第29話バリーとナンナ

「失敗は成功の母という。いいか、ナンナくん。今回の実験における教訓は、そう……魔獣と聖獣の合成獣は意外と凶暴になる! つまりだ。この結果を踏まえれば——ふふ、バニス殿に絞られた価値はあったろう!?」


「えーっ、でもせっかく作った実験体は回収できなかったじゃん! 失敗は成功の母って言うなら、その母親が産んだ子供がここに無いのはおかしくない!?」


「ふ。ふふふ、おかしくない! なぜならこの学園は基本ペット不可! 手のひらサイズないざ知らず、今回の合成獣はなってしまった! あの大きさじゃ学園内での飼育は不可能だろう。うむ、運が悪ければ意気軒昂な勇士諸氏が駆除するだろうさ!」


「運が良ければ?」


「駆除に向かった勇士は全滅だろうな! ははは、ザマァない!」


 愉快な哄笑が独房に似た反省室に響く。カビ臭さと陰鬱な空気をブレンドしたような、とても快適とは言い難い一室には相応しくない大声だった。


 男の笑い声は、バリー・ジェスタンのものであった。


 彼の見てくれはあまり褒められたものではなかった。ファッションにこれっぽっちも気を使っていないのか、髪型は素人に切らせたかのように不揃いな前髪。実験の最中に浴びた返り血を洗ってもいない制服をだらりと着こなす。丸メガネの片方にヒビが入っていても構いもせず、なにもかもが粗放な男であった。


 その声に合いの手を入れるのは、ナンナ・カルームという女だ。バリーとは違い、ファッションには敏感なようで——そのコンセプトはとっちらかっているものの——可愛らしい女子生徒であった。短く切り揃えた髪はネオンカラーで一部染まっており、だぶついた制服はごちゃごちゃとした装飾品で彩られている。けっして背が低いわけではないのだが、高身長のバリーの隣によく立っている彼女は、見た目以上に小柄な印象を受けた。


 彼らは現在、趣味と興味本位の身勝手な行動を咎められ、この薄暗い反省室に閉じ込められていた。ここにぶち込まれるのは、学園生活において魔族であることが露見しそうな行動を取った者のみ。普段、学園側は人間の生徒には倉庫と言い張っており、よく見れば各室内には雑多な物が所狭しに置かれていた。


 快適とは程遠い環境ではあるが、バリーとナンナは陽気であった。なにせ、外では愉快なことが起こっている。自分たちが蒔いた種が、着実に芽吹いている確信があった。想像をするだけでワクワクするし、その想像が正しければ遠くない内にここから出られる。忙しい二人にとって、落ち込んでいる暇などなかった。


「でもさー、勇士が大量に殺されるのはいいとして。バリー、今回の失敗はなんなの?」


「ああ! 魔獣と聖獣では消化器官の適合がうまく行かなかったことだろうな。例えるなら、獅子の頭に蟻の胴体がくっついてしまったようなものだ。……いや、蟻は草食ではないから例えとしては不適格だが! とにかく、肉食的魔力回復の上半身と草食的魔力回復の下半身では、 奴は生まれ持った魔力が尽きるまで人間や他の生物を襲うが、常に空腹に悩まされているというわけだ!」


 そんな化け物が世に放たれたいる事実を、バリーは意気揚々と語る。


 今回の実験で得られたものは大きい。当初、求めていた結果は聖獣の力を持った魔獣だったが、これには失敗。だが、魔力を持った生き物であれば配合可能という事実は、これ以上なくバリーをワクワクさせていた。


「失敗という母より授かったのは、次なる実験のテーマ! この融合剤ソーマさえあれば、我々の実験に終わりはないぞ!」


 バリーは懐より取り出した小瓶を揺らして笑う。


 融合剤ソーマ。一度、この液体を体内に注入された者は、他の魔力を保持する生命と強く結び付いて捕食するように。バリーが合成獣を作り出せたのはこの薬品によるものであった。


「魔力を持ってる生き物ならなんでも融合できるんでしょ? それって私たちもヤバくない?」


「ああ、ヤバいね! ナンナくん、君はいつも私より恐ろしいことを考えてくれるな! 普通、思いついても口にしないぞ!」


「えー、それほどでも……あるかな?」


「はーっはっは! 褒めてないぞ!」


 魔力を保有する生物。この世界で、最もそのカテゴリーの頂点に君臨する魔族は、まさに融合剤ソーマによって大きく変化を受ける生物だろう。


 しかし、バリーもナンナも自らの身体を使って実験を行おうとは思っていない。理由は単純明快だ。


「……まさかやらないよね?」


「当たり前だろう!? だって怖いもの!」


 恐怖という感情は、ときに狂った者でさえ冷静にさせる。好奇心は猫を殺すが、しかしバリーは分を弁えていた。


 だからこそ、次のテーマが決まったとも言える。


「だからこその人間だ! 魔核がないとはいえ、人間なら近しい反応が見られるだろうさ!」


「おおーっ! ついに人体実験の日が!」


「ああ! 合成獣と戦った手負いの勇士に注入して、面白そうな素材を足せば実験開始だ! 私の勘が正しければ、そろそろ前線の被害も大きくなった頃だろう。——そら来た」


 バリーの計算通り、反省室の扉を何者かが開く。


「あんた達ねぇ……。外まで聞こえる大声で喋るの、やめてくれない? 反省していないの丸分かりなんだけど」


 カルラであった。辟易とした表情もそうだが、やや疲れたような様子は問題児二人を抱えているからなのか、それとも己が犯した失態によるものなのか。きっと両者であろう。


「反省はしているさ。今回はそう、素材が悪かった」


「反省してまーす!」


 まったく反省していない二人の声音は、容易にカルラの神経を逆撫でした。


「こんな……こんな連中をバニス様は私より上と評価したの……!? 問題児二人に!?」


 惨憺たる現実であった。


「なんだね、カルラくん。想い人にその熱意が届かぬからと無遠慮な言葉で我々に八つ当たりするのはやめたまえ。邪魔をしたわけでもないのに、馬に蹴られる謂れはないぞ」


「そーだ、そーだ! 紅魔臣なんて高望みするからじゃん! べえっ!」


 カルラにとっての不幸は、この憧憬にも似た、バニスに抱く淡い恋心をこの変態二人に悟られてしまったことだろう。


 いつもであれば、軽くいなせていた二人の揶揄も、今日ばかりは聞き逃すことができなかった。


「魔装抜剣——」


「おっと、これは本当にまずい。ナンナくん、ここはひとまず謝っておこう。なっ?」


「ご、ごめーんねっ?」


 殺すべきか? 殺すべきだろう。それが世のため魔族のため、バニス様のためになる。……とは分かっていても、すでにカルラの身にはレッドカードが一枚出ている。独断専行で勝手にバニスの手駒を失うわけにはいかない。


 渋々、自制心をもってカルラは展開した魔装を仕舞う。


「ここから出る理由は分かっているんでしょ。あんたらが作った化け物、あれちょっと暴れすぎよ。さっさと始末してくれる?」


「放っておけばいずれ餓死するというのに、勇士という仕事は骨折り損だな。それに我々はまだ見習いのはずだがね?」


「言い訳は無用よ。これ以上、あの怪物に人間を殺されると他の魔族に供給する分が無くなるわ。それくらい分かるわよね」


 人命の保護。魔族が口にする、その言葉の意味するところは、人間にとって喜ばしいものではないだろう。


「まあ、そうだろうな。いつもどおり、勇士見習いから臨時勇士にジョブチェンジだ。ナンナくん、行けるな?」


「いっつでもおっけぃ!」


「ようし、では——くたびれ儲けといこうか」

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