第64話最悪にして最善の解決策
歴戦の紅魔臣でさえも予期することのできなかった、残虐非道の一撃。しかし、その一撃では紅魔臣を仕留めるには至らなかった。
エルシャの制止にバニスが驚異的な反応速度で対応した――それは確かに大きな一因だろう。魔核だけとなったノードスが、最期の力を振り絞って起爆を遅らせた――それもあるかもしれない。すべての状況を瞬時に理解し、魔装で己とバニス、それから一握りの学生魔族をエルシャが守った――それも状況を大きく好転させた要因に違いない。
しかし、決して勘違いしてはならないのは、この状況においてエルシャとバニスに幸運と呼べるものは全く無かったということだ。もっと言えば、エルシャとバニス、二人の紅魔臣を一度に爆殺しようなどと、勇者の亡霊は微塵も考えてなどいなかったのだ。
「バニスッ!」
「ああ、俺は問題ない! くそッ、ノードス……ッ!」
かつての部下の死を悼む暇など、バニスには存在しない。辛うじて、近くにいた二人の学生魔族を掴み、エルシャの背後へと回り込むのが精一杯であった紅魔臣には、次なる地獄が待ち構えていたからだ。
「やってくれたわね……。ロゼを殺したときは、もっと直接的だったのだけれど。神聖兵装を使いこなすまでの時間が早すぎるわ」
「感心している場合か! 重傷者はすぐに手当てを……」
爆発の中心にいた魔族の生存は絶望的だろう。ノードスはいわずもがな、彼の魔核は跡形もなく消し飛んでいる。
そこからわずかに離れれば、魔族の生存率はぐっと伸びる。床に伏している者が大多数だが、辛うじて息はあった。
魔核は無事なようだ――それならば、魔族は自身の回復能力でも回復魔法でも、復活の手段はいくらでもある。魔核さえ無事であれば、魔族に死という概念ほど縁遠いものはないだろう。
そう。そのはずだったのだ。
「バニス、様……。たす、けて……!」
「……っ!?」
銀の光は、それさえも許さない。
爆発による殺傷能力自体は、さほど大きなものではなかった。身を屈めるか、あるいは防御の姿勢さえ取っていれば、爆発に巻き込まれた魔族も火傷程度で済んでいたに違いない。見た目こそ派手ではあったが、やり過ごしてしまえば大きな花火玉が至近距離で爆発したようなものだったのだ。
そう。問題は、その
ノードスの魔核が爆ぜると同時に、銀の光が四方八方へと降り注いだ。夏の夜空で瞬けば、ちょっとした風物詩になったであろう。……その光が銀色でなければ、きっと魔族も楽しめたに違いない。
銀の光――それは、魔族を殺すためだけに存在する属性である。ロゼアンの魔核が、あらゆる回復手段を許されなかったように。
銀の光を直接浴びた学生魔族の身体は、まるで魔核が破壊されたかのように塵へと化していく。直撃を避けた魔核も、身体の崩壊を受けて亀裂が入っている。
「チッ。……これは歴代の勇者が振っていた聖剣と同じ属性のものね」
淡々とエルシャは学生魔族の患部を一目見て、すぐさま結論付ける。その表情は苦々しく、眼前の傷とロゼアンの魔核に付いていた、決して癒えない傷を重ねていたのだろう。
「そんな――」
そんな馬鹿な、と。言いかけたバニスは、その先を口にすることができなかった。
勇者の亡霊。それが生前の勇者とどのような関わりがあるのかは分からない。しかし、光の属性が再びこの世に存在することは紅魔臣として認めたくない事実であった。
同時に。
(俺の手の傷も、やはり……)
シャロン・ベルナの神聖兵装《無垢なる暴虐》に触れてから、一向に治る気配を見せない両手の傷。もし仮に、あのときバニスの知覚できない範囲で光属性をシャロンが扱っていたとしたら?
(考えなかったわけじゃないが……。それならば、人間の7歳児の身体で一つの神聖兵装を動かせるという大前提が必要になる……!)
ありえない。壮健な成人男性でも魔獣を殺さずに魔力解放を会得するならば、平均でも5年は掛かる。魔族ですら人から経験値を得ねば、その負荷で疲労困憊に陥ることだろう。
もし仮に。仮に、シャロンが神聖兵装を魔力解放することができたとして。ならば、その性能を偽る理由がない。それこそ、この学園が魔族に支配されていると勘付いていない限り、ありえないのだ。
では――この場を襲った、光属性はシャロン・ベルナと無関係なのか。それも、ありえないだろう。
光属性を扱えるのは、勇者の一族のみ。より正確に言えば、勇者が代々受け継いできた聖剣のみだ。それが魔族の手に落ちたことで、シャロンの《無垢なる暴虐》が新たに光属性を発現し、そして勇者の亡霊が入手した神聖兵装の中にも光属性を発現したものがある――その偶然を一言で結びつけるならば。
(やはり、シャロン・ベルナと勇者の亡霊は血筋が繋がっているのか?)
結論を言ってしまえば、振り出しに戻っただけだ。否、振り出しの結論が補強されただけであった。どれだけ探しても辿り着けない、シャロンの両親について。分かったことといえば、寒村の生まれであり、母とは死別、父は兵役に就いて以降の足取りが途絶えているということのみ。
当然、魔族の疑惑の目はシャロンの父に向けられている。「銀髪の男を見かけたら生かして捕らえろ」という命令が密かに下って以来、すでに20名の成人男性が捕まっているものの、その誰もがシャロンの父とは認められなかった。
「バニス、考え事は後にしましょう。今は……こちらの問題を片付けなくては」
「あ、ああ。怪我した奴らには回復魔法を……!」
「……なにを言っているの。言ったはずよ、これは光属性による範囲攻撃。ロゼの魔核についた傷のように、どのような手段でも回復は不可能よ」
「か、回復は絶望的だろうが、塵化を止めることはできるだろう!? ロゼアンだって――」
ロゼアンのように。後遺症はあるだろうが、しかし死ぬよりはマシだろう。しかし、そんなバニスの希望をエルシャは否定する。
「この人数全員に回復魔法をずっと掛け続けるのかしら。それも回復の見込みはないのだから、終わりはないわよ。私がやるにしても、あなたがやるにしても、紅魔臣を一人割かなければ保たないでしょうね。そもそもロゼがあれだけで済んだのは、肉体が他の魔族よりも頑丈だったからなのよ。……少しでも回復魔法を怠れば、まず間違いなくこの子たちは死ぬわ」
「エルシャ、お前には迷惑をかけない。俺が……俺だけで……!」
可能か、不可能か。――不可能だ。そんなことは分かっている。しかし、周囲から聞こえてくる、悲痛な苦悶の声を前にバニスは諦めることなどできなかった。
「……別に、この子たちの生命維持を迷惑とは思わないわ。ただし、神経をすり減らすような回復魔法を行使した先で、一つ間違えてこの子たちを死なせてしまった場合のことだけは考えているわよね」
「……それ、は」
「ええ、私たちは魔装を一つ失い、亡霊は神聖兵装を一つ手に入れることになるわ。すでに、《塔の雷撃槍》は亡霊の手元へ移動しているでしょう。神聖兵装の所有権移動を攻撃成功の合図に使うなんて、どこまで邪悪なのかしらね」
時間はない。攻撃成功を勇者の亡霊が確認したとなれば、今すぐにでもこの場を襲撃してきてもおかしくはないのだ。……ここには、虫の息となった魔族が床に倒れている。魔核を踏みつけるだけで、容易く神聖兵装を回収できることだろう。
彼らを守りながら勇者の亡霊と交戦――たとえ、この場に紅魔臣が二人いると言っても、未知の脅威を前にそれは最善ではない。
「だったら、どうするつもりだ……」
「この場で再起不能の子たちは殺す。それしかないわ」
エルシャが眉一つ動かさずに提示したのは、最悪にして最善の解決策であった。
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