ――ゆえに、ゼレは己の過ちに気付けない。


 事実、ゼレに策の上で過ちなどなかった。ドルガー村を餌にシャロン・ベルナとそのを誘導し、勇者の亡霊を釣る。そこまでは上手く機能していたのだから。


 いや、


 なにせ、当初の段取りではドルガー村の異変は学園のクエストボードに掲示し、件のメンバーに依頼という形で出撃させるはずだった。


 それが、どういうわけか彼らはなにを察知したのか、村人たちが合成剤によって化け物に変えられたに村へ現れた。


 イレギュラーではある。だが、対処できないほどの問題ではない。むしろ、村人たちを化け物に変えることでするという目的は果たされたのだから、ゼレにとっては誤差程度の問題であった。


(ロゼアン様が人間の前で人の姿を晒してしまったうえに、目撃者を生かしてしまった――その後始末も兼ねた策だったのですが……!)


 こうして「魔族が人間の姿に化けられる」という事実を知る一般人は一掃できた。


 あとは《悪魔の指輪》でバニスと相対し生き延びた学生勇士を殺し、シャロンを囮に勇者の亡霊を始末する。それだけの、簡単な仕事だったはずだ。


(……仮に奴があの策を察知していたのならば、もっと早くに村人を助けるはずです。それが、まるで学生勇士の到着を待っていたかのようなタイミングで――)


 たまたまだろうか? あり得ない、とゼレは断ずる。ことここに至って、偶然や運命、ましてや奇跡などで自分が窮地に立たされているなど、ゼレには考えられなかったのだ。


 だから、「勇者の亡霊も」と結論づける。


 だが――それこそ不可解である。


(我々魔族が人間に擬態できる、という目撃者は一人でも多い方が奴の利になるはずです。奴にとって彼らを生かすがあるのでしょうか?)


 背後より己を追い詰めようとする学生勇士たちの気配にゼレは舌打ちする。アルタリオンと名乗ったあの小柄な化け物に比べれば、人間に少し毛が生えた程度の学生勇士など赤子も同然である。四人程度の戦力など、満身創痍であっても負ける道理はない。


 父の稼いだ時間には、まだ幾許かの猶予があるだろう。ゼレは逸る気持ちを抑えつつ思考を続けた。


(奴にとって、村人を生かすデメリットを無理矢理ひねり出すとすれば、やはりという点でしょうか)


 不可解なほどに少ない、勇者の亡霊の目撃談。唯一、シャロン・ベルナの「魔族を凌辱することすら厭わない巨漢の悪鬼外道」という情報だけ。とてもではないが、先程のアルタリオンと名乗った銀髪の小柄な――――――。


(待て)


 気付いてはいけないような、しかし気付かねばならない――不気味な点と点。伸ばし、結び付けてはならないと理解しながらも、しかしゼレの脳は思考を続ける。


 唯一、勇者の亡霊について報告できた人物。


 己の姿を目撃されて困る勇者の亡霊。


 アルタリオンと名乗った、


 馬鹿げている。しかし、ゼレの馬鹿げた考えを証明できる犯人の正体は、次に浮かんだ疑問によって証明される。


 さて――シャロン・ベルナは今、どこにいる?


(あり得ません! 前提が荒唐無稽すぎます! !?)


 だが、この状況でシャロン・ベルナは行方不明である。学園生活においてはバニス・ライラックの部下が監視し日々報告していたと聞くが、《恋人の盟約》を魔族が失って以降の情報はこれで信じられなくなった。


 馬鹿げている。本当に。


 なにせ、この前提が正しいのであれば。


 シャロン・ベルナは、いくつもの神聖兵装を同時に操り、かつ魔装を持ったロゼアン・カリストを素手で殺しうる能力を持ち、人間と魔族の目を欺く狡猾さを持ち合わせ――ということになるのだから。


(子供の身でありながら……! 己の正体を知った人間ならば、嬉々として犠牲にできるというのですか!?)


 まさしく、ドルガー村の人間が魔獣になる様をシャロンは待ちわびていたのだ。己の正体を知っている、という懸念点が自ら手を汚すことなく払拭できるのだから。


(仮に、その考えが正しいとすれば……次に奴が狙うのは――!?)


 己の優秀さが裏目にでた。


 ゼレの目に映るのは、この学園の中で己の職場であり、作業場であり――脳のすべて。


 研究棟。その中には、ゼレがこれまでに進めた魔族を蘇生する薬のみならず、合成剤を可逆にする分離剤、そしてなにより。




 今、魔装を阻害する毒霧に包まれた大都市国家、エセルに侵攻するために開発された蒸気兵装の設計図とその試作品が置いてある。




(蘇生薬、分離剤、蒸気兵装……! そのどれもが奪われてはなりませんッ!)


 タイミングが良すぎた。本当に、それは魔族が最も苦しむタイミングだ。――シャロン・ベルナは、ゼレ・フォニカがすべての研究を終えるを狙っていたのだ。




「気付いたようだなァ?」




 気のせいだ。幻聴だ。聞こえるはずがない。


 今、ゼレの耳に聞こえた鈴を転がしたような少女の声は、きっと恐れが生んだ風の悪戯だろう。


 それがたとえ、人の身体を通って吐き出された吐息のように不気味な温もりを孕んでいても。


 耳朶を撫でたその風は、ここにあるはずのないものだ。


 そうでなければならないのだ。なにせ、もしもゼレの恐怖が幻でないのならば……ゼレの父、ルドリ・フォニカはまさしく犬死にであるからだ。


「……!」

 

 一瞬、耳朶を撫でた風の行方を探るように見回すが――いない。いるのは、自分の後方にて疲労困憊の身を叱咤し、必死の形相で追いかけてくる学生勇士どもだ。


「まだ、私は死ぬわけには……!」


 たとえ父を犠牲にしてでも、果たさねばならない宿願がゼレにはあった。


 魔力が足りず、その身に父の魔核を受け入れ、そして知識という分野で紅魔臣の座を手にしたゼレ・フォニカという女にあるのは――親友を殺害した犯人を捕まえ、薄汚い手によって奪われた魔装を取り返し、そしてこの手で殺すという、汚れないたった一つの願いだ。




 その魔装の名は――《戦車の凱旋》。

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