第52話例外

 ことはすべて、アヴリフ一人の戦力で事足りる。たかだか学生勇士一人の処分だ、シャロン・ベルナを餌とした勇者の亡霊の誘い出し、その前座に過ぎない。


「来ると思いますか? 勇者の亡霊……」


 小さなアヴリフとは対照的に、身長が高い割には内向的な女魔族の名をコレンという。

彼女の質問に、隊を率いるノードスは静かな口調で答えた。


「来ないだろうな。そこまであの子どもが亡霊にとって重要なら、敵が掌握している学園に置いておく理由がないだろ。……考えるべきは学園の実態を亡霊が掴んでいる、ないしは勘付き始めているということだ。奴の出現と学園内に広まっている噂、どうにもタイミングが良すぎだと思わないか」


「それだったら、あの人間の処分に乱入してくるんじゃないですか? 確か、今回の仕事は学園の噂を別のものへ誘導するためのもの、なんですよね?」


「……だったらなおさら来ないだろうな。50を超える完全武装の魔族相手に、単身で乗り込む蛮勇があるなら話は別だが」


 改めて見ても大仰な数だな、と部隊を率いるノードスは己にあてがわれた魔族と魔装の数に、どこか呆れた笑みを浮かべた。


「鉄槌の処女、隠者の角灯、あとは太陽の剣と月の盾……奴が鹵獲した神聖兵装の性能は俺たちに割れている。それは奴も知るところだろう。孤立したところに不意打ちを噛ませる用心深さだ、狡猾だが——それゆえに読みやすい」


 聖都の壁外で格下の魔獣を狩っていたのは、ガレリオ魔法学園に潜む魔族たちへのアピールだったのだろう、と。ノードスは予想していた。噂と壁外からの二重攻撃だ、学園内の魔族たちは気が気ではなかっただろう。


 しかし、それも今日までだ。噂はヴィクトリア・ドルトーナの死というニュースで霧散させ、勇者の亡霊はかつての勇者と別人の臆病者という印象を植え付けることができる。


「コレン、お前は自分の魔装を使うタイミングだけ考えていればいい。たとえ、どれだけ敵がどれだけ強くても、お前が魔装を抜くタイミングを間違えなければ勝てなくても負けることはないからな」


「せ、責任重大ですね……。私なんかが、こんな大役を任されていいんでしょうか」


「その気質を臆病と取るか、用心深いと取るかだな。まあ、血気盛んな連中に比べれば、お前が一番適任だろうよ」


 コレンの持つ魔装は《至るための旅路グレイト・ジャーニー》と呼ばれるものだ。その性能は、簡潔に説明すればワープゲートである。地点Aから地点Bまで、その距離がどれだけ離れていようと、ゲートを潜り抜けた物体を移動させるものであった。


 まさしく、この50余名の遊撃と撤退の要である魔装であった。


 それゆえ、コレン自身に戦闘能力は皆無と言っていいほどない。膨大な魔力の大半を《至るための旅路》に費やす必要があるため、戦闘行動に参加するだけで彼女は役割を果たすことができなくなるのだ。


「が、頑張ります……!」


「そう構えるな。無事、仕事の内の一つは終わりそうだしな」


 喋っている間に、アヴリフがヴィクトリアの両腕を切り落としていた。――さっさと殺せばいいものを。標的を素早く始末するノードスにとって、弱者を甚振る精神にはこれっぽっちも共感はない。しかし、娯楽というのも必要だろう。


 勇者を殺し終えた今、同胞の死を悲しむ魔族にとって人間の悲鳴こそがなによりの癒しなのだろう。その点でみれば、あのヴィクトリアという学生勇士はつまらなかろう。苦悶の声こそ上げはしたが、悲鳴は一つとしてあげていない。それどころか、口で己の神聖兵装を咥え、こちらを睨む始末だ。


(……面倒な人間だ。エルシャ様の慧眼はまったく正しいな)


 勇者ほどではないにせよ、だ。稀に、魔族との肉体性能を覆しかねない精神力を持った勇士が現れることがある。ヴィクトリア・ドルトーナもまた、そういう手合いだったのだろう。生かしておけば後々面倒な勇士になる――長年の経験から、ノードスは深く溜息を吐いた。


 煌びやかな黄金が、ヴィクトリアの脳天を目掛けて振り上げられる。アヴリフの一撃を、無防備に受けてただで済む人間はいるまい。事の成り行きを静かに見守っていたノードスの目に、信じがたいものが映った。


 夜の闇を切り裂く、太陽にも似た眩い一閃。それが、アヴリフの右肩と胴体の間を両断したのだ。


「俺を呼んだか? 三下ァ」


 太陽の剣ザ・サン。勇者の亡霊に鹵獲されたとされる、その一振りを、シャロン・ベルナはしっかりと握って――薄ら寒い笑みを浮かべていた。


「な、に?」


 それまで冷静に状況を見ていたノードスにとって、理解し難い異変が起きた。なぜ、亡霊をおびき出すための囮が太陽の剣を握っている? そもそも、なぜ実力者であるアヴリフの腕を落とせた?


『看破スキルが発動しました。対象、シャロン・ベルナ。――称号、《勇者》」

 

 看破スキルがその答えを瞬時に出す。ノードスでさえ、我が耳を疑う情報であった。


(勇者? 勇者だと……!?)


 勇者に至る血統は、その血の一滴が絶えるまで殺し尽くしたはずだ。だから魔族の目の前に、二度と勇者などという存在が姿を現すはずがないのだ。


 それこそ、亡霊にでもならない限り。


「いぃっ……! 痛い、痛い痛いッ! なんなのよ、このガキ!?」


「くくく。おいおい、大袈裟なヤツだな。腕一本で喚くなよ。魔核には傷つけちゃいないぜ。泣き言を言うのは両腕切って気絶してからでも遅くはねぇだろうがよ!」


「……ッ! なめるなァッ!」


「馬鹿が。テメエは太陽の剣ザ・サンで斬られたんだ。俺の神聖兵装について知らねえとは言わせねえぞ」


 ——マズい。状況を誰よりも早く理解し、ノードスはこれからアヴリフが行おうとするそれを制止すべく、普段であればしない大声を出して警告した。


「アヴリフ! 回復魔法を使うな! 起爆するぞ!」


「——え?」

 

 太陽の剣は、使用者の魔力に応じて刀身に火属性の属性付与を行うだけでなく、斬った対象の魔力反応に応じて火属性の遅延攻撃を行う。


 呼吸をするように魔力と付き合っている魔族たちにとって、特効ともいえる武器である。当然、鹵獲された時点で警戒度の高い武器であった。

 

 アヴリフとて、太陽の剣の性能を頭に入れてはいた。しかし、右肩から伝わる激痛が、その判断を鈍らせてしまった。


 回復魔法の発動。それは、アヴリフが己の身体という爆弾の導火線に火を点けたことを意味していた。


「ぎっ————!?」


 絶叫と呼ぶには、あまりにも短い悲鳴。しかし、それすらも己の内側から響く炎の轟音によって掻き消されてしまった。


 どぉん! という腹の底に響くような音と、にわかに立ち込める塵となにかが焦げる臭い。


 強烈な爆風と炎の熱に巻き込まれた数人の魔族が、意識を失っている。しかし、その爆心地に最も近くにいた小さな勇者は、まるで微風が吹いたような涼しげな笑みを浮かべたまま、周囲を一瞥してニヤリと笑った。


「警告してやったのになァ、おかげで誰も食わねえクソアマローストの完成だぜ。で? ちょっとは嬉しそうな顔をしてくれよ。俺をお探しだったんだろ?」

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