第42話チンピラ、ケーキを食べる。

 学生勇士のうち死者一名、行方不明者一名。負傷者多数。合成獣の襲撃によって出た損害は、実に甚大であった。そのうち、死者と行方不明者が魔族であったことなど一般生徒はつゆほども知らないだろうが。


 なにが言いたいかというと、学園内の雰囲気はまあまあ最悪であった。こちとら入学祝いすらしてもらえていないのに、ふざけた馬鹿が死んだせいで台無しだ。このどんよりとした雰囲気の中で食うケーキの味は言うまでもないだろう。


「……あなた、よくこの雰囲気でケーキなんて食べられるわね」


 そんな俺のささやかな入学祝いを見咎める者がいた。カルラ・レノン――人間の振りをして、勇者の亡霊を探ろうとしている可愛くて愚かな魔族だ。


「カルラ先輩じゃないですか。いつ食べても美味しいですよね、このケーキ。……あ、もしかして食生活の管理まで先輩のお仕事ですか? 大変ですね」


「別にあなたがどんな食生活をしていようと、三時のおやつにケーキをホール一台丸々食べていようとどうでもいいのよ。でも、ナンナが死んで、バリーが行方不明っていうのは知らされているでしょう? そうでなくても、多くの人が傷ついたのよ。そんな状況でケーキなんか……」


 ああ、なるほど? 仲間が死んだのに呑気によくケーキを食えるな、と。カルラ先輩はそう言いたいわけだ。


「人が何人死のうとケーキを食べることは罪にならないでしょう? もちろん、ナンナ先輩の死には哀悼の意を示しますよ。ですが、同時に祝い事もまた蔑ろにされてはならない――そうですよね?」


 禍福は糾える縄の如し、なんて言葉もあるくらいだ。人が死ぬ――そりゃあ悲しいことだ。だが、人生ってやつは他人が死んだくらいじゃ止まってくれない。こう見えて勇者ってやつは大変なんだ、人が死んでも悲しむ暇がありゃしねえ。悲しんで拳を鈍らせれば、それだけ魔族に苦しめられる人間が増えちまうからなァ?


「こんな状況で祝うことなんてないでしょ」


「そうでしょうか? まだ私の入学祝いだってしてもらっていませんし、それに……リナお姉ちゃんがまずは一つ、魔核を破壊したようなので! 化け物のものとはいえ、魔核は魔核。そのお祝いの下準備は必要でしょう?」


 俺はそう言って、ケーキの上に乗る真っ赤な実にフォークを突き刺す。こういうのは最後に食べる派なんだが、今は! 


「どうしてそれを……!」


「リナお姉ちゃんは私と同室ですよ? 奇妙な虫型の魔獣に魔核があって、その討伐に成功したリナお姉ちゃんがナンナ先輩の聖剣を持っている――なんてことくらい、ちょっとした日常会話の一環で出ると思いますけど。で、カルラ先輩はリナお姉ちゃんの祝勝会、やらないんです?」


 できるか? できねえよなァ。お仲間の死をケーキで祝える器がありゃァ、端から俺に疑われちゃいないだろうよ。


 テメエが調子に乗って俺を執拗に蹴りさえしなければ、バリーとナンナの寿命だってもう少し伸びていたかも知らねえのに。教えてやりてえなあ……! 二人を殺した遠因はテメエにあるってな!


 もちろん、それは品がない。下品というものだ。味がしなくなるまで噛み続けるのは、今はまだ俺だけでいいだろう。


「……っ。今はまだ、彼女の死を悼むべきでしょう! 子どもでも、あなたのそれは度を超えて物分かりが悪いわ!」


「そうですか? ふふ、そうかもしれませんねェ……」


 目に見えて動揺するカルラを傍目に、俺はケーキを頬張る。この俺にナンナの死を悼めと言うなら、クソ魔族の討伐祝賀会にも参加してくれなきゃ筋が通らねえだろ。


「あー、こらっ。シャロン、お昼にケーキをこんなに食べちゃダメでしょ!」


「うわ、一人でホール半分食ってるよ……。見ているだけで胸やけしそう」


 カルラと和やかなひと時を過ごしていたら、授業を終えたリナとモニカが会話に割り込んできた。


「リナお姉ちゃんにモニカお姉ちゃん! 遅いんだから、もー。待ってたよ!」


「はいはい、授業が免除されているお子ちゃまの身分は羨ましいわね……って、うげ」


 どうやらモニカの視界にカルラが映ったようだ。そこは「うげ」じゃなくて間抜けな面を笑うところだろ。味方を殺されても勇者の亡霊とやらの正体に見当がつかないんだぜ、コイツ。


 まあ、モニカは内心それどころじゃないのだろう。魔族連中に目を付けられたら一発で終わりのクソゲーが彼女のマイブームらしいからな。度し難いマゾヒストだと思う。


 俺? 俺はいつバレたって構いやしない。言ってしまえば魔族が立つ絞首台の足場を俺が蹴るか、魔族が自分で蹴るかの違いだからなァ。できることなら魔族が長く苦しんだのを見届けてから俺が蹴飛ばしたいもんだが、さて。


 それに対し、リナは特に構えることもなくフレンドリーにカルラへと近付く。


「なんだか最近、シャロンの近くで見かけるね。カルラってこの子と仲良いの?」


 当然の疑問であろう。俺の一挙手一投足にお熱なカルラは、必然的に俺とペアで行動する。テルミレオ先生に面倒を見ろ、という言い訳こそあるが、それにしたって限度がある。


 勇者の亡霊について、魔族の連中はその情報が喉から手が出るほど欲しいのだろう。カルラをはじめ、魔族(っぽい)連中からの視線が熱々で困る。学園の壁に立ち小便していた、なんてガセネタですら飛びつくに違いない。


「……いいえ。あなたたちが目を離している間、代わりに面倒を見ろとテルミレオ先生から言いつけられているの。彼女の近くにいる理由なんて、それ以上でもそれ以下でもないわ」


「じゃあこのホールケーキ爆食いは止めて欲しかったなあ……」


 まったくだ。食堂のおばちゃんたちも止めりゃあいいのに。なんで止めなかったかって? そりゃあ、もちろん。お金を払ったからね!


「食生活の管理は管轄外よ」


 カルラのクールな返答に、俺は「暇人同士、仲はいいですよねー」なんてフォローを入れてみる。やれやれ、気難しい先輩を持つと後輩が苦労するね。


「……そうそう。あなたたち三人が集まったのは都合が良かったわ。今回の戦闘で部屋割りに少し変更があると思うの。そっちの部屋に、多分私も割り当てられると思うから。そのときはよろしくね」


「ひゅえっ!?」


 馬鹿みたいに素っ頓狂な声を上げたのは、言うまでもなくモニカであった。


 確かに二段ベッドが二つ、よくよく考えれば四人部屋をリナとモニカは贅沢に二人で使っていたわけか。そこに俺、そしてカルラが来ると。これでぴったり四人だね、ってか。


「へえ、ふうん。なるほどねぇ……。面白くなってきましたね、モニカお姉ちゃん!」


 思いがけないサプライズだ。どうやら魔族は朝から晩まで俺を監視したいらしい。こんなに可愛い美少女の寝顔を見守っていても、勇者の亡霊になんて繋がらないのに。ふふ、馬鹿も極まればここまで可愛いとはね。


 唯一懸念点があるとすれば、モニカがつまらない馬脚を露わさないか、どうかだ。自分の尻拭いならともかく、モニカの尻は汚そうだ。勘弁願いたい。


「どこが!?」


 どこが、って。そりゃあ全部に決まっているだろう。

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