第81話必罰の恋6

 3人のクソガキによる強盗未遂事件の幕はこうして閉じられた。


 情状酌量の余地はある。怪我人が出なかったこと、襲われた商人に被害がなかったこと、そして3人が神聖兵装を手に入れてしまった経緯……。学園でしごかれることは間違いないだろうが、罪人勇士にまで堕とされることはないはずだ。


 もちろん、3人が悪意をもって勇士を殺し、神聖兵装を奪った可能性は否定できない。が、客観的に考えれば神聖兵装を持った勇士を子どもが殺せるだろうか? それも戦闘向きの神聖兵装が3つ。百歩譲って不意打ちや罠にはめたとして、その知力があるなら白昼堂々の強盗などするだろうか。


 ……俺は、あいつらを信じたい。というよりは、神聖兵装を託した先輩たちの想いを、罪人勇士という形で終わらせたくなかった。


「もー。財布まで渡しちゃうなんて、お兄ちゃんはお人よしだね」


「貧すれば鈍するってな。生きるだけの金があれば、普通の人間は誰かを傷つけてまで金を奪おうとはしないんだよ。それくらいは……ま、未来の後輩にしてやるくらいの甲斐性は見せねえとな」


「ふぅん。でもいいの? 代わりにお兄ちゃんがびんぼーになっちゃったけど」


「学生勇士なら衣食住に不自由することはないしな。そこまで困りゃしないさ」


「じゃなくて。まだ私とのデートは続いているんだよ? まさか、びんぼーを言い訳にしたりしないよね?」


「……おい嘘だろ。この流れで俺から毟り取ろうってか!?」


「嫌だなあ、毟り取ろうだなんて。お兄ちゃんの甲斐性が見たいだけだよ、私はね」

 

 靴下を履き直しながら、シャロンはくすくすと笑う。


「なんてね。安心して、お兄ちゃん。私もそこまで悪い子じゃないよ。お金以上の価値があるものならちょっと持っているし、懐の寒いお兄ちゃんから毟り取ろうなんてしないよ。私はかいしょーがあるからね」


「……お金以上って、まさかその赤い石ころじゃないだろうな?」


「あはは、まさか。こんなクズ石、なんの価値もないよ。これは個人的に集めていただけ。ただの趣味だよ」


 その言葉通り、赤い石を鞄にじゃらじゃらと詰め込むシャロンの手つきはぞんざいであった。……本人の言葉通り、そこまで価値のないものなのだろう。


「じゃあ金の代わりになるものって……」


「ふふん。すぐに分かるよ」


 得意顔でにやりと笑うシャロンの言葉通り、それはすぐに答えとなって俺の目の前に現れた。


「おお、誰かと思えば! 嬢ちゃんじゃないか!」


 まるでこちらを知っているかのように、恰幅の良い男が手を振って近寄ってくる。……というか、襲われていた商人のおっさんじゃないか。


「おじ様! やっぱり、おじ様だったんですね! お怪我はありませんか?」


 どうやらシャロンの知り合いだったらしい。……聞いた話では、シャロンの身の上はかなりハードだったらしいが。そんな子どもが、なぜ商人と親しげなのか。


「ああ、この兄ちゃんのおかげでな。もしかして、嬢ちゃんの知り合いかい?」


 そう言って商人のおっさんは俺とシャロンを交互に見る。


「はい! こちらのお兄ちゃんはヴァン・ハンター先輩です。すっごく強くて頼りになるお兄ちゃんなんですよ!」


 ……改めて、言うことでもないが。シャロンはである。しかし、それは聞き分けが良く、同年代と比較して落ち着いているという話であって、個性という面では年上相手でも物怖じせず揶揄う悪癖——よく言えば豪胆さ——を持っている。


 そのシャロンが、俺を「すっごく強くて頼りになる」だと?


「なるほど、すっごく強くて頼りになるか! ははは、あの戦いぶりといい、嬢ちゃんが言うなら間違いない! さっきは助けてくれてありがとう、お陰で助かったよ!」

 

「ああ、まあ……お怪我がなくて何よりです。人々を守るのが俺たち勇士の仕事なんで。……おい、シャロン! こちらのおじ様とお前の関係を教えてくれないか!?」


 情けないことに、おっさんの圧に屈した俺は堪らずシャロンに話を振る。


 そんな俺の情けなさに呆れたのか、一つこれ見よがしな溜め息を吐いてシャロンは端的に説明してくれた。


「おじ様は私をずっと遠い田舎から聖都まで案内してくれた恩人だよ」


「ははは、案内だなんて。魔獣や魔族の蔓延る危険な道を一緒に旅をした仲間さ! では、ヴァンくん。改めて挨拶を。私はアダム・ドートと申します、ダリオン商会に所属する一商人でございます。以後、お見知り置きを」


 先程までの人のいいおっさんの表情がすっと消え、一瞬で商人の表情に変わる。……なんだろうな、理知的なロイ先輩が盾を構えたときに感じる温度差の違い、とでも言おうか。


 確かに神聖兵装を用いた——否、腕っぷしの戦いなら、おっさんに負けはしないだろうが。なにか、それ以外の部分で俺はこのおっさんから不思議な力を感じずにはいられなかった。


「ね、ね! おじ様もお祭りに合わせてお店を開いているんでしょ? 少し見ていってもいいですか?」


「ああ、もちろん! 幸い、商品にも被害は無かったからな。祭りも佳境に入ったところだ、ここで店を閉めるわけにもいかないだろ!」


 商魂逞しいことに、アダムさんは店仕舞いを見送るらしい。とはいえ、事情聴取があるため、アダムさんは店番から少し離れる必要があるのだが……。


 「店番は若い奴らに任せるから、お嬢ちゃんは好きな商品を選んでくれ。お代は気にしなくていいからな!」となんとも太っ腹な言葉を残して、下位教守官による事情聴取のため、この場を離れてしまった。


「……おい、シャロン。まさかとは思うが、お金以上のものって……」


「ふふん。人との縁ってお金じゃ買えないよねー」


 なに達観したようなことをほざいているんだ、このチビは。


 しかし、聖都ロンドメルまでの旅路を共にしたという話はホラではなく、この日のために間借りされたと思しき店内をシャロンが歩けば、店員の誰もがシャロンを可愛がる。いや、確かにシャロンの容姿はかなり可愛い部類だが、この愛され方は異常じゃないか?


「食品系は売って、今は雑貨とか装飾品が多いね。店員さーん、この赤い石が使えそうなネックレスとか指輪ってありますかー?」


「店員さんだなんて他人行儀ですね、お嬢。以前のように名前で呼んで下さってもいいんですよ?」


「とか言って、呼んでほしいだけなんじゃないんですかー?」


「はっはっは!」


 なんて、和気藹々としているし。いや素寒貧だが、俺も一応客なんだけどな!?


「なんだ、その赤い石を飾りにネックレスや指輪を作りたいのか。……なんか、悪かったな」


 まさか、金もないのに冷やかすわけにもいかず。手持ち無沙汰を誤魔化すために、宝石の抜かれたネックレスや指輪を吟味するシャロンに声を掛けた。


「いいの、いいの。この石は全部死んでいるからね」


「……死んでいる? なにかの比喩か? それ」


「そんなとこ。本当に気にしなくていいよ? あの場でお兄ちゃんを助けることに比べれば、何個砕けたって問題なかったんだからね。それに、どうせすぐ集まるだろうし」


 こちらを見ることなく、その上でこちらを気遣う様子もなく。自然体のまま、シャロンは俺の謝罪をやんわりと遠慮した。


 さして時間を掛けることなく、シャロンはいくつかのネックレスと指輪(そのどれにも宝石や装飾のない、どう見ても無価値なもの)を選び、「よし!」と腕いっぱいに抱えて店員に「これくださーい!」と告げた。


「え、お嬢……。もっといいネックレスを扱っていますが、本当にこれでよろしいのですか?」


「うん。ちょっと図工がしたくなって。こんなにいっぱい持っていったら迷惑かな?」


「迷惑だなんてとんでもない! むしろ、私どもが旦那様にどやされますよ。タダだからってガラクタをお嬢に押し付けたのか、って。あ、少々お待ちを。先日、面白い物を仕入れたんですよ!」


 店員はなにやら別室に行ったかと思えば、高そうな木箱を抱えて戻ってくる。中を開けてみてみれば——おい、マジか。


「こちらとかいかがですか? ほらこれ、《不死鳥の羽根》というもので。なんでも死を一度だけ肩代わりするという——まあ、未使用なので効果のほどは眉唾ですが——とにかく、縁起物ですよ!」


「うわ、本当に高いヤツだ。ちょっとタダじゃ貰えないかな。うーん、じゃあ代わりにアレ! アレが欲しいかな!」


 そう言ってシャロンが指差したのは——アルタリオンの顔を模した仮面であった。

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