第82話必罰の恋7
アルタリオンの仮面——戦勝祭では、どこの店でも扱っている木彫りの仮面である。しいてこの仮面の特徴をあげるのであれば、アルタリオンの伝説通り、瞼と口の部分にに糸が通され、鼻が削がれている点だろうか。
言うことを聞かない子どもの躾に、親が買うのが戦勝祭の風物詩である。それを子どものシャロンが欲するのは、少々異様とも言えた。
「……あー。その、なんだ。金のない俺が言うのもなんだけどよ。なにか欲しい物はないのか?」
せっかくの祭りだというのに、俺まで(当然と言えば当然だが)事情聴取を受け、気付けば日が傾き始めている時間になってしまった。
その間まで、シャロンはアダムさんから接待を受けていたらしいが、それでも戦勝祭を楽しめたとは言い難いだろう。
「そろそろ花火が始まるのに、お金のことを思い出すなんてお兄ちゃんは風情がないね。せっかくいい場所を取れたんだから、今はそれでいいよ」
アダムさんと別れてしばらく、俺とシャロンはこれから始まる花火を見るため、町の展望台で軽食をつまみながら時間を潰していた。
周囲が家族連れやカップルで賑わう中で、恋人代理の子ども連れという、あまりにも悲しすぎる現実が肉詰めのパンにいい塩味を出してくれる。くそが。
だが、長かった一日もこれで終わりだ。さすがにもうなにかが起きることは無いだろう。
「あ」
しかし、その期待を裏切るように、シャロンはなにかを見つけたのか、俺の頭をぽんぽん叩いた。
「おーい、もう厄介ごとは勘弁だぞ。花火だってもうすぐ始まるんだ、大人しくしていようぜ。な?」
「そう? 私は別にいいけど。でもあそこにいるお姉ちゃん——イフお姉ちゃんじゃない?」
「なにぃッ!?」
シャロンの指差す方向に——どこだ——目を細め、「ほらあそこ。赤い屋根の建物の下」と言われ。ようやく、豆粒のような小さいイフの影を捉える。
「お前……マジで目がいいな。あんなのよく見つけられたもんだ」
「お兄ちゃんと違って若いからね」
若いというか、幼いというか。……ん? さりげなく俺を年寄り扱いしたのか?
「お前な——」
「わーお。イフお姉ちゃん、3人も男の人連れてるね。モテモテだぁ」
文句を一つ言いかけた俺の台詞を遮るように、続けてシャロンは状況を報告してくる。
そんなことを聞かされても、どうしようもない。そもそも、イフが他の男たちと関係を持っていることくらい承知で告白したんだ。
「回復魔法が使えると、男女の関係も付き合いの内になっちまうからな。……だから、あんまり大声でそういうこと、他のやつに言っちゃ駄目だぞ」
「ふぅん、じゃあヴァンお兄ちゃんのも付き合いなの?」
「おいおい。俺の恋はもうビンビンに真心だぜ。……って言いたいところだが。他の男の気持ちを下に見るつもりはねえぞ。もちろん、負けるつもりもないがな」
「そうなんだ。なら、様子を見に行く、なんて選択肢はもちろん無いよね?」
「……………………おう、もちろん」
我ながら、あまりにも説得力のない否定の言葉であった。
だってそうだろ! 好きな女子が他の男を連れて祭りの日に出歩いているんだぞ!? これで気にならないって言える方が異常だろ!
「あーあー、お兄ちゃんさいてー。私とデートしているのに他の女の人のこと考えるんだー」
「ここでその設定を持ってくるのは卑怯だろ!? お前は俺をどうしたいんだ!」
「それはこっちの台詞だよ。もー、イフお姉ちゃんが気になって花火どころじゃないお兄ちゃんとデートなんてつまらないし。お兄ちゃんこそ、イフお姉ちゃんの様子を見に行ったら?」
「……あのな。お前を一人にしてどっかに行けると思うか? ガキが一人でちょろちょろ動き回れば即迷子のご案内だ。監督不行届でイフからの好感度が下がるのは御免だぜ」
「人生の迷子みたいなお兄ちゃんに言われてもねえ……」
「7歳児が人生のなにを知っているんだよ!?」
そりゃあシャロンの人生が波乱に満ちたものだったことは否定しないが! なぜ恋路一つで迷子の烙印を押されなきゃならんのか。
「……ああくそ、分かったよ。少し様子を見てくるだけだ。すぐ戻ってくるから、絶対にここを動くなよ! 花火が打ち上がるまでには帰ってくるからな!」
「そう言ってすぐ戻って来た人っているのかな?」
「だまらっしゃい! いいか、絶対に動くなよ!」
「はいはい。もー、さっさと行ってきなよ。私はここで待っているからね」
肩から降りたシャロンにしつこく言い聞かせ、俺は急いで展望台を後にした。
その途中。人混みに消えていくシャロンが——アルタリオンの仮面をゆっくりと被り直したその姿が。
なぜだか、とても印象に残った。
◆
「……例の噂、誰が流しているのか。そろそろ絞り込めた頃でしょ。いったい誰なのか、教えてもらえないかな」
人目につかないよう、入り組んだ裏路地にて。イフは《恋人の盟約》に囚われた男子生徒へ静かに問う。
現在、学園で流行っている噂。学園に潜む魔族にとって、厄介極まりないその噂の出所を捜索しておよそ1ヶ月の月日が経っている。
そして、ようやく。その尻尾を掴んだ。
「ああ。出所の候補はいくつか絞っているが……有力なのは、モニカ・ハウゼルっていう女子生徒らしい」
「……へ? モニカ・ハウゼル? いや、それは……あんな劣等生が? ちょっと信じられないかな……」
男子生徒の口から告げられたその名前に、イフは首を傾げずにはいられなかった。
モニカ・ハウゼルの名は、リナやヴィクトリアといった有力な生徒の中に埋もれたものであった。イフが辛うじて覚えていたのも、そういった力のある生徒の近くによくいたこと、そしてモニカ自身の特筆すべきほどの「劣等生」という称号があったからだ。
……そんな生徒が学園の秘密に気づいた、など。イフには信じ難い事実であった。
だが、同時に。これだけ入念に調べて、1ヶ月も名前があがってこなかったのは、モニカのような劣等生を除外していた点もある。
「……でも、それなら。勇者の亡霊との繋がりがありそうなシャロンも近くにいるし……。有力候補にはなる、のかな」
顎に手を当て、イフは思考する。噂は女子寮から出たものに間違いなく、有力な学生は噂の発信源にならなかった、とすると。やはり——。
そこで、イフの思考は中断することとなった。
否、正確には。
「面白そうな話をしているじゃねえか。なァ、俺も混ぜてくんねえか?」
背の高い建物の、屋根の軒先。その裏側に、まるで重力に逆らうコウモリのように。
なにかが、立っている。
「誰だッ!」
「誰だ、とは。ご機嫌な質問だなァ、おい。この祭りの主役じゃねえか」
男とも、女とも。若さも、老いも感じ、そしてそのどちらも感じない不思議な声。
その声の主は、己の仮面を指で小突きながら、嘯く。
「神様の面に泥を塗った神敵、アルタリオン。それが俺の名前だぜ?」
——看破スキルに成功しました。
——対象、アルタリオン。
——称号、《神罰を恐れぬ者》。
イフの脳内に響く、看破スキルの報告。瞬時にそれが、相手の演技スキルに敗北したことをイフは悟る。
あの、不気味な声。肌が粟立つほどの威圧感と、地面に足を縫い付けられたと錯覚を抱くような恐怖。
間違いない。奴は——!
「勇者の亡霊!?」
「誰だァ、そいつは。知らない名前だなァ?」
その表情は仮面に隠されて読めないが。しかし、イフは確信していた。
嗤っている。その証拠に、亡霊は懐よりその証拠を——いいや、戦利品を——引き抜いた。
「聖装抜剣。くく、動けるもんなら動いてみなァ!」
頭上より、光が浴びせられる。
神聖兵装《隠者の角灯》。それは、今は亡きイフの同胞——バリー・ジェスタンの所有していた神聖兵装であった。
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