第60話復讐
渾身の一撃を放ち、必殺の一撃を受けるたび、ヴィクトリアの身体は悲鳴を上げながら破壊され、すぐさまシャロンによって治される。常人ならばもう十は発狂しているであろう、地獄から地獄へのシャトルラン。そもそも、《神秘の立方体》を扱っているのがシャロンでなければ、とうの昔にヴィクトリアは自滅している。
例えるならば、それは子どもがぬいぐるみを力いっぱい振り回して遊ぶようなもの。腕が千切れようと、足が千切れようとお構いなし。ただ一点、シャロンがヴィクトリアを操っている時点で幼児のそれと異なるのは――尋常ではない回復によって、負傷するたびに間髪入れず傷を癒していること。
意識を失ったままシャロンの支援を受けるヴィクトリアとは対象的に、アヴリフはじりじりと窮地に追い込まれていくのを感じていた。
(殺せる! 殺せるんだ、こんな人間風情は! 私はエルシャ様に仕える精鋭なのに――ッ!?)
しかし、光明は見えない。否、見えていた光明が萎んで消えていくような。《金色の精神》をもってすれば、容易に両断できるヴィクトリアの腕が、一撃を見舞うほど頑強になっていくような錯覚をアヴリフは感じる。
(いや、違う……! 錯覚なんかじゃないッ!)
《太陽の剣》によって右腕を断たれている。たしかに、その言い訳はできる。自己再生スキルで回復しているとはいえ、アヴリフは魔核に傷を負うほどの爆発をその身の内側より受けていることも大きな一因だ。万全とは程遠い状態であることは言うまでもない。
だが、そのことを差し引いてもただの勇士に負けることなどあり得ない。人間と、人間を狩ってきた魔族の身体的なスペックの差は、たかだか一朝一夕の経験では覆せない。
だというのに。優勢だった攻防が、拮抗し、いつしか劣勢に。それを証明するように、シャロンが唱える回復魔法の間隔が伸び、ヴィクトリアの攻撃が苛烈になっていく。
魔法を使うべきか。しかし、それは同時に身体に流れる猛毒のような《太陽の剣》の効果をどうにかしなければならない。
――魔族の武器である魔法。そのことごとくが、あの天使のような微笑みを浮かべる悪魔の一手によって拒まれている。
「シャロン、ベルナァアアアアアアアアアアアッ!」
看破スキルの警告を聞くまでもなく、アヴリフはシャロン・ベルナという幼女こそが勇者の亡霊であることには察しがついた。
でなければ、説明がつかない。でなければ、仲間の死に意味がない。
すべてが、この悪魔の手の平の上だったとしても。
この命が、あの爆発を免れたことに意味があるのならば。
「吠えるなら先にヴィッキーを倒せよ。それとも
「だったらコイツはとっておきよ! ――この女諸共、お前を殺す勝利宣言を聞いて死ねッ!」
その一言を口にした瞬間。シャロンは、初めてその目に敵愾心を宿してアヴリフを睨んだ。
「ああ、なるほど。《太陽の剣》のデバフを利用した自爆か。得意げに言うもんだから期待してみれば、ずいぶんとまあチンケな最後っ屁が切り札とはな」
まるで、人形遊びを邪魔された子どものように。あるいは、緻密に練った作戦をどうでもいい横槍で邪魔されたと言わんばかりに。
パチン、と指を鳴らし、シャロンはアヴリフに掛かる《太陽の剣》の呪いを解除する。
「……は?」
「だが、そいつはルール違反だ。なにせ、俺がお前を殺すことになるからな。で? まさか勝利の一手は俺が指を鳴らしただけで無くなっちまうのか? そうじゃねえならもう一回聞かせてくれよ、この状況を覆す勝利宣言ってやつをよ」
シャロンのその行動は、アヴリフを再び絶望のどん底に叩きつける。彼女が指を鳴らしただけで《太陽の剣》の呪いを解いたことが衝撃的だったわけではない。ましてや、一矢報いるための策があっさりと破られたことでもない。
歯牙にもかけていないのだ。アヴリフが魔法を使えたところで、何一つ、この状況を覆す要素足りえない、と。シャロンは危惧すらしていなかった。
手を抜いている。《神秘の立方体》で仲間を操っておきながら、シャロン・ベルナという悪魔は未だに本気すら出していない。
「どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだ、お前はッ!」
「あん? そんなもの、どこまでもに決まってんだろ。それとも、もっと分かり易く叩きのめせばテメエのプライドってやつは保てるのか? くくく、いいぜ。それがお望みってんなら――楽に死ねると思うなよ?」
死刑宣告を淡々と告げながら、シャロンはもう一つの神聖兵装を抜く。
解き放たれたのは銀の籠手。神聖兵装、《無垢なる暴虐》。
「
シャロンの唱えた言葉に応えるように、《無垢なる暴虐》より放たれた銀の光が《神秘の立方体》を包み込む。
そして――光は《神秘の立方体》を通して、ヴィクトリアの身体へ。その発光は《無垢なる暴虐》から放たれているそれほど激しくはないが、しかし、ヴィクトリアの全身より確かに発せられている。
属性、光。魔族であれば、何人たりとも抗うことのできない――魔族を殺すためだけの、最強の属性。
「なんで……! 亡霊風情が、光を……!?」
シャロンの二重装に驚く暇などない。アヴリフはただその銀の光を目に入れた瞬間、明確な死の恐怖を感じずにはいられなかった。
知性なき獣が火を恐れるように、魔族が魔族である限り、この光がもたらす恐怖に抗うことなどできはしない。
「理由なんてどうでもいいじゃねえか。なぁに、光属性を扱えたほうが先代勇者に見劣りしなくて殺し甲斐ってもんがあるだろ?」
「首級としては申し分ねえはずだぜ」あるいは「殺せるものなら殺してみろ」と。そう言わんばかりに、シャロンは己の首筋をトントンと指で叩いた。
死んだ勇者が生き返った――否、それ以上の悪夢だ。少なくとも、先代勇者は神聖兵装の回収こそしてはいたが、ここまで残虐ではなかった。
(どうやったらこんなヤツを殺せるのよ……!)
やろうと思えば、いつだって殺せていた。あの光を自在に操れるのならば、《太陽の剣》なんて神聖兵装を最初から使う必要なんてない。50そこらの人数を屠るのですら、過剰な戦闘力をシャロンは最初から握っていたのだ。
「私が、生き残っていたのは……!」
「ん? まさか運命が味方したとでも思ったのか? 上司が馬鹿なら部下も馬鹿だな。最初から手加減したに決まってんだろ。テメエが生き残ったことに意味があるっつーなら、そりゃあヴィッキーの経験値のためってのが一番しっくりくる答えじゃねえの?」
——いいや、その理由は表向き。
「さて、楽しいお喋りは終わりにして、試合続行と行くか。上がった息は戻ったか? いいねえ、そうこなくちゃなァ。だが気を付けろよ、今のヴィッキーの身体に触れたらテメエは塵と化すぜ。くくく、敢闘賞目当てで頑張っていたテメエに言うのは酷だとは思うがあえて言わせてもらうぜ! ――――逃げられると思うなよ?」
その一言ともに、シャロンはこれ見よがしに新たな神聖兵装を取り出す。怪しげな光を灯す、その神聖兵装の名を《隠者の角灯》。
すべては、邪悪な魔族を甚振るために。すべては、邪悪な魔族の断末魔の苦を特等席から鑑賞するために。
シャロンは可愛らしい顔立ちからは想像もできないほどの邪悪な笑みを浮かべて、一言告げる。
「ヴィッキーの
《剛毅の斧槍》を携えた銀の巨躯がゆらりと揺れる。
悪魔の甘い言葉に惑わされるように、物言わぬ勇士は己の復讐を果たすため、一歩——哀れな魔族へと近づいた。
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