第28話チンピラの報告、カルラの報告

「……なに、やってんの? シャロン」


「あん? 日光浴だよ、日光浴。見て分からねえのか?」


「入学初日で制服をボロボロにして?」


「ああ、入学初日で制服をボロボロにしてな。こちとら七歳児だぜ? 目を離したら服の一つや二つ、ボロボロにすることくらいあるだろ」


「……辺り一面血塗れにして?」


「ああ、辺り一面血塗れにしてな。こちとら七歳児だぜ? 目を離したらそこら中を血溜まりにすることくらいあるだろ」


「あるわけないでしょ! 入学早々なにやってんのよ、アンタは!?」


 あれからカルラ先輩にボコボコに後、大の字になって日光浴していた俺を見つけたのはモニカだった。


 まったく子供相手に容赦のないこって。「多少の怪我は回復魔法で治せるから」なんて言って、左腕と鼻を折られてしまった。いやこれ、あばらと内臓もいったな。


 辺りの血は言わずもがな、俺のものだ。あの神聖兵装、本気で蹴られたら骨まで達する切れ味だったろう。さすがにそこまではされなかったが、切り傷に刺し傷くらいは容赦なく刻んできやがった。


「先輩にヤキ入れられたんだよ。酷くねえか、これ」


「カルラが初手でここまでするわけないでしょ……。どうせ、アンタが煽ったんじゃないの?」


 おやぁ?


「あれぇ? 私ぃ、一言もカルラ先輩にやられたって言っていないけど? どうしてモニカお姉ちゃんはカルラ先輩にやられたと思っちゃったのかなぁ?」


 俺の何気ない質問に、モニカは「しまった」と己の軽率な口に手を当てて長考しだした。


「…………長年の、経験と勘で」


 待ってやった割には、馬鹿の口から出たのはゴミみたいな言い訳だった。


「クソみたいな経験と勘だな。あのカルラって奴に思い当たる節があるんだろ」


「しっ、しーッ! どこで誰が聞いているんだか分からないんだから! 迂闊なこと言わないでよ!」


 迂闊はお前だ、馬鹿たれ。


 まあ、流石に直球で「魔族」なんて指摘はしないが。俺の監視役であろうカルラは報告に行っているし、索敵スキルに感はない。よほど、モニカのように大きな声で喋らなければ大丈夫だろう。


「……というか、そもそもよ。アンタの考えが正しいとしたら、どうしてされるがままだったのよ。この血溜まり、アンタのなんでしょ」


「ここで奴をぶちのめすメリットがなに一つないだろ。それとも授業をサボれるような騒ぎがお望み?」


 今回の一件、いくつかの選択肢はあったのだが、残念ながら俺に選択の余地はなかった。


 まず一つはカルラを殺す選択。この場合、俺のメリットはカルラを殺すことによって得られる経験値と神聖兵装。デメリットは魔族側が俺に対する脅威度の上昇と、学園内の混乱、さらには臆病な魔族が逃亡するかもしれない。


 なにより、これまで積み上げてきた勇者の亡霊という存在が俺と結びつく恐れ。これはカルラ一匹の命と神聖兵装じゃ


 二つ目は、殺さないまでも無垢なる暴虐イノセント・バイオレンスを用いてカルラをぶちのめす選択肢。コイツも論外だ。俺のメリットはなに一つない。対して、デメリットは無垢なる暴虐イノセント・バイオレンスの性能を魔族に晒すことと、やはり俺の脅威度の上昇。カルラを殺すほどではないにせよ、やはり今後動き辛くなるのは必定だ。


 では三つ目。無垢なる暴虐イノセント・バイオレンスの性能を晒さずにカルラをぶちのめす方法。第二の選択肢同様、やはりリスクが大きい。性能を晒すことはないが、俺の実力の一端を見せることに違いはない。だったら最初から殺すべきだ。


 では四つ目、わざと負ける。俺の選択肢はこれだった。もちろん、わざと負けるだけじゃない。カルラの右足を主軸に戦う足癖、速さ、目の動きから見るおおよその動体視力、エトセトラ。現時点で抜ける情報は大体抜いた。


 対してカルラが俺から抜けたのは、七歳児相応の頓馬な動きくらいだろう。なんだったら、無垢なる暴虐イノセント・バイオレンスの性能を『所有者のタフネスと戦意を向上させる』と誤認してくれたかもしれない。


「……っていう言い訳?」


「話聞いてたのかよ、お前はよォ! 水遊びの次は砂遊びがお望みかオラァ!」


 そこらの砂をかき集めて、モニカの顔面へとぶん投げる。なんで一から十まで説明して一も理解できてねえんだ、コイツは!?


 ◆



 ◆


「……これが《無垢なる暴虐イノセント・バイオレンス》の性能だと?」


 告解室にて、カルラより受け取った報告書を読んだバニスは己の目を疑った。


「はい、その……なにか不備があったでしょうか?」


 バニスの怪訝な反応に、壁の向こうにいるカルラは不備の指摘が来るのかと身構えていた。


「いや……」


 報告——『《無垢なる暴虐イノセント・バイオレンス》における特異性能は、使用者の戦意高揚と回復能力の上昇が認められる』という一文は、バニスの求めていた報告とは掛け離れていたものだった。


(あの光が出なかったのか? それとも……)


 それとも、なんだ。バニスは顎髭を撫でながら、いくつかの憶測を浮かべては、どれも違うと消していく。


「あっ、確かにテルミレオ先生の仰った通り、《無垢なる暴虐イノセント・バイオレンス》はすごい性能でした! その、あんな子供でも私の蹴りを何回も耐えられましたし……」


 しかし、その程度。バニスはカルラの声音から、己の忠告ほどの脅威は感じなかった、という違和を感じ取った。


「……何回蹴りを入れた?」


「えっ」


「何回、蹴りを入れたんだ」


 五回、六回ということはないだろう。十回か、多くて二十回そこらか。


「に……」


「に?」


「二百回から先は数えていません……」


 申し訳なさそうに俯きながら、カルラは正直に答えた。


 二百回から先は数えていない、ということは、つまり最低二百回は蹴り飛ばしたということ。そんな当たり前のことを理解するのに、バニスはわずかな時間を要した。


「馬鹿野郎が……! たかだか神聖兵装の性能を調べるためだけに、どうしてそこまで蹴りをいれた! 言ってみろ、カルラ・レノン!」


「も、申し訳ございません! ですが、その、シャロン・ベルナは魔族を侮っている傾向があったので……!」


「だったらなんだ? 人間のガキが魔族を侮っている——そりゃあ許し難い事実だ。だがシャロン・ベルナは亡霊に関する手掛かりなんだぞ? それをテメエの身勝手な義憤で殺そうとしやがって……! いつ誰がシャロンを殺せと言った!?」


「ほ、本当に申し訳ございませんでした!」


 勝手に動くナンナとバリーの回収から帰った矢先、愚直さに難はあるものの成績優良なカルラの失態は、さすがのバニスも大きく堪えた。


 カルラが《静かなる嗜虐心サイレント・サディズム》で無防備な子供を蹴れば、容易に身体を切断できるだろう。さすがに手加減こそしただろうが、それでも二百回の蹴りだ。死なない方が不思議であった。


(だから、それで生きているということは間違いなく《無垢なる暴虐イノセント・バイオレンス》がシャロンを守ったのだろうが……!)


 性能を見るためだけなら、あまりにも過剰であった。


 バニスは激昂を一度鎮めるために深く息を吐く。年若い部下に当たり散らすのは簡単だ、しかしそんなもので現状はなにも好転しない。


(非は誰にある? ……ああそうだな、俺にある。カルラの魔族としての自尊心の高さを侮った俺が悪い)


「……悪いな、カルラ。お前にこの一件を任せた俺に非がある。シャロンの監視は、ナンナかバリーに任せる。お前はシャロンに関わるな」


 事実上の降格処分だ。しかし、バニスはそれを言葉にしなければならなかった。


 ナンナとバリーの自由奔放さは目に余るが、シャロンを殺しかねないような行動まではしない。報告に難があるだろうが、それでもカルラの独断専行に比べれば可愛いものだ。


「そんな——」


 こと、ここに至ってカルラはシャロンがどれだけバニスのであったかを悟った。


 何年も、英雄バニス・ライラックの部下として活躍するために研鑽し、戦場で人間を殺してきたカルラにとって、彼の失望の眼差しはなにより堪えた。


 しかも、その地位が自分の仕事を全うしようともせず、聖獣や人間で遊ぶ変態どもに挿げ替えられようとしている——それがなによりも耐えられなかった。


「二度とこのような失態はしません! だから、どうか……もう一度だけ機会を!」


 屈辱であった。あのシャロン・ベルナの命も、出来損ないのナンナとバリーも。今、この時点において、バニスにとってみれば自分の存在よりも価値あるもの、という事実そのものがカルラの尊厳を侮辱していた。


 その事実を飲み込んで、誰も見ていないというのにカルラは頭を下げる。いまさらだ——バニスの下の就くためなら、人間のフリなどという不名誉な役職さえ胸を張れたのだから。


 その熱意を無下にするほど、バニスもまた狭量ではなかった。


「……次はない。その意味が分かるな、カルラ・レノン」


 同時に。二度目の失態を許すほど、甘い男でもない。


 壁の向こうでカチリ、と不気味な音が響く。それは脅しでも遊びでもなく——次はカルラの背中を撃つという、バニスの警告であった。

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