第43話チンピラ、授業見学をする。

 俺ことシャロン・ベルナは七歳の学生勇士である。肩書きに学生、なんて付いている以上、魔族を殺すための勉学が義務となる。


 魔核を破壊すれば死ぬ、なんて簡単なことを長々と語るのが先生方の趣味らしい。ま、その先生方が人間の皮を被った魔族なのだから、人間どもにくれてやる知識は制限しようということだろう。


 そもそもの話、魔法学園の名の通りガレリオ魔法学園で教わるのは魔法である。魔法は神聖兵装を除いて、魔族に有効打を与えられる効率的な攻撃方法になるらしい。


 ……カンストした物理スキルでぶん殴る方が早くねえか? なんて疑問を抱いているのはどうやら俺だけみたいだ。


 魔族と魔法で勝負するなど、ペンギンが鷹に空を飛ぶ速度で勝負するようなものだ。半分人間を辞めた俺ならともかく、普通の人間じゃあ魔族との力比べも魔力比べも分が悪い。


 神聖兵装が本領を発揮するためには、魔力を使う。人間が聖獣に下駄を履かせてもらっても、魔族に奪われたら差は縮まるどころか大きく開くばかりだ。


 以上がこのガレリオ魔法学園、もっと言えば人類を取り巻く環境のお話。


 で、ここからは超人のお話だ。


「ふっ、先日の緊急出撃を経て一層強くなりましたわね、リナさん!」


「ちょ、ちょちょっ、訓練中に本気で来る……!?」


「ええ、実戦に勝る訓練無し! 刃を潰してありますので命を落とすことはないでしょう……骨折程度は覚悟していただきますが!」


 さすがに入学してから一度も授業に出ないのはマズいだろ、ということで見学しに来たわけだが。


 なんかすっげえ熱血お嬢様がいらっしゃった。


 エグい毛量の金髪を、これでもかと巻いた髪型。170……いや、180センチはあろう、周囲の女性と比較して抜きん出て恵まれた体躯。それに合わせてボリューミーな肉付きは、胸と尻と太ももに寄っている。


 それが斧と槍が一体となった長物——いわゆるハルバードだ——を持って、リナに斬りかかる。もう大迫力だ。リナだって、決して貧相な身体ではないのだが……相手がウルトラウーマンではさすがに見劣りする。


 背丈、得物のリーチ……それら全ての不利をリナは技量でカバーしている。模造の武器ゆえに神聖兵装の特性を用いた本来の戦い方ではないのだろうが、それでもあの金髪お嬢様、できるな。


「あの魔獣を7匹屠っても決着はつきませんか。それでこそ我がライバルに相応しいですわね……!」


「えっと、私は8匹だったかな……?」


「やっぱり9匹でしたわ。ふふ、平民の出自でありながら、この私に張り合おうとは。平民のパワー、侮り難いですわね!」


「いや平民とか貴族とか関係ないよ!?」


「いいえ、ありますわ! 人の上に立ち、人の前に立ち! そして人の盾と矛になる誉れを持つ者こそが貴族たりえるのですわ! そして、その貴族たる私が平民のあなたに負けるわけにはいきませんのよ」


「よく分からないけれど……それって勇士だからって理由じゃダメなの!?」


「いいえ、貴族限定ですわ!」


 貴族限定らしい。知らんけど。


 目まぐるしく剣戟の攻防が入れ替わる中で、リナも金髪お嬢様もずいぶんと余裕だ。他の連中も気迫だけは二人に勝るとも劣らないが……動きの方には雲泥の差があった。


 リナと金髪お嬢様を学生勇士の基準に当てはめちゃ駄目だな。いっそ、魔族だっていうなら納得できる強さだ。


 が、まあ魔族じゃないだろう。目立ち過ぎだし、モニカの方もあまりビクついていないから、ほぼ白だ。


「というか、テメエはなにしてんの?」


 隣に腰をどっしりと下ろして、まるで値踏みするように他の生徒を観察するモニカを俺は咎める意味も含め尋ねる。


「今回の緊急出撃で育っちゃった子がいるから、死亡フラグのケアをしなきゃならないんだけど……。あの子、ほら金髪の、リナとやり合っている子。ヴィクトリア・ドルトーナっていう名前なんだけど、それが滅法強くてね……」


 俺が本性を晒しているときは、大方安全と判断しているのだろう。モニカは特に気を遣う様子もなく語り出した。


「ほぉ。いいことじゃねぇの」


「いや、まあ……それはそうなんだけど。でも初期ステータスが優遇されているせいで、序盤に頼り過ぎるとロスト確定のお助けキャラなの。だから現在のステータスを確認して死亡フラグが立っているのか確認しようと思っていたんだけど……」


「立ってんの?」


「そりゃもうビンビンに」


 はぁ、と心底辛そうにモニカは溜め息を吐く。どうやら先日の合成獣を討伐してしまったことにより、ヴィクトリア先輩の経験値がレッドラインを超えてしまったらしい。


「ご愁傷様だなあ」


「……突っ込まないから。まあ、彼女がアルカナウェポンの持ち主だとしても、アンタには関係のない話よね」


 なるほど。物分かりの悪い子には物で釣ろうって魂胆か。いいねえ、俺相手に取引する度胸だけは認めてやるよ。


「俺があのヴィクトリアとかいう金髪お嬢様を魔族に殺させて、手っ取り早く神聖兵装をロンダリングするとは思わねぇのか?」


 自分で言っていて笑っちまうな。身も蓋もない話、それがだ。


「いったたたたたたっ! 脇腹を抓るのは反則でしょ!?」


 おっと。俺としたことが。口より先に手が出てしまうのは、俺の数少ない欠点だ。


 ひとしきり悶絶した後、モニカは涙目で俺を睨みながらはっきりとこう言った。


「確かに考えたわよ……。でも、元のシャロンは当然として。アンタもほら、腐っても、ってヤツじゃん?」


「腐ってねえわ」


「言葉の綾よ! 抓るな抓るな! 私が言いたいのは、ええっと……。アンタ、頑張る人とか必死に生きようとしている人までは見捨てようとしないじゃん?」


「……へえ。モニカお姉ちゃんはそう思うんだ?」


「ち、違うの?」


「さあ。どうかな?」


 晒し過ぎた? 演技スキルの上から看破された? いいや、違うな。


 俺の前世になんて己の習得した技術を数値化したものは存在しない。しかし、技術の体得はどんな些細なものであれ、人は生きている限り無意識に行っている。


 モニカのこれは……観察眼、というやつか。スキルじゃない、前世で培った人を見る目が、俺の本質を垣間見たのだろう。


 なるほど、コイツは……。


「モニカ。テメエ、友達いねえだろ?」


「い、いるわい! ことあるごとになんで貶されてんの、私!?」


 俺なりの観察眼を披露してやったわけだが。くく、当たらずとも遠からずってとこか? まさかビンゴじゃねえよな、おい?

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