第30話チンピラ、口約束をする。
「ヤバいよ、シャロン! 合成獣の襲撃フラグが立っちゃったんだけど……!」
カルラにこれでもかと蹴られた翌日。優雅に女子寮の食堂で朝食をとっていると、寝巻きのままのモニカが隣の席にデカい尻を着陸させやがった。
「はあ……」
「……ち、ちょっとなによ、そのこれ見よがしな溜め息は?」
「起きて早々、顔も洗わず食堂に来ちゃ駄目だよモニカお姉ちゃん。リナお姉ちゃんなんて、もう朝の訓練に行ったんだから。少しは見習ったらどうかな?」
「アンタら主人公組の神に愛されたタフネスを一般人に求めるな……! まだ6時だっての!」
「もう6時だろうが。で、なんだよ。人がいないから聞いてやるが、つまらない話だったら二度寝させるからな」
襲撃フラグ、なんてこの世界の日常会話じゃまず出てこない。それがモニカの口から出たんだ、まあ碌なことじゃないのは確かだ。
実際、彼女の口から語られたのは、また面倒ごとにまつわる話であった。
「五時に更新される依頼板になにも張り出しがなかっただと?」
依頼板とは、学生勇士に与えられた選択式の自由単位となる魔獣討伐クエストである。これは成績に反映されるものであり、凄腕の学生勇士は授業の単位をこれで補うのだとか。
当然、あのカルラもそのうちの一人。ここで薄々と察するだろうが、魔族連中はこの制度でさっさと単位を稼いで自由行動しているケースが多いらしい。
それだけに難易度は高く、人間で同じことができるのは一握りのエリートである。そう、リナだ。我らが主人公である彼女もまた、魔獣討伐クエストをこなし、すでに今期の単位は習得済みのようだった。
それでも彼女は授業をサボることなく、日々の勉学も怠っていない。まったく、どこかの誰かさんには爪の垢を煎じて飲ませるべきだろう。俺? 俺はまだ七歳児だもの。こんな細腕じゃ、まだまだ魔獣の相手はできないだろうな。いやあ、残念だ。
ちなみにここだけの話だが、中には人間の生徒を殺すためのハズレがあるのだとか。察するに、魔族の学生をフェードアウトさせるための口実だったり、リナのような育ち過ぎてしまった勇士を殺すためだろう。魔獣討伐クエストは学生勇士に攻略可能と思われる難易度だが、不測の事態は常に付きものだ。安易に選ぶと即バッドエンドだから、ガレリオ魔法学園志望のちびっ子諸君は十分注意していただきたい。
閑話休題。
「ええ。これ、正規の勇士に大きな欠員が出たり、やむ得ない事情で学生勇士の出撃が掛けられる前触れなの。この時期だと合成獣が濃厚だと思うわ」
「ふぅん……で?」
「ちょっ、おいおいおいおい! なんでそんなやる気無さそうなのよ!」
だって魔族ぶっ殺しイベントじゃなさそうだから。本音を言うと、魔獣の討伐に関しては食傷気味だ。数で言えば、魔族を百匹殺したとすれば、絶対に千匹は殺している。どれだけ痛めつけても面白くないし、経験値だって美味しくない。殺すならやっぱり魔族に限る。
「そっちこそやけに必死だな。なんか俺に隠していることでもあるんじゃねえの?」
「あ、いやぁ、はっはっは。……そんなわけないじゃん?」
お前はさっさと演技スキルを取れ。
脇腹をつねると、観念したのかあっさりとモニカは口を割った。
「いや、あの、えっとですね……。今回の緊急出撃についてなんですが、編成が三人一組でして……もう教師によって決められているんですよ」
「ほー。良かったな、お前でも溢れることはなさそうじゃねえか」
「人をぼっち扱いするなっつの! ……で、本題はその二人なんだけど——」
その時だった。
背後から俺の胸を何者かが揉んできた。いや、七歳の女児の胸だぞ? 言うまでもないが、そこに丘は全くない。まだデブのおっさんの胸を揉んだ方が楽しかろう。
なにが言いたいかというと。こんな蛮行を犯す人物に、俺は心当たりがなかった。
「おお……マジのガチでこんな掃き溜めに子供がいる……! なぜに!? ワァイ!?」
「ええっと……どちら様でしょうか?」
努めて冷静に。俺はいつも通り、相手のペースに飲まれぬよう、演技スキル全開で背後の人物に尋ねる。
「私ぃ? 私はナンナ・カルームだよ。よろしくね、シャロンちゃん!」
ちらり、とモニカに視線をやれば——やっぱりブルってやがる。
「よろしくお願いします、ナンナ先輩! でもどうして私の名前が分かったんですか?」
「おやおやぁ。有名人の自覚がないなんて可愛い子だねぇ! こんな男も女も魔族をぶっ殺そうって言ってる連中の巣窟に子供がいれば、そりゃあ目立っちゃうでしょ! あー、これで銀髪じゃなければなー! どう? 私とお揃いにしてみる?」
「いえ、結構です」
テメエら魔族が欠片でも嫌がることをするのが俺の信条だ。それをなんだ、派手な蛍光色で染めるだと? 銀髪以上に目立つ髪色なんてしてみろ、隠密スキルにマイナス補正が
掛かるだろうが。
「んで、そっちのそばかす眼鏡は——ああ、リナ・サンドリヨンの腰巾着か。今日の編成、私とバリー、それからアンタらしいね」
ナンナの視線がモニカに向いた瞬間、彼女の声のトーンが一段下がる。蛇に睨まれた蛙のように萎縮するモニカには、さすがの俺も憐憫と軽蔑の視線を投げざるを得ない。いったい何をしたんだ、お前は。
「いつも聖剣を抜かず、リナ・サンドリヨンの背中に隠れるアンタは前から鼻につくんだよね。私とバリーはアンタのこと守らないけど大丈夫? 死ぬのは勝手だけど、私たちの成績に泥だけは塗らないでよね」
「う、ウイッス」
原因は普段の行いじゃねえか。なにが「目立たなければ魔族からヘイトは買わない」だ。バリバリ嫌われてるじゃん、お前。
「じゃあ帰ったらいっぱいお喋りしようね、シャロンちゃん!」という言葉で締め括り、ナンナという嵐は過ぎ去った。
「……というわけなんです」
「どういうわけなんだよ」
「分かるでしょ、この私の窮地がッ! やべーヤツ二人に挟まれてクソ強い魔獣の討伐しろとか! 無理無理! リナがいないと死んじゃうって! こんな私に掛ける言葉くらい、いくらアンタでも分かるよね!?」
「……お悔やみ申し上げます?」
「ねえもう死ぬこと確定してるの!?」
え、この流れで死なないことってあるのか?
どうやらモニカは今世で最大のピンチを迎えているらしい。なんでも、ナンナとバリーというチームメンバーはモニカにとって都合が悪い相手らしく、モニカの最大の切り札であるリナは別のチームとのこと。
「でも、私は緊急出撃の義務どころか、学園で待機しなきゃならないですよね。モニカお姉ちゃん、まさか私に先生方の言いつけを破れって言うんですかぁ?」
「……じゃあ分かった。可能か不可能か、私が悔いを断つために、これだけは答えて。先生たちの目を盗んで、この出撃に参加することってできる?」
可能か不可能かだって? 愚問だな。
「余裕です!」
「シャロン様ァ! お願い、本当に! 一生のお願いだから! この五分の虫にも劣る私めをお助け下さいぃ!」
「お前を助けても地獄に糸を垂らしそうにねえもんなあ……」
そもそも俺、天国行き確定だし。しかし、神様だって心変わりをすることもあるだろう。何事も保険は必要だ。なにかの手違いで地獄行きになったら、きっと踏み台は必要になるだろうさ。
「ま、いいぜ。助けてやるよ。ただし、この出撃で俺の行動の一切にお前は口を出すなよ? それがお前に手を貸す条件だ」
分かってるな、モニカ。俺はリナほどお人好しじゃないんだ。
「それって、まさか……」
「ああ、そういうことだ」
なにもかもが、狩りに最適な状況だ。ロゼアンを殺してから、もう大分経つ。そろそろ勇者の亡霊が動かないと、彼の活躍を心待ちにしている魔族どもにも申し訳ない。
この出撃で、俺は魔族を殺す。そういうことだ。
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