第31話勇者は遅れてやってくる
私がリナの編成から外されるのは大誤算であった。リナの好感度さえ稼いでいれば、ほぼ安泰という学園生活において、なぜ私はこのような窮地に陥っているのか。
おそらく——おそらく、だけど。シャロンがこの学園にいることで、物語のパワーバランスのようなものがリナからシャロンへと寄っているのだ。
偽りの章におけるリナは、姉の死によって復讐の権化と化す。ご存知の通り、彼女の復讐は果たされるわけだが、ロゼアンの死が引き金となってエルシャ・カリスト扮するナターシャ・フリッガ先生の逆鱗に触れることとなるのだ。
では、その一件が無ければ? 確かにリナは故郷のドルガー村を襲われたことで、これからますます魔族討伐への意識を強めて鍛錬に励むだろう。
だが、姉を殺された原作ほどの覇気はないだろう。
エルシャとしては、現時点のリナに仇としての価値はない。物語上の因縁すら人間と魔族以上のものは存在していない。……勇者の亡霊がリナでない以上、この物語でリナの役割はそう多くないのだ。
ただ強いだけの少女。偽りの勇者にすらなれなかった少女。そんなリナを魔族は持て余すことだろう。
(この緊急出撃でどさくさに紛れてリナを殺すつもりなの……?)
リナは強い。それはもう、べらぼうに。だからこそ、魔族側からも注目はされているだろう。……もはや、エルシャと因縁のないリナに「主人公補正」は存在していない。
「モニカ、今回の出撃は一緒のチームになれなかったけど、怪我しないように頑張るんだよ?」
「怪我しないように、ね……。リナ、アンタこそ死んじゃダメだからね」
正規の勇士が死傷する案件なのに、「怪我をするな」とはなかなかに無理ゲーを要求してくれる。一応、
リナの方は心配しなくても大丈夫だろう。カルラともう一人、魔族が付いているが……あの二人じゃ不意を突いてもリナには太刀打ちできないはずだ。うん、大したことはない。
大したことあるのは私の方だ。なにせ、チームのメンバーは今回の合成獣を作った元凶なんだ。おまけに大して面識がないはずのナンナは私を嫌悪しているらしい。もう運命が私を殺しに来ているとしか思えない采配だった。
しかし、私には切り札がある。この学園で私以外に知りようがない、最強の切り札がね。
◆
さて、現状を少し説明しよう。私たち学生勇士は総勢90名、30のチームに編成され、円を描くように聖都ロンドメルをぐるりと囲む壁の外へと配置された。
私たちに伝えられた情報はそう多くない。新種の魔獣が突如、聖都の近郊に現れ勇士の守備する防衛線を突破。負傷者多数による部隊再編成のため、学生勇士の緊急招集。主力の到着まで最終防衛線を死守せよ、とのことだった。
錯綜する情報の中で、耳に入ってきた魔獣の特徴は、そのどれもが私の知る合成獣と一致していた。
どの個体も身体的特徴に共通点が少ないこと。人を好んで食い、消化することなく吐き出すこと。
そして——神聖兵装の属性特効が通用しないこと。
今回の魔獣には聖獣としての要素が取り込まれているせいで、そこらの魔獣と思って神聖兵装で相手をすると痛い目を見る。これが熟練の勇士を苦しめた大きな要因だろう。
そして、私の身に降り掛かる火の粉はこれだけじゃなかった。
あのバリーとナンナの元凶コンビは、気付いたら戦場から消え失せていた。原作をやっている身から、この状況には覚えがある。序盤、二人を味方のユニットとしてチームに入れると、意味深な離脱を繰り返すのだ。
この離脱中、なにをしているのかと言うと合成獣作りである。こんなものマッチポンプどころか、火消しすらしないただの放火だ。
ゲームなら経験値を集めるため、合成獣イベント時にあえて二人をチームに入れ、出てくる敵を一人で倒すパワープレイもできるが……どっこい、ここは現実。それに私は主人公じゃない。
「そこの学生勇士! モニカとか言ったな? あの二人はどうした!」
「すみません、分からないです!」
「……チッ! ドイツもコイツも遊び気分で来やがって! お前はもう下がっていろ、聖剣を使いこなせていないヤツが前に出ても邪魔になるだけだ!」
私に怒声を浴びせたのは、正規勇士のチームリーダーであった。モブキャラのくせに言ってくれる——なんて、口が裂けても言えない。
いくら原作で名前もなく、あっさり殺されてしまうようなモブ勇士であっても、彼が私より強いのは事実だ。
……だからこそ、この絶望的な状況は受け入れざるをえない。
(原作だったら合成獣の襲撃は回数を重なるごとに魔獣の数は増えるけど……!)
最初は総数4匹。それが回数を重ねるごとに+2されていく。20匹で頭打ちとなり、その頃になると育ったリナでも単独での討伐はリスクが大きくなる。
(じゃあなんで、私の目の前には20匹の合成獣がいるのよ!?)
絶望的な数字であった。対して、こちらの総数は足手纏いの私を含めて16人。そのうちの6名が重傷により意識不明。
(なにが「私たちの成績に泥を塗らないでね」よ! 自分から浴びに行っているじゃない!)
その成績だって、魔族のナンナからすればどうでも良いもののはずだ。ここで自分たちの所属するチームが全滅したところで、それは目撃者がいなくなったということ。なんら問題はない。
つまりは、当てつけのための文句だ。真っ当に受け取るほうが馬鹿を見る。
「くそっ、やはり聖剣は効かないか!」
周囲を囲む20匹の合成獣が一人、また一人とチームの人間に爪を、牙を立てていく。
無理だ。私たちの力では、もうこの状況を打破することはできない。
「リーダー! この戦力じゃ無理です! よそのチームの援護が来るまで耐えましょう!」
耐えれば。耐えていれば、きっとシャロンが助けに来る。——まさか、つい先日入学した子どもが助けに来る、なんて言えるはずもなく。私はそれらしい言い訳で、リーダーに忠言した。
「ここより酷い状況のチームがいたらどうする! 一匹でも多く仕留めて、他のチームの負担を減らすぞ! いいか、俺たちの背後が聖都の壁であることを忘れるなよ!」
気炎を吐くリーダーを、他のメンバーを、私に止める術などない。
一匹でも多く仕留める——そんなリーダーの台詞を嘲笑うかのように、一人、また一人と合成獣の爪によって倒れていく。
「リーダーがやられた!?」
「嫌だ、死にたくない……!」
「ほかのチームが来るまで耐えるべきだったんだ……! こんなのやってられるか!」
そして、リーダーが倒れたとき。一般のモブ勇士たち——それでも私より十分強い——は我先に逃げだしてしまった。
(ねえ嘘でしょ!?)
嘘だと思いたかった。だって、ここにはまだ重傷で倒れている勇士が残っている。
——見捨てるの?
見捨てるべきだ。彼らはモブキャラだし、今までだって命の選択はしてきた。この世界がハッピーエンドを迎えるためには、私が生き残る必要がある。
——神聖兵装を抜くべきだ。
私の神聖兵装は、逃げることに特化している。だから、この状況でも私だけなら助かる見込みはある。
こんな窮地に陥っても、シャロンは影すら見せてこない。あんなヤツを切り札と思って手札で温めていた私が愚かだった。
合成獣たちの飢えた目が、私をぎろりと睨む。その巨躯が大きく身構え、そして私目掛けて飛んできた。
もう、神聖兵装を抜いても間に合わない。
「結局口約束だったっての!? シャロォォォオンッ!」
「はあ。んなデカい声で叫ぶな、馬鹿女」
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