第53話破滅には至らず

 ヤバい。ノードスはシャロンの笑みから、抗い難いほどの恐怖を背筋に覚えた。


 爆炎の中、シャロンの身に傷一つ付いていないこともそうだが、驚くべきはその左腕に盾が構えられていること。


 ただの盾ではない——神聖兵装、月の盾ザ・ムーン。それがすでに、魔力を解放した状態で構えられている。


 太陽と月、それが今、シャロンの両腕に宿っていたのだ。

 

二重装デュエットだと……!」


 二重装。神聖兵装の二種同時展開である。神聖兵装は、その一振り、その一機の性能を解放すれば、人間の身には過ぎた魔力が要求される。


 それが二つ。幼いシャロンの身には想像を絶するほどの魔力が消費されている——はずだった。


「おいおい、魔族の間じゃナイフとフォークを同時に使うのがそんなに珍しいのかァ?」


 月の盾に映る、三日月の形をした薄い光。夜の闇を切り裂く太陽の光。その二つを携えて、シャロンは不敵に笑っている。それは、まるで魔力の消費をこれっぽっちも苦には思っていないかのように。


「躾のなっていないガキだ。亡霊を誘き出す囮にする算段だったが、お前自身が勇者だと言うなら話は早い! ここで死んでもらおうか!」


「大層な自信だな、おい。魔族が50匹もいれば勇者を殺せると思い上がったか? それともテメエの魔装ならなんとかなるとでも思ったかァ!? くくく、神聖兵装のデリバリーに感謝して、そのお粗末な脳みそに格の違いを教えてやるぜ!」


 人間の、それも7歳の子どもだ。己の腰ほどの身長しかない、ただのガキが太陽の剣と月の盾を構え、口汚い言葉で挑発してくる。


 乗るべきじゃない。撤退すべきか。しかし、二重装まで扱える勇者を放置すれば、どこまで成長するか分からない。ノードスは隊を率いる者として、そのリスクを瞬時に勘案する。


 だが、それでも。脊髄で思考している者には及ばない。


「貴様が……貴様がロゼアン様を……!」


「答える必要あんのか? その質問。だが答えてやるぜ! ——ああ、文字通りぐちゃぐちゃにしてやったよ。先代勇者の一太刀を受け止めたらしいなァ? そういう割には大したことなかったぜ、アイツ!」


「殺すッ!」


「やってみなァ!」


 コレンであった。魔装、至るための旅路グレイト・ジャーニーの多重展開。あちこちの空間に奇妙な穴が開き、そこを出口として味方の魔装が飛び出していく。


 狙いはもちろん、シャロンであった。剣や槍、矢やその他の奇妙な形の武器が問答無用でシャロンの急所を的確に貫く。


 喉、肺、心臓、肝臓、腎臓——1秒にも満たない時間で、シャロンの小さな身体は見るも無惨な姿へと変わり果てる。


「ぎっ……!? がぁっ! デッ、メエッ!?」


「ぐちゃぐちゃにしてやる……! 貴様が、ロゼアン様にしたように……!」


 ノードスにはコレンを止める暇がなかった。彼女が《至るための旅路》を与えられたのは、ひとえに彼女の気質が臆病であったことが起因している。


 だからこそ、ノードスは突飛な行動をするわけがない、と踏んでいたのだが。


(手札から勝手に飛び出す切り札があって堪るか……!)


 まさかロゼアンの死が感情の起爆剤になってしまうとは。しかし、状況はノードスにとって好都合な方向に動いている。


(結果論だが。コレンの咄嗟の行動はシャロンに致命的なダメージを与えている……!)


 ここで殺す。それしかない。


「悪く思うなよ、シャロン・ベルナ。テメエら勇者はしぶといからな」


 勇者のタフネスを見誤って殺し損ねたケースは、魔族の歴史の中でも一度や二度ではない。


 息の根を止める。確実に殺す。そのためには、急所を刺すだけじゃ足りない。


「魔装抜剣、塔の雷撃槍ザ・タワー……!」


 ノードスの抜いた槍は、その矛先を雷で纏った奇妙な武器であった。


 その真価は矛先の雷を対象に打ち込むと発生する。その効果は——


(狙うは神聖兵装の機能停止。魔力差でそこまでの効果は期待できないだろうが、今は一瞬でいい。そんだけの致命傷だ、を使うんだろ!)


 ノードスの予想通りであった。身体を穴だらけにされたシャロンは、堪らず新たな神聖兵装を抜剣する。


 神聖兵装、無垢なる暴虐イノセント・バイオレンス


「回復するつもりか? 悪いな、その神聖兵装の性能はよく知っているさ……!」


 名前に反して、そのチンケな性能の神聖兵装は、学園側からの報告でノードスはすでに把握していた。

 

 害はない。だが、勇者のタフネスと合わされば一つの脅威になるのは間違いない。


 とくにこのような、あと一歩。この一歩の差を覆されるようなことだけは。


(逃しはしないぞ、勇者……!)


 《至るための旅路》を通して《塔の雷撃槍》はシャロンの身体へと至る。刺さり、爆ぜるような雷がシャロンの身体を貫く。


「ぎっ! がぁあああああッ!?」


 血と肉と、脂の焦げる臭いが立ちこめる。放たれる雷撃さえ致命傷になるが、加えて神聖兵装使用不可能というデバフがおまけで付く。


 勇者といえど、子どもを殺すにはあまりにも過剰。しかし、それだけではノードスもコレンも止まらない。


「——っ、首を刎ねろォ!」


「了解……!」


 でなければ、魔族に安寧はない。この50近くの武器が、シャロンの命を刈り取るためだけに降り注ぐ。




「できんのかァ? テメエらごときによォ」




 しかし、この悪魔を仕留めるには至らない。


 《無垢なる暴虐》の性能は打ち消された。だから、シャロンの負った傷が癒えるはずがない——そのはずだった。


(な——なぜだ! 《無垢なる暴虐》の性能は、一時的とはいえ停止しているはずだろうが! どうして奴の傷が治っているんだ!?)


 穿たれた傷穴が瞬時に回復し、焼け焦げた肉も血も元通りに。それどころか、先ほどの有効打が嘘のように、傷を付けてもその先から癒えていく。


 猛攻につぐ猛攻。中には肉弾戦を仕掛ける魔族もいるが、それすらも防ごうとはせず、常軌を逸した回復力だけでいなす。


 その一撃、一撃を重ねるたびに。攻撃している側の魔族が、じりじりとノードスと同じ感情を抱き始めていた。


 恐怖だ。


「なんなんだ、このガキ! 無敵か!?」


「でも……! ここで殺さなくちゃ……!」


 逸る気持ちに押し負けて、そして魔族は一つの愚を犯す。


「コイツはちょっとばかしチート臭えから控えてたんだがなァ……。神聖兵装にチートってのも今更な話だよなァ!」


 構えるは、月の盾。


 その盾は三日月の形ではなく、まんまると満ちている。

 

「せいぜい頑張って防御しなァ! だが気を付けろよ、コイツの特性はってのがウリだからなァ!」


 嗜虐に満ちたシャロンの言葉とともに。彼女の左手にある月の光が、無慈悲に放たれた。

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