第37話羽化
リナ・サンドリヨンの力を見くびっていた。正規勇士と比べても頭一つ抜けた戦闘力を持ち、十全に神聖兵装を使いこなしているなんて——今回の合成獣襲撃のどさくさに紛れて、あわよくば死んでもらおうと画策していたのだが……彼女がそんな隙を私たちに晒すことはなかった。
「カルラ、ボイド。二人とも動きが良くないよ。調子が悪いなら下がっていて。危ないから」
そんなことまで言われる始末だ。
私ともう一人。リナを始末すべく組んだ魔族、ボイド・アルゼンは困ったように溜め息を吐いた。
「知らないとはいえ、自分を殺そうとしている相手を守りながら、傷一つ負わずに合成獣を殺しちゃってるよ。これ、俺らで対処できると思う?」
感心しているのか、呆れているのか。ボイドは浅黒い肌の頬を掻き、お手上げと言わんばかりに魔装を杖代わりにして前傾姿勢をとる。
「言わせないでよ。……やっぱり成長速度が早すぎる。この戦闘力の異常な上がり幅はなんなのよ……!」
「察するに、彼女の相棒……名前はなんだったっけ。まあ、とにかく。あの女の養分までリナが吸ってんだろうな。リナの隣にいるだけで成長が遅れていく彼女には同情を禁じ得ないね」
「……モニカでしょ。まったく、そのせいで私たちが手こずる羽目になってんのよ」
人間が魔族に勝る点を上げるなら、それは成長速度だ。魔力の恩恵もさして受けられず、生命力にしたってあまりにも脆弱な人間を、魔族が恐れる理由など本来はない。しかし、ただ一点。数多の魔族は人間の成長速度を見誤って命を落としてきた。
まるで雑草だ。目を離せばあっという間に伸びてしまう。短いうちは簡単に抜けるが、伸びれば伸びるほど根が頑丈になる。リナはこの場合、私たちでは手に負えないほど育ち過ぎてしまった。
「違いないね。だが、あんまり身構えるもんじゃないだろ。お前の場合、つまらない子守の仕事もあるんだし。バニス様と同じ量の仕事を熟そうとすると、先に潰れるのはお前だぞ?」
「ただでさえ忙しいバニス様の手をこれ以上煩わせないために、私たちが努力するのは当たり前でしょ。もう通常のクエストでリナは殺せそうにないし。……彼女、次はもっと強くなるわよ」
一騎当千。そんな言葉はリナに相応しい。神聖兵装、《
はっきり言って、正面から相手にしたくない。罪と正義などという、目に見えないものを秤に掛けられながら戦うなんてどうかしている。そもそも、リナ自身がかなり正義感の強い女だ。……あの剣の切れ味を見るに、生半可な覚悟で挑んでいい相手じゃない。
「陰であのシャロンとかいうガキを虐めてたりしないかな?」
「……しないでしょ。あのモニカにさえ優しくしているんだから」
それとも出来の悪い生徒をフォローすることで善行を積んでいるのか。ふざけるなよ、マジで。
「二人とも、怪我はない?」
「……お陰様で」
「サンキュー、傷一つないよ」
計8体。正規勇士の撤退を援護するどころか、現れた合成獣を一匹残らず駆除し終えたリナは、息一つ乱すことなく私たちを気遣ってきた。
(……バリーとナンナにはもっと強い魔獣を作らせるべきかしら)
今日は人間をを素材にしてみる、と言っていたか。……期待するだけ損かもしれない。死んだ魔核の回復を目的とした薬品開発の副産物であったが、バリーとナンナは生物の融合にお熱らしい。同僚として、も少しばかりバニス様の命令には忠実であってほしいものだ。
「……!? カルラ、ボイド! 避けて!」
その異常に最初に気付いたのは、やはりリナであった。
上空より舞い降りてきた巨躯。全長は10メートル以上あるだろう。
「なんだこれッ!? カブトムシ!?」
いいや、違う。確かに全体的なシルエットはカブトムシに近いだろうが、その身体の各所には別の虫のパーツが取り入れられている。腹部は芋虫の胴体のように長く、その先端には蜂の毒針のようなものがついているし、足は6本であるところをバッタのような後脚を含めて8本存在している。
なによりも角だ。オスのカブトムシのようにそり立つその先端——。
「ねえ、ボイド……。あれ……!」
「ああ分かってる。絶対に言うなよ。リナにバレる……!」
それは、一見すると蛹の抜け殻のようなものであった。いや、事実蛹の抜け殻だったのだろう。
吐きそうだ。隣を見れば、ボイドもまた口元を抑えている。
(なにやってんのよ、ナンナ……!)
その抜け殻はナンナの上半身の皮であった。融合剤での変化を見たことがあるカルラには、彼女の身になにが起きたのか容易に想像がついた。
融合剤を投与された対象の魔力が高ければ、変身後の体格は大きくなり、素材の量が多ければ多いほど変身後は幻痛に悩まされる。そのうえ、素材と投薬対象の摂取可能な食物が異なれば、それだけで栄養補給はできなくなるのだ。
(そのリスクを知らないわけじゃないでしょう!? なんで大量の虫と融合してんのよ!)
理由がわからなかった。しかし、ナンナだったものは今、理性を失ってカルラの前へと立ちはだかっている。
「来るよ、二人とも。……これはちょっと、守れそうにないからね」
正義の両断剣を構え、リナは私とボイドに警告する。
「—————!」
カブトムシもどきは咆哮にならない空気の振動を放ち、私たちを威嚇する。
大きく揺れたその瞬間、彼女の角に辛うじて引っかかっていた、ナンナだったものが地面に落ちて塵と化す。
その角には、真っ赤に輝く石が私たちを見下ろすように嵌め込まれていた。
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