第32話チンピラ、カルマ値を気にする。
さっさと逃げればいいものを。どうせ学生勇士なんざ急拵えの雑兵だ。モニカじゃなくても20匹の合成獣なんて手に負える量じゃないだろうに。
今まであれこれとハッピーエンドのために人の命を軽んじておきながら、いざ目の前で人の命が失われそうになると逃げ出せない臆病者め。
これを馬鹿と言わずしてなんと言おう。だが——その馬鹿さは嫌いじゃない。
「まずは一匹ィ! 死ねやァッ!」
振り抜いた拳は狙いど真ん中。
空気の揺れる音、頭蓋を砕く音、顔面の爆ぜた合成獣の口から、絶命までの一瞬に許された断末魔の叫び。
それが一拍に重なる。
——ああ、クソが……ッ!
「泣きもしねえ、喚きもしねえ。経験値は不味いうえに吐く息は臭え! おまけに聖獣が混ざってやがる……! 俺ほど動物愛護精神豊かな人間はいねえってのによォ! ぶち殺されてェかァ!? 畜生どもッ!」
手応えは最悪だった。おそらく、合成獣に混ざった聖獣の成分がカルマ値を上げてしまうせいだ。
(クソイベだな、おい! このゴミを生み出したカスどもの返り血で汚されたカルマ値は
スキル無手の心得、スキル喧嘩殺法、スキル武芸の極み——カンストした三つのスキルが、この可愛らしく幼い身体を一つの凶器へと変貌させてしまう。
必然、このままで殴る蹴るの暴行を続ければ、残りの19体の合成獣分、俺のカルマ値は上昇してしまう。
そこで有効なのが手加減スキル。どれだけ殴ろうが蹴ろうが、相手の体力が必ず1は残る素敵なごう——じゃなかった、尋問スキルだ。
「おら死ねェッ! その出来損ないの遺伝子に食物連鎖の掟を刻んでやるよ!」
姿形が不揃いな異形どもの腹や顔面を容赦なく蹴っては殴る。総勢20匹の害獣を鎮圧するのに掛かった時間は……だいたい30秒未満か? あのバイツとかいうデカい犬の方がまだ強い。
これを数的不利があったとはいえ16人で手も足も出なかったのか。いや、モニカは戦力外だから実質15人か。それにしたって惨憺たる戦力差だな。
やれやれだ。まあ、俺には関係ないことだが。
準備運動にすらならなかった、一方的な虐殺(うち19体は死んでいないが)を終えて、俺は「ふう」と息を吐く。
「よお、ラッキーガール。クソみたいな窮地から助かった気分はどうだ?」
ビビって足腰立たなくなったモニカを見下ろしながら、俺は興味本位で尋ねてみる。ぜひとも美味い空気を吸って欲しいもんだ。なんせ、こっちはわざわざ骨を折って来てやったんだからな。
「し、シャロン……ッ! 本当に、マジで見捨てられたかと——!?」
「うわ汚ね!? 鼻水垂らしながら近づいてくんな!」
「ぶべっ!?」
思わずビンタしてしまった。いやあ、これ俺悪くないって。
ぴくぴくと痙攣をしたのち、モニカは数秒の間を置いて立ち上がってみせた。おお、スキル抜きとはいえ、そこそこ強めに殴ってしまったんだが。腐っても学生勇士か。
「……そうね。まずはお礼ね。ありがとう、シャロン。アンタのお陰で助かったわ」
「そいつはどういたしまして。助けに入るのが遅れて申し訳ないくらいだぜ」
これっぽっちも申し訳なく思っちゃいないが。言葉ってやつは大切だ。
「……遅れたのって、私以外の人間が倒れるのを待ってたんでしょ?」
「あん? そりゃあ当然。他に理由があると思うか?」
屈強な勇士の皆様方が俺みたいな幼女に助けられたとなれば、それは彼らの沽券に関わることだろうからなァ? そこで伸びている勇士連中には俺の優しさを噛み締めて欲しいもんだ。
「……っ! アンタは——いや、ごめん。忘れて」
モニカは一瞬なにかを言いかけたが、思い直したように謝罪を挟んで別の言葉を口にした。
「それで、ここの人たちは……助けていいのよね?」
「おいおい、善行を積むのに誰かの許可なんかいらねえだろ。むしろ俺はお前が連中を見捨てるもんだと思っていたんだがな」
モニカが俺の知らないところでなにをしていようと、俺の邪魔をしない限りどうでもいい。
ハッピーエンドとやらがどんな道筋を辿れば到達できるかは知らないが。こんなモブ勇士を助けたところで、なにひとつ恩恵はないだろうに。
だが殊勝な善行を積みたいとモニカが言うなら、それを止めるつもりはない。なにせ、ハッピーエンドとやらに興味がないからな。損にもならないが得にもならない、ならば放置に限る。
いや——
「連中を助けたいなら、あの顔面が潰れた合成獣以外にトドメを刺しときな」
そう言って、俺はそこらに落ちていた剣の刃を持って、モニカに柄の方を向ける。
「は、はァ!? アンタ、アイツら殺してないの!?」
「ああ。混ざった聖獣の部分が悪さしているみたいでな。あれ殺すとカルマ値が溜まるんだろ?」
「それは……」
「俺はそういうの気にする性質でね。この無様に倒れている勇士を助けたきゃ、さっさと始末しときな。今なら赤子でも殺せるが……10分もすればお前じゃ手に負えなくなるぞ」
今こうして話している間にも、合成獣は驚異的な回復力で復活しつつあるだろう。悪いが、そう何度も出来損ないを甚振る趣味はない。ロゼアンのように、飼い主の思い入れがある魔獣ならぐちゃぐちゃにしてやるんだが……。
そんなに時間はねえぜ? モニカ。
「……分かったわ。私がトドメを刺しておく。それで? シャロンはこのあとどうするの?」
どうする? なんでそんな分かりきったことをこの馬鹿は聞いてくるんだ。
「決まってんだろ。楽しい楽しい魔族狩りだぜ」
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