第18話内緒のお話

 ――原作のシャロン・ベルナの性格は、なんというか……一言で表すなら、超然的なのだ。


 剣の章と偽りの章を遊んだプレイヤーに、シャロンの瞳を通して『剣抱き』の善と悪、秩序と混沌を見せるためにデザインされた性格である。言い換えれば、プレイヤーの意図から反した行動を勝手に取らない――無口で受動的とも能動的とも取れる、掴みどころのない性格なのだ。


 それが、にこにこと、そしてはきはきと喋っていれば解釈違いと口にもしたくなる。まるで、シャロンの中にような気配さえ感じたほどだ。


《看破スキルが発動しました》


 ――私はさして成長していない看破スキルを発動させる。シャロンの魅力値APPは化け物クラスで高いが、勇者の章開始前であれば彼女が演技系スキルを取る暇はないはずだ。


 この看破スキル、対象の魅力値と演技系スキルがこちらの知性INTと合わせた数値よりも高ければ高いほど成功率が低くなる。


《対象、シャロンベルナ》


《称号、運命を知らぬ村娘》


 そして、ステータス。筋力値も敏捷値も魔力適正も……やはり原作開始前の段階よりも低い。七歳の女児相応のステータスに、私は安堵の息を吐く。


 私の知らないところでどんな原作改変が起きたのかは知らないが、シャロンが聖剣を手に入れるのはかなり重要な分岐点になる。本来であれば、人の優しさや醜さ、魔族の中にも善良な者がいることを理解したうえで突きつけられる究極の選択肢が――彼女専用の神聖兵装を取得するか否か、というものなのだ。


 偽りの章までプレイした人間にとって、魔族とは憎むべき敵として描写されがちだが、彼らにも普通の生活を営む人々や子供がいる。きっと、このシャロンはそういったものを見ずにここまで辿り着いてしまったのだろう。


「モニカ、本当にどうしたの? 少し強引だよ。そりゃあ、確かにこんな可愛い子が魔族を倒したいって言うのは、その……少し勇敢だねって思うけれど。さっきの話を聞けば、魔族を憎む気持ちも人を助けたいって気持ちも分かるよ。私たち、この子よりも年上だけど、だからって異常の一言でこの子が生きてきた人生を軽んじちゃ駄目なんじゃないかな?」


 ……ああ、もう。本当に。主人公ってやつはこれだから。


 リナの性格はよく知っている。それはもう、同じ人生を共に歩んできたかのように。彼女の好きなもの、嫌いなもの、これまでの交友関係、これらかの交友関係、彼女の過去、彼女の未来。分かっているからこそ、私は彼女と友達になれた。


 だから、こういった強引なやり方が好きじゃないことも。でも、彼女の信頼を失ってでも、このシャロン・ベルナという女の子は絶対に選定の湖に連れて行ってはならないのだ。


「なんとでも言っていいから。とにかく、この子は私に任せて」


「……もー。また未来予知?」


「まあ、そんなもん」


 原作知識のチートを使い過ぎたせいか、私を知る人間は私のことを未来予知者かなにかと勘違いしている。リナもそのうちの一人だ。


 ……あとでなんと言い訳するか。シャロンのことについて、フリッガ先生とリナが納得するような言い分なんて思いつきそうもない。


「――こちらにいましたか、リナ・サンドリヨン下級勇士候補生。ご実家のことで少々お話があると、先生方からの呼び出しです。至急、学園にお戻りください」


「? 私の実家、ですか?」


 私たちの会話を遮ったのは、上級勇士候補生だ。……リナの実家?


 ……なんてことだ。シャロンの登場に気を取られていたが、原作の改変があったということは、イベントの開始時期が早まる可能性だってある……! ロゼアンによるドルガー村襲撃は原作では不可避であったが、モブの私がリナの姉さんだけは助けなきゃいけなかったのに!


「リナ、いいから学園に戻って! この子は私がなんとかするから!」


「え、ええ? もう、本当にちゃんと面倒を見るんだよ? じゃないと嫌いになるからね」


「ああ、もう! マジマジ! 傷一つ付けないから! さっさと行った行った!」


 さっさと学園に戻ってくれ。一大事なんだよ! ……くそ、フリッガ先生がいたから完全に気を抜いていた。確か、原作ではロゼアンの帰還に合わせてドルガー村の調査をする手筈だったんじゃないのか? リナの姉さんを救えるのは、ロゼアンが屋敷に帰る一瞬の隙を突くしかなかったのに……!


「ほら、シャロン。アンタもこんなところに居たってつまらないでしょ。お姉さんが外まで連れてってあげるから。そのあとは――なんかほら、適当な荷馬車にでも乗って、いい感じの村で養ってもらいなさいな。アンタ可愛いから、旅しなさい旅。よく言うでしょ、可愛い子には旅をさせろって」


 我ながら曖昧で無責任なことを言っているが、シャロンどころではない。いや、シャロンもかなりデカい時限爆弾ではあるのだが、リナの姉さんの方がタイムリミット的にかなりタイトだ。


 屋敷に連れ帰られたら、間違いなく殺される。それだけは絶対に阻止せねばならない。


「……そうですか。それなら、一つ。私とお話しませんか?」


 そんな時間はないんだけど。原作主人公にあとで恨まれるのも勘弁願いたいので、私は渋々その願いに了承してしまった。


 ◇


 結論から言って、シャロンのお願いを聞くべきではなかった。


「よォ、気分はどうだ?」


 ドスの利いた、しかし可愛らしい声が混濁する私の意識を叩き起こす。続いて、二度、三度の平手が私の頬を叩く。


「痛っつ……え、なに。なにこれ、どういう状況!?」


 見上げる天井はボロ屋根のようで、夜空の星々が見え隠れしている。……え、夜? 私、いつの間に寝ていたの!?


「ぐっすり寝ていたなァ、おい。ちょっと首に抱き着いただけでよォ。睡眠不足か?」


 ――違う。締め落とされたのだ。


 その証拠、と言いたげに先ほどからずきずきと痛む首を横に向け、私はその襲撃者を視界に収める。


「おはよ、モニカお姉ちゃん!」


「……いや。いやいや……」


 現実が受け入れられない。誰だ。――いや、シャロン・ベルナであることは確か。しかし、先程から耳に入っていた、あの威圧感たっぷりの台詞を喋っていたのは誰だ。


「え、ええっと……とりあえず、シャロン。この鎖、解いてもらえない? 少し動くだけで食い込んで痛いから、ね?」


 そう。私の身体は今、埃塗れのベッドの上で鎖によって仰向けに拘束されていた。困ったな、これじゃリナの姉さんを助けることもシャロンを外へ連れて行くこともできやしない。


 じゃなくて。


「そもそもなんで私、こんな目に合ってんの……?」


 一応、これでも私は勇士見習いだ。先生に扮する魔族に睨まれないよう、意図して経験値こそ集めてはいないが、そこらの暴漢の一人や二人を相手にするくらいワケない程度には強いという自負がある。


 それが、七歳の子供が首に抱き着いただけで締め落とされた? そのうえ、こんな場所で拘束されているって……過去一番の情報量に眩暈がしてきた。


 それになにより。あのシャロンとは思えない喋り方。マジでなに。なにが起こっているのよ!?


「言ったでしょ? お話しようって。あ、嘘は吐かないほうがいいよ? つまらない冗談もね。言う方も言われる方も不幸になるもの。せっかく素敵な世界で生きているんだから、幸せになりたいよね?」

 

「そ、その考え方には全面的に同意するけど! ……もし嘘を吐いたり、つまらない冗談を言ったらどうなるの?」


 好奇心は猫を殺す。私はたった一つの質問で、この諺を味わう羽目になった。


「んー。特に考えていなかったけど、この布と水ででもしようかなって」


 そう言ってシャロンが私に見せたのは、だった。


「は、はは……それって拷問の……!」


 前世でミリタリーものの映画を見ていた自分に感謝するとともに、知らなきゃ良かった知識が恐怖となって私の心臓を蹴りつける。


「失礼だなあ、モニカお姉ちゃん。強化尋問だからね?」


 にこりと笑うシャロンの表情は――今から人間を痛めつけるものとは思えないほど、可憐なものであった。

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