第54話月光
ただ一点を除いて。
とはいえ、ただ防ぐだけではシャロンが言うほどのチート性能を引き出すことはできない。せいぜいが半月程度――本来の攻撃性能の半分ほどである。その威力は魔獣を殺すには十二分、魔核にさえ当たれば並みの魔族でも耐えられないだろう。
では、残りの半分はどうすれば埋まるのか。朔が望へと至るためには、
盾を持つ人間が傷を負う前提の神聖兵装。常人では到底扱うことのできない、欠陥とも言えるような性能ではあるが、しかしそれは同時に浪漫という側面もあった。
そして、その欠陥をシャロンは幸運なことに――魔族にとっては不幸なことに――二つのスキルで踏み倒すことができた。
スキル、鈍感。スキル、自己再生。けっして珍しいスキルではないのだが、極まったそれはシャロンを化け物たらしめる要素の二つだ。
「散々好き勝手やってくれたんだからなァ……! 報いは受けてもらうぜ!」
満を持して、放たれる魔力の砲撃。反動が大きく、シャロンでさえ太陽の剣を地面に突き刺して衝撃を受け止める。それだけの魔力の奔流が取り囲む魔族たちを一直線に貫いた。
ノードスの直感は正しかった。月の盾の性能は、前所持者――この場合、ロゼアンではない――である勇士では十全に引き出せていなかった。太陽の剣にしたって、あそこまでの破壊能力は初めて確認したのだ。
勇者は、湖に選ばれた勇士よりも十全に神聖兵装を使いこなす。神聖兵装の鹵獲と拡充を終え、万全ともいえる状態で待ち構えていても、その予想をはるかに上回っている。
――いいや。
(違う! このシャロン・ベルナは先代の亡霊と認識するべき相手じゃない……ッ! それ以上に強い!)
「避けろォおおおおおおおおおおおおッ!!」
ノードスの絶叫にも似た指揮を完遂できたのは、50人ほどの中でおおよそ三分の一。それも、シャロンの死角にたまたまいただけで、わずかばかりの猶予があった者たちだけだ。
それに関していえば、ノードスもまた幸運であった。近くにいたコレンが、咄嗟の判断で彼と己の身体を《至るための旅路》へと放り込み、短距離の瞬間移動を成功させたことで、辛うじてシャロンのキルゾーンから免れることができた。
だが、それ以外は。
「くくく、ははは、あっはっはァ! 死ねやあ!」
あろうことか。シャロンはその極太の
シャロンの周囲を取り囲んでいた魔族の陣形は、たったその一手で壊滅してしまった。
「んー、やっぱりこれはつまらねえな。せいぜい見れて、勘のいい奴らが必死こいて逃げる姿くらいかァ? いやあ、悪かったな! 新しい聖剣も手に入ったし、別の遊びをしようぜ?」
これだけの命を、一瞬で消し飛ばして。シャロンの抱く感想といえば、「面白くなかった」の一言に尽きる。
シャロンの言う通り、文字通り「必死こいて」生き延びたノードスは、悪魔のけたけた笑う姿と言葉を見て、聞いてしまう。
(遊ぶ、だと? ふざけるなよ……! 奴は神聖兵装を玩具かなにかかと勘違いしているんじゃないか!?)
事実、ノードスの思考は的中している。シャロンにとって、神聖兵装はもはや魔族に勝つための手段や道具ではなく、魔族を楽しく甚振るための玩具に過ぎなかった。
「……撤退だ」
ノードスは、残る魔族に撤退の指示を下す。あれだけいた亡霊の討伐部隊は、今や20も満たないほどしか残っていない。それどころか持ってきた魔装を奪われ、シャロンの力が増している今――作戦の続行は不可能。
「ですが……!」
「引き際を間違えるな。勇者の亡霊が殺せないと俺が判断したら、即撤退。これが方針だっただろう。コレン、お前は撤退の要だ。まずは勇者の存在とその力を紅魔臣に報告しなければ、勝てるものも勝てなくなる!」
紅魔臣であれば。いいや、それでも勝負は多く見積もって五分五分か。少なくとも、こんな化け物に先手を打たれては、さすがの紅魔臣といえど後手の勝負では勝ち目が薄くなる。
(くそが。学生勇士を一人殺して、勇者の亡霊を騙る馬鹿を殺すだけの楽な仕事じゃなかったのか……!)
先代の勇者に仲間を殺され、鬱屈していた生き残りのちょうどいいガス抜きを兼ねた、楽な仕事。そんな認識でこの場を訪れた者もいたことだろうに。
《至るための旅路》による、長距離離脱。その最後の手段を使う羽目になろうとは。
「もう帰っちまうのか? せっかく生き残ったんだ、別の遊びをしようぜ!」
無論、そのようなことをシャロンが許すはずなどないのだが。
「――ッ!
巨大な、《至るための旅路》の門が開くのと、ほぼ同時。
「
月の盾を仕舞い、シャロンが新たに握るランタンが光を放つ。
「ぐ、ぉ、隠者の角灯だと……!」
「あ、え?」
「おいおい、そんな今にも殺されそうな顔をするなって、これっぽっちも悪くないのに俺の良心が痛むじゃねえか。なあ? ――レアなボーナスキャラでもねえテメエらが、この俺に喧嘩を吹っ掛けてただで帰れると思ってんのか? 持っている神聖兵装と魔核は全部置いて行ってもらうぜ」
骨身が軋むほどの負荷を身体に受け、一歩たりとも動けなくなったノードスの視界の中で、化け物は悠然とした足取りでこちらに近づいてくる。
それも、先程奪った神聖兵装をご丁寧に出しては仕舞い、また別の神聖兵装を出しては仕舞いながら――まるで、鍵束の中から、お目当ての鍵を探すような手つきで。
これから、シャロンがなにをしようとしているのか。足を止められた魔族は、誰もが薄々と察していた。
――試し斬りだ。
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