第80話必罰の恋5

 「自分より強い相手は過大評価し、自分より弱い相手は過小評価する。お前の悪い癖だ、ヴァン」——世話になったロイ先輩の言葉を思い出す。理知的な雰囲気を出しているくせに、《月の盾》でボコボコに殴ってくるおっかない先輩だ。


 今は亡き、尊敬してやまない先輩の言葉をどうやら忘れていたようだ。ただの一人も被害を出さずにこの場を収めた安心感が、致命的なミスを生んだのだろう。


 神聖兵装《小鬼の鬼面》を被ったクソガキ3号が、ゆらりと立ち上がる。先の一撃は、完全に意識を刈り取っていたはずだ。だが、奴は俺の予想を一歩だけ超えていたらしい。


「押し付けられたんだよ、俺たちは! 奪うために殺したんじゃない! お前ら勇士がこの武器を魔族に奪われるくらいならって……! そのせいで、俺たちは魔族にずっと狙われて……ッ!」


 理性が押し潰されそうになっていく中で、クソガキ3号は悲鳴にも似た咆哮をあげる。


 神聖兵装の特性を理解している勇士は、瀕死あるいは戦闘不能と自ら判断した場合、魔族の手に渡るのを防ぐために神聖兵装を託す場合がある。一般人を巻き込むうえに、神聖兵装が散逸する恐れから重大な規律違反になるが……それでも先輩方は、神聖兵装をこのクソガキどもに託したのだ。


 いきなり扱えもしない神聖兵装を渡されて、魔族に狙われ続け、辿り着いた聖都ではお祭り騒ぎ……彼らの目には、この世界がどう映るだろうか。


 事情はある。誰にだって。それがたまたま、悪い方向に噛み合っちまっただけなんだ。


 「でも、どんな相手でも全力で挑むスタイル、俺は嫌いじゃないぜ! ヴァン!」——世話になったケイン先輩の言葉だ。《太陽の剣》の持ち主らしく、いつも明るく、あの輝く剣で前線を切り開いた俺の目指すべき先輩だ。


 勇者は死に、頼りになる最強の二人ももういない。それでも魔族と絶望は、日増しに強くなっていく。そんな絶望に飲まれちまったこいつら3人の辿る道は、罪人勇士か、それともここで殺されるべきなのか?


「——だと、しても!」


 夜空のように絶望は暗く大きく。希望は星空のように小さく瞬く。届かないと知って、見失いそうになるような光に手を伸ばす、そんな俺たち人間の姿は滑稽か? 魔族ども。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 ——俺はそうは思わねえッ!


「奇抜なファッションは校則違反だからな……! 入学前の身だしなみチェックだ! その不細工な仮面、今ここで脱いでもらうぜ!」


 《小鬼の鬼面》によって、身体の筋肉が数段膨れ上がり、仮面の目元から白目をむくクソガキ3号に飛び掛かる。


 大勢の人の前で神聖兵装を抜いたこいつらに、もはや戦いを避けて生きることは不可能だ。だが、俺がこいつらの味方になってやれば、罪人勇士にまでは落ちないだろう。


 なってやるしかねえんだ。こんな絶望の中で、俺だけでもこいつらの希望に!


「死ぃッ、ねええええええええッ!」


「先輩に対する言葉遣いも……教えてやるよッ!」


 なんのスキルの恩恵も受けていない、大振りの右腕を左腕で受け止める。ある程度の痛みは覚悟の上での防御だったが、みしり、と軋むような嫌な痛みが腕から肋骨に掛けて響く。


「ぐ、お……ッ! だがッ!」


 取った。理性を喪失したことが幸いとなって、見切るまでもない一撃を掴み、密着の姿勢となる。これでお互いに体重を大きく動かすような渾身の一撃は放たない。


 そして、俺の勝利条件はこいつから《小鬼の鬼面》を剥ぐこと。


 慢心はしない。ここで一気に決着を——!


「くそったれが、入学前から手を焼かすんじゃねえ!」


「仮面に……触るなああああああああッ!」


 《小鬼の鬼面》に伸ばした右腕を、がっちりと掴まれる。素の膂力差であれば圧倒できていただろうに、《小鬼の鬼面》による恩恵を受けているクソガキ3号の腕力は、絡みついた大蛇のごとく俺の右腕を抑え込んでいる。


 くそッ、あと一手が遠い……ッ!




「それじゃあ靴下を二つ、貸してあげるね」




 そんな可愛らしい声が聞こえてきた瞬間だった。


 なにかが《小鬼の鬼面》に直撃し、そして仮面の剥がれたクソガキ3号の無防備な顎を撃ち抜いた。


「へっ、あえっ?」


 意識を再び失うこととなった、クソガキ3号の間抜けな悲鳴さえも耳に入らなかった。なぜなら、それ以上の間抜け面を俺自身が晒しているからだ。


 ……今、なにが起きた?


「やったぁ! あったりぃ! えっへん、リナお姉ちゃんとヴィキお姉ちゃん以外にも、綺麗な女の子はここにいるでしょ?」


 そう言って、シャロンは可愛らしくピースサインをしているが……今のは、シャロンがやったのか?


 《小鬼の鬼面》とクソガキ3号の顎を撃ち抜いたのは、やはりシャロンの靴下だった。当然、ただの靴下じゃない。













 ぎっしりと、が詰まった靴下だ。


















 なんだ、この石。シャロンのやつ、こんなものを鞄に入れながら人の肩に乗っていたのか。……じゃなくて。


「あっぶないでしょーがッ! 《星の矢》の結界に入って来て! そんでおまっ、こんな物騒なもんの作り方、誰に習ったァ!?」


 簡易的な棍棒、あるいは投石機とでも言おうか。シャロンの用いた武器は、筒状の布類に石や砂を詰め込んで、殴る、または投げることで威力を発揮する凶器だ。


 この武器の恐ろしいところは、身近なもので活用できることと子どもでも扱えてしまう利便性にある。なにせ、林檎一回分の重さでも遠心力をつけてしまえば、容易に人の骨を折る程度の威力を発揮してしまう。


 リナか? ヴィクトリアか? いや、あの二人はないだろう。まさか、イフ? いやいや、惚れた女にそんな物騒な一面が……まあ、あっても愛するけどさ。


「んー? モニカお姉ちゃん」


 あいつかよ。


「あいつ、アルタリオンのことは知らないくせに、なんつー知識をシャロンに吹き込んでんだ。……まあ、助かったのは事実だ。だけどな、二度とこういうことするなよ! 今回は運が良かっただけだ!」


「はぁい」


「……お前のことだから、心配はしてねーけど。人に向けるなよ、こういう……玩具は」


 武器、と出かかった言葉を、玩具という言葉で濁す。まだ、勇士どころか学生勇士未満のシャロンに、人を傷つけたかもしれない、という現実を教えるのは……なんだか残酷な気がしたのだ。


「うん、約束するね。向けないよ」


 まるで、人以外には躊躇なく向けると言外に告げるように。シャロンは無邪気な微笑みのまま、聞き分けよく頷いた。

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