第65話チンピラ、戦果を確認する。

「んー、爆発に巻き込まれた運のいい連中は5匹か。思ったよりちょっと火力が強かったな」


 俺の目論見通り、ノードスは爆弾の役割をきっちり果たしてきたようだ。さてさて、俺の正体を紅魔臣に伝えることはできたかな?


「5人……! 5人もエルシャとバニスの目の前で魔族を殺したの!? そもそも、あの場には共生派の魔族だっていたのよ!?」


 共生派の魔族——それは人類と本当の意味で共存共生しようとしている反魔王勢力である。ようは、魔族にとっての裏切り者たちだ。


「おいおい、人の失敗みたいに言ってくれるなよ。爆発させない選択肢だってあったし、あの火力だって回復魔法を掛けた馬鹿が力み過ぎたせいだ。つまりなァ、この結果を選んだのは全部連中ってことなんだよ」


「そんな……そんなわけないでしょ!?」


「そんなわけない? ああ、そうかもな。だがそんなことは、どうでもいいだろ。……ま、見た目だけは人間っぽいから気に病むお前の心情も理解はしてやるよ。そう深く考えるなって。農作物を荒らす害虫に殺虫剤を吹きかけるのとなにも違いやしないさ」


 野放しにしていれば人間を殺す魔族を、魔核で5匹殺せたんだ。こいつを喜ばずしてなにを喜べってんだ?


「でも共生派の魔族が……!」


「心配性だな、お前も。前世はともかく、この世界の俺が運の要素でしくじることはねえよ。きっと、頼まなくても連中は紅魔臣が守ってくださるだろうさ」


 この世界において、ステータスとは可視化された絶対の法則である。LUCもそのうちの1つ。そして俺は運が——否、


 そもそも、あの魔核爆弾で紅魔臣の2人が討てるとは俺も思っちゃいないし、間違っても死なないように火力の調節はしたつもりだ。それに爆破までの時間も。エルシャの魔装とバニスの身体能力なら、ぎりぎりとはいえ猶予はあっただろう。ああ、もちろんノードスを助けられるような時間は与えねえけどな。


 俺の狙いは最初から光属性の爆破でなるべく多くの学生魔族を生き残らせることだ。


「ふふっ、くくく、今頃聖堂の地下室はどうなってるかなァ。絶対に治らない傷を負った部下をバニスは殺せるかなァ? それとも貴重な紅魔臣の力を生命維持のリソースにするのかなァ? 俺はどっちでも構わねえが、連中の愚鈍な頭でも理解してる頃だろ? どっちかは選ばなくちゃならねえってことくらいはよ」


 エルシャとバニスに許された選択肢はその2択だ。もっとも、「死に行く部下を見殺しにして、神聖兵装が俺の手に渡るのを指を咥えて見ているだけ」という選択肢がないわけでもないが。


 「仲間を殺すか」、「紅魔臣のリソースを割くか」、「勇者の亡霊に神聖兵装を渡すか」。良かったなァ、バニス。選択肢は選り取り見取りだぜ?


 連中がなにを選択したとしても、こちらに損はない。対処の方法が少しばかり変わるだけだ。


 俺は寛大だからなァ、詰ませたあとならいくらでも選ばせてやるさ。王の駒が一歩も動けなくなったとしてもな。ただし投了だけは許さねえ。徹底的に叩き潰し、泣き喚いて己の罪を悔い、許しを乞うたところで必ず殺してやる。


「……これから、どうするのよ」


 頭を抱えるモニカは、もはやお手上げと言わんばかりに言葉を絞り出す。


「あん? そりゃこっちの台詞だぜ」


 間抜けな質問ではあるが、行動の指針は再確認しておかねえとな。


「モニカ。お前はこれからどうするんだ? ハッピーエンドを目指す、ってのはいいがな。そいつは考えなしに俺と行動してれば手に入るもんじゃねえ。いや、人類側にも裏切者がいる以上、俺に付けば難しくなるかもな。お前の言う、共生派だっけか? そっちの魔族に付いた方がなにかと動きやすいだろ。――俺はそう思うんだがな」


 紅魔臣の配下につく魔族を相手に、なにかとビビっているモニカだが……共生派ならばいきなり取って食われることはないだろ。


「……待ってよ! もう用済みだからって手を切ろうっていうの!?」


「はは、勘違いするなよ。俺は別にどっちでもいいんだ。ただ、俺のやり方に文句があるみたいだったから、より良い未来を提示してやったまでだ。それでも俺に付くって言うなら……」


「……あんたのすることに口を出さないように、私のすることにあんたも口を出さない。でしょ」


「その通り。出来の悪いおつむでも、さすがに忘れちゃいねえか。ひとまず安心したぜ」


 だから、というわけじゃないが。俺のいない場でモニカがカルラになにを忠告しようと、俺は口を出さなかったのはそういう面もある。まあ、どうせ殺すからカルラがなにを聞いたところで問題はないわけだが。


「言わなくても分かるとは思うが。こいつは俺からの最後の確認だ。魔族全員がそろって改心でもしねえ限り、俺と魔族の敵対関係が変わることはねえ。……いいか。俺が、じゃない。お前が俺と手を切る最後のチャンスは、ここなんだぜ」


 屍山血河——いや、魔族は屍も血も残らねえから、ただの山と川を築くだけの旅路ピクニックだが。ピクニックは楽しむものだ。血生臭い旅が嫌いだというのなら、自分の道を探したほうがいいんじゃないか?


「……いまさら鞍替えなんてするわけないでしょ。最初から魔族も人間も全員を救ってハッピーエンドなんて不可能よ。それでも、可能な限り私は両方助けたい。悔しいけど、シナリオが崩壊している今、頼れるのはあんたの力だけなの」

 

「んふ。えー、モニカお姉ちゃん、褒めてくれているんだ?」


「褒めてない! あと原作みたいな声で喋るな! 私は騙されないわよ!」


 頼られているのは俺の力であって、俺の正義感じゃない。ああ、それでいい。これで「魔族と人間を助けるために力を貸して」と言わないあたり、こいつもこいつなりに成長しているらしい。


「そんじゃまあ、話がまとまったところで。次の手を打つとするか」


「次の手?」


「ああ、先生方も俺たちの話が聞きたくて首を長くして待っているだろうし、今日一番の功労者をこのままってのも良心が痛むからなァ。さっさと帰ろうぜ」


 そう言って、俺はモニカのデカい尻を蹴り飛ばす。


「ちょっ、なにす——」


 モニカの無様な抗議の声は、虚空の中へ。正確には《至るための旅路》の中へと消えていった。


 ◆


 走る。ぼろぼろの身体を前傾させ、己の魔装を酷使して疾走する者が1人。


 カルラだ。己の身体を治すための魔力さえ、魔装に回して走り抜ける。今、彼女に余裕は何一つなかった。


(くそッ、あの劣等生を逃したのはマズい! いつから、どこまで私たちに知っていた!? くそッ、くそッ、あの化け物を撒くのに時間を掛けすぎた……!)


 これ以上の失態は重ねられない。しかし、状況はもはやカルラの手に負えるものではなかった。


 監視用の魔獣をすべてシャロンにつけていたのも誤算であった。《至るための旅路》のような、瞬時に移動を可能とする魔装もない。


 満身創痍の身体に鞭打って、カルラは疾走する。一刻も早く、紅魔臣バニス・ライラックにあの劣等生について伝えるために。


「私が学園に着いたときがあなたの終わりよ、モニカ・ハウゼル……ッ!」


 劣等生に出し抜かれ、自慢の速度ですら負け——失ったカルラの矜持を支えるのは、ただひたすらに純粋な、殺意のみであった。

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