第44話チンピラ、お嬢様と話す。
当然のことというか、まあ、なんというか。見学で授業に参加している俺と違って、成績下位者のモニカが授業をサボって絶世の幼女と駄弁ることなど許されるはずもなく。
戦闘訓練担当の教師(というよりは、教官に近い)であるエルシャ・カリスト改め、ナターシャ・フリッガ先生に見つかったモニカは、まるで出荷される豚のような面持ちで訓練場へと歩いて行った。はは、ザマァない。せいぜい昨日の自分より強くなって帰って来いよ。
入れ替わるようにしてやって来たのはヴィクトリア・ドルトーナその人。うっわ、近くで見るとやっぱり迫力があるな。色々とデカい女がこれまたデカい武器を持って戦う——ハリウッド映画か? ……いや元々はゲームの世界だから当たらずとも遠からずといったところだろう。
「隣、よろしくて?」
身長180以上の場所から放たれる眼光は、そこになんの意味がなくとも威圧感がある。こんな奴に「隣、よろしくて?」なんて聞かれてノーと言える日本人はそういないだろう。
それが7歳の女児であればなおさらだ。
「いいですよ! うわぁ、お姉さん大きいですね!」
「ふふ、物の道理が分かる賢い子ですわね。デカいのは正義ですわ。魔族を殺し平民を守るには身体のデカさと筋力が必要不可欠! まあ、デカさは平民であるあなたには関係のないことですが。魔族に襲われたときは、私のようなデカい貴族を盾にするんですのよ」
うわお、歩く大艦巨砲主義とは。参ったね、デカさだけなら俺でも勝負になりそうもない。
彼女が腰をかけるだけでベンチが軋む。……恐ろしい筋肉量だ。そこそこ年季が入っているとはいえ、三人掛けのベンチだぞ。
「初めまして、シャロン・ベルナ。私はドルトーナ家の長女にして、金獅子の誇りを継ぐ者――ヴィクトリア・ドルトーナですわ。あなたの身の上は、リナさんからよく聞いておりましてよ。さぞ大変だったでしょうに……。ですが、もう心配に及びません。故郷を魔族に奪われた者のよしみとして、私を姉と慕うことを許して差し上げますわ」
おいおい。なんか話が明後日の方向にかっ飛んでいないか? 俺の身の上なんて、そんなに大変なものじゃなかったんだが……。しいて言えば故郷は魔族に滅ぼされたことと、学園までの旅路でロゼアンとかいう変態魔族の慰み者にされかけたくらいか? ……うーん、大したことないんだよな。
「えーっと、じゃあヴィクトリアお姉ちゃん?」
「ええ、まずはそれで。ですが、親しい者はヴィッキーあるいはヴィキ、と呼びますわ。いずれは、そのように……」
「それならヴィキお姉ちゃんで!」
「まあ」
奥ゆかしさの美徳を忘れたわけじゃない。だが親身になっている相手への甘え方を知らないわけでもない。当然、この美貌と七歳の女児という立場は有効活用するに決まっているだろう。
元男のプライド? はっはっは、それを捨てるだけで魔族が苦しむなら喜んで捨てるぜ? 俺は。
「よろしくてよ、シャロン。私がいる限り、この学園ではあなたのような平民には不自由させませんわ!」
不自由もなにも、俺はこの学園じゃそこそこ自由なんだけどな。なにせ、頼んでもいないのにボディーガードが付いているくらいなんだぜ? いいだろ、邪魔になったらいつでもちり紙のように捨てられるのがミソだ。
「ありがとう、ヴィキお姉ちゃん! ……優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、甘えてもいいの?」
「もちろん。平民が貴族に希うのは当然の権利ですわ。特に、あなたのようなか弱い子どもは言うに及びませんでしょう?」
「じゃあ、さっき故郷を魔族に襲われたよしみって言っていたよね? それって、聞いても大丈夫なお話?」
悪いが俺は地雷原だろうとお構いなしに突っ込むぜ。なにせ子どもだからな。
「……ええ。そうですわね、あなたの身の上だけを知っている、というのも不公平でしょう」
律儀な女だ。言いたくないことは言わなきゃいいのに。
貴族だの平民だのと格付けにうるさいわりには律儀な女性である。ははあ、なるほどね。だからモニカは俺がヴィクトリアを守ると踏んだわけか。……さて、どうするかね。
「といっても特別なことはなにもないのですけど。どこも魔族の侵攻を受けて、人類の生息圏は魔族に押されていますわね。ドルトーナ家の領地は辺境にありまして、勇者様の死後、魔族の矛先がどこよりも早く向きましたの」
俺の住んでいた地域は辺境を超えてかなり田舎(というか半ば秘境だったな)のせいで、魔族の侵攻もだいぶ早かったな。幸い、俺の砦攻めのおかげで村民の大半も逃げることができたが……まあ、犠牲がまったくなかったわけじゃない。
俺であれだったのだから、彼女の領地は見るも無残な結果になったのだろう。
「父も母も兄も、聖剣を賜った者たちは領民を逃がすため勇猛果敢に戦いましたわ。ですが、健闘空しく……いえ。領民と私が無事に聖都へと辿り着けたのですから、我らの勝利でしょうね」
家族を亡くしたというのに、ヴィクトリアの瞳に憂いはない。……強い子だな。
「強いんですね、ヴィキお姉ちゃんは」
「当然ですわ。今、私の財産は決して多くない財貨とこの健康な肉体、そして逃げ延びた領民のみですの。悲しむ暇はありませんわ。家族の魂を慰めるには、あの憎きカリスト姉妹から故郷を取り戻してからでも、きっと許してくださるでしょう」
ぐっと拳を握るヴィクトリアに、さすがの俺も感心してしまう。なんかすっげえ濃いキャラだと思っていたら、背景も濃厚じゃねえか。というか、カリスト姉妹って言ったか?
カリスト……カリスト……。それって、エルシャ・カリストとロゼアン・カリストのことか? 悪ぃな、ヴィッキー。お前の仇、一匹殺しちまったわ。
しかも、その片割れはあっちでモニカ含め出来の悪い生徒を扱いているし。なんだ、この状況は。笑えばいいのか?
「故郷を魔族に襲われた、という点ではリナさんも同じですが。貴族でもないのに、あの精神的な復調の早さには驚きましたわ。もちろん、ご家族が無事というのは喜ばしいことですが。それを差し引いても……」
あー、やっぱりそれ疑問に思う? リナもまだ万全とは言い難い。なにせ、寝るときは俺を抱かないと眠れないんだからな。
「シャロン。あなたはなにか知っていて?」
「うーん。リナお姉ちゃんが特別だから、じゃないかな?」
勘弁してくれよ。さすがにリナとヴィクトリアに挟まれたら、いくらなんでもベッドが狭すぎるからな。
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