第54話月光

 月の盾ザ・ムーン。アルカナ・ウェポンの一つ、月のアルカナをモチーフにした神聖兵装である。その性能は攻撃面に寄った太陽の剣とは対照的に、防御面に偏ったものだ。


 ただ一点を除いて。


 反撃カウンター。抜剣時、雲一つない夜空のように黒い表面部は、攻撃を受けるたびに模様が変わる。満ちていく月のように、光が溜まり、その形に応じて攻撃力と付与される特性が増えていく。


 とはいえ、ただ防ぐだけではシャロンが言うほどのチート性能を引き出すことはできない。せいぜいが半月程度――本来の攻撃性能の半分ほどである。その威力は魔獣を殺すには十二分、魔核にさえ当たれば並みの魔族でも耐えられないだろう。


 では、残りの半分はどうすれば埋まるのか。朔が望へと至るためには、月の盾ザ・ムーンの所有者自身が傷を負うことが必要であったのだ。


 盾を持つ人間が傷を負う前提の神聖兵装。常人では到底扱うことのできない、欠陥とも言えるような性能ではあるが、しかしそれは同時にという側面もあった。


 そして、その欠陥をシャロンは幸運なことに――魔族にとっては不幸なことに――二つのスキルで踏み倒すことができた。


 スキル、鈍感。スキル、自己再生。けっして珍しいスキルではないのだが、極まったそれはシャロンを化け物たらしめる要素の二つだ。


「散々好き勝手やってくれたんだからなァ……! 報いは受けてもらうぜ!」


 満を持して、放たれる魔力の砲撃。反動が大きく、シャロンでさえ太陽の剣を地面に突き刺して衝撃を受け止める。それだけの魔力の奔流が取り囲む魔族たちを一直線に貫いた。


 ノードスの直感は正しかった。月の盾の性能は、前所持者――この場合、ロゼアンではない――である勇士では十全に引き出せていなかった。太陽の剣にしたって、あそこまでの破壊能力は初めて確認したのだ。


 勇者は、湖に選ばれた勇士よりも十全に神聖兵装を使いこなす。神聖兵装の鹵獲と拡充を終え、万全ともいえる状態で待ち構えていても、その予想をはるかに上回っている。


 ――いいや。


(違う! このシャロン・ベルナは先代の亡霊と認識するべき相手じゃない……ッ! それ以上に!)


 搭の雷撃槍ザ・タワーで与えたデバフも、シャロンは己の内包する魔力差だけであっさりと打ち破ってしまった。これは、紅魔臣と同等か、あるいはそれ以上。地力そのものに、絶対の差があった。


「避けろォおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ノードスの絶叫にも似た指揮を完遂できたのは、50人ほどの中でおおよそ三分の一。それも、シャロンの死角にたまたまいただけで、わずかばかりの猶予があった者たちだけだ。


 それに関していえば、ノードスもまた幸運であった。近くにいたコレンが、咄嗟の判断で彼と己の身体を《至るための旅路》へと放り込み、短距離の瞬間移動を成功させたことで、辛うじてシャロンのキルゾーンから免れることができた。


 だが、それ以外は。


「くくく、ははは、あっはっはァ! 死ねやあ!」


 あろうことか。シャロンはその極太の魔力砲ビームを、。……月の光が、魔族を蹂躙する。断末魔をあげる暇すらない、無慈悲な月光の一撃。直撃したものは、例外なく身体を魔核ごと蒸発させ、己の魔装をなす術なく鹵獲されていく。


 シャロンの周囲を取り囲んでいた魔族の陣形は、たったその一手で壊滅してしまった。


「んー、やっぱりこれはつまらねえな。せいぜい見れて、勘のいい奴らが必死こいて逃げる姿くらいかァ? いやあ、悪かったな! 新しい聖剣も手に入ったし、別の遊びをしようぜ?」


 これだけの命を、一瞬で消し飛ばして。シャロンの抱く感想といえば、「面白くなかった」の一言に尽きる。


 シャロンの言う通り、文字通り「必死こいて」生き延びたノードスは、悪魔のけたけた笑う姿と言葉を見て、聞いてしまう。


(遊ぶ、だと? ふざけるなよ……! 奴は神聖兵装を玩具かなにかかと勘違いしているんじゃないか!?)


 事実、ノードスの思考は的中している。シャロンにとって、神聖兵装はもはや魔族に勝つための手段や道具ではなく、魔族を楽しく甚振るための玩具に過ぎなかった。


「……撤退だ」


 ノードスは、残る魔族に撤退の指示を下す。あれだけいた亡霊の討伐部隊は、今や20も満たないほどしか残っていない。それどころか持ってきた魔装を奪われ、シャロンの力が増している今――作戦の続行は不可能。


「ですが……!」


「引き際を間違えるな。勇者の亡霊が殺せないと俺が判断したら、即撤退。これが方針だっただろう。コレン、お前は撤退の要だ。まずは勇者の存在とその力を紅魔臣に報告しなければ、勝てるものも勝てなくなる!」


 紅魔臣であれば。いいや、それでも勝負は多く見積もって五分五分か。少なくとも、こんな化け物に先手を打たれては、さすがの紅魔臣といえど後手の勝負では勝ち目が薄くなる。


(くそが。学生勇士を一人殺して、勇者の亡霊を騙る馬鹿を殺すだけの楽な仕事じゃなかったのか……!)


 先代の勇者に仲間を殺され、鬱屈していた生き残りのちょうどいいガス抜きを兼ねた、楽な仕事。そんな認識でこの場を訪れた者もいたことだろうに。


 《至るための旅路》による、長距離離脱。その最後の手段を使う羽目になろうとは。


「もう帰っちまうのか? せっかく生き残ったんだ、別の遊びをしようぜ!」


 無論、そのようなことをシャロンが許すはずなどないのだが。


「――ッ! 魔力解放ブースト!」


 巨大な、《至るための旅路》の門が開くのと、ほぼ同時。


魔力解放ブースト」 


 月の盾を仕舞い、シャロンが新たに握るランタンが光を放つ。


 隠者の角灯ザ・ハーミット。かつて、バリー・ジェスタンという魔族が使っていた、光を浴びせた対象に使用者と同じ負荷を与える神聖兵装である。


「ぐ、ぉ、隠者の角灯だと……!」


「あ、え?」


「おいおい、そんな今にも殺されそうな顔をするなって、これっぽっちも悪くないのに俺の良心が痛むじゃねえか。なあ? ――レアなボーナスキャラでもねえテメエらが、この俺に喧嘩を吹っ掛けてただで帰れると思ってんのか? 持っている神聖兵装と魔核は全部置いて行ってもらうぜ」


 骨身が軋むほどの負荷を身体に受け、一歩たりとも動けなくなったノードスの視界の中で、化け物は悠然とした足取りでこちらに近づいてくる。


 それも、先程奪った神聖兵装をご丁寧に出しては仕舞い、また別の神聖兵装を出しては仕舞いながら――まるで、鍵束の中から、お目当ての鍵を探すような手つきで。


 これから、シャロンがなにをしようとしているのか。足を止められた魔族は、誰もが薄々と察していた。


 ――試し斬りだ。

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